第40話 僕のアイドル、私はアイドル ③

 ミュージック・スタートの合図がされた途端、アイドル【AKG66[アニマル・カインド・ガールズ]】の三人組が歌い始めた。そして五分後、次のアイドル【BLS24[ブラック・ラック・シスターズ]】の二人組がステージで踊り始める。



 順番にアイドルが歌い、そしてついに夏向の出番がやってきた。



 僕の出番はフェスのクライマックスだ、単に歌える曲が無いので最後に回されただけなのだがこればかりは仕方ない。

 僕は夏向に別れを告げ、ステージの裏に回った。

 夏向の歌って踊る姿はスタジオで練習している時に隣で見ていたが、やはりライブ会場のステージで見るのとでは格別だ。



 あの声、あの笑顔、あの衣装にあの踊り。

 全てがこの場にいるアイドルの中で一番輝いている、間違いない。



「これなら相手が斗羽利でも負けるわけ――」



 僕がそこまで口にして言葉を切った理由は、夏向の次に歌い始めたアイドル――霧生院斗羽利を見てしまったからだった。



「冗談……だよね?」



 歌のメロディーに合わせた身体の動きはキレッキレで、歌唱力も他のアイドルとは段違いだった。夏向ほどではないにせよ、観客に自分の存在を主張し、何かしらのインパクトを与えたのは間違いない。



「あんなにすごかったんだ……」



 散々夏向を虐めてきた金髪幼女、しかしその実はアイドル霧生院斗羽利。彼女は夏向が現れるまで、アイドル業界のトップに君臨していたのだ。

 秦泉寺さんは言っていた。斗羽利は夏向が現れるまで、アイドルと呼ばれる子達の間ではカリスマ的な存在を放っていたと。誰よりも努力して、誰よりも人前に立つことが好きな女の子だったと。



 その実力は、確かに裏打ちされているものだった。



「なら、なんであんな姑息な方法で……。やっぱり間違ってるよ、斗羽利……」



 僕は斗羽利の目を覚まさせる意味も含めて、このフェスで彼女に勝つ。

 心に宿した闘志の火が、更に燃え上がった。



『いいね、いいね! この躍動感! この一体感! みんなぁ、盛り上がってるかぁ――い? このフェスはアイドル達が己の存在を示し、他のアイドルと歌とダンスを武器に戦いを繰り広げるバトルロワイヤルだぁ! しかしその勝敗を決めるのは、オーディエンスである君達に他ならない! わかるな、わかるだろう? すべての決定権は、観客にある。さぁ、どんどんボルテージを上げて行こうぜ、ヒィ―――ハァ―――ッ!』



 司会者が一番〝ハイ″になってる気がするのは、僕だけかな?



 そんな考えを頭の片隅に押し込めて、フェスの内容と対戦ルールの概要を再確認する。



①フェスの参加アイドルチームは全八組、勝負はランキング形式で行われる。

②獲得した点は観客一万人によるマックス一万ポイント、誰がどのチームに得点を入れるのかは観客の自由であり、また最後の一曲が終了するまで変動も可能。

③最後の曲終了時点で最も獲得ポイントが高いチームをフェス優勝チームとする。



「なるほど、最後の最後までどのチームが優勝するのかはわからないわけか……」



 八つのチームは順に曲を歌い、曲は各チーム五曲までと定められていた。

 ルールは公平だ、だがら勝負はどれだけファンの心を掴めるかにかかっている。

 僕達パッケージを支持してくれているファンだけじゃ、絶対に優勝できないシステムなのだ。



「でも、やるしかない。夏向の歌声には、人の心を動かす力が込められていることを僕はよく知っているんだ。絶対に、この想いは皆に届く!」



 夏向を信じ気持ちを昂ぶらせていたところで、プロジェクションマッピングによる電子映像が中間報告を映しだした。



『HEY! HEY! HEY! 盛り上がってきたところで、中間報告をお届けするぜぇ! 現在一位は霧生院斗羽利の四千二百十一ポイント、観客の四割を魅了する美声と愛玩動物顔負けのプリティコスチュームに皆メロメロってか! コイツはとんでもなくクールだぜ、斗羽利ィ! そして他のアイドル達もまだ挽回のチャンスはある、もっともっと会場を沸かして、俺達の魂に痺れるビートを刻んでくれよベイベエ―――ッ!』



 中間報告、夏向の順位は斗羽利に次いで二番手だ。

 逆転の可能性はあるが、ポイント差は約千ポイントあった。

 他のアイドル達も当然指をくわえているわけがない、後半で状況をひっくり返す何かしらの手は打ってくるはずだ。



「僕にも、何かできないか……。ステージで戦っている夏向にできることが……」



 もどかしい気持ちを抑え、会場に目を向けた。

 すると、八曲目――最後の曲に入ったAKG66が何やら動きを見せる。会場の至る所から空中ブランコさながらのワイヤーアクションを行い始めたのだ。



「な、なんだ……これ……?」



《これが私達のとっておきだよぉ~☆》


《今から最後の曲が歌い終わるまで、ここは動物園になるのさ!》


《可愛い動物たちと一緒に、みんなで盛り上がって行こ――っ!》


《ふふ、誰がどの動物に化けているのか……あなた達にわかるかしら?》


《ちゃんと全員、見つけてねぇ~!》



 会場のアナウンススピーカーから、そんな声が聞こえてきた。おそらくアイドル達の声、チーム名を活かした演出を用意しているとは侮れない。

 電子映像上に映し出されているランキング表からも、曲が始まると同時にポイントもAKG66に集まっていくのが視認できた。



「こんなの、僕達用意してないよ! 今から何か考えるにしても時間が無いし、アイデアだって……」



 駄目だ、時既に遅し。即席で何かするにしても、会場中を巻き込んだことなんて簡単には出来るはずがない。さっきのワイヤーアクションも、今日という日の為に相当準備してきたに違いないのだ。付け焼刃の演出ではファンの期待を裏切る結果となり、ポイントを落としかねない。



「このまま、僕達の出番を迎えるしかないのか……」



 いや、まだ諦めるな蕗村咲! 

 夏向は一人で観客の心を掴み、ここまでのポイントを獲得したんだ。



「パッケージを皆に知ってもらうんだ、曲を歌い続ける五分間弱を使って……」



 僕の頭はその瞬間、一つの演出方法を閃いた。しかしこの方法を実行するためには二つの壁があり、あまり現実的ではない事も十分理解できていた



「……時間が無い、とにかくやるしかない!」、



 諦めてなるものかと、僕はこの方法を実行するため協力者へ電話をかける。

 今思えば、自分から彼女へ連絡するのはこの時が初めてだった――。

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