第39話 僕のアイドル、私はアイドル ②
ステージに立った僕と夏向の眼前には、一万人の観客が瞳を煌めかせていた。
アイドルになって初めて観客の前に姿を晒したことに、僕は感動を覚える。
「夏向」
「何、咲?」
「これが、夏向の見ていた世界なんだね……」
「うん。そしてこれから――ここから始まるんだよ、私と咲の物語は……」
夏向は僕の手を握って、そう口にした。
これから、ここから始まる――僕と夏向の物語。
ステージから見える光景、これがアイドルの見ている世界なんだ。
『さぁ、観客の皆様お待たせいたしました! これよりWe’re so Happiness ‐Summer Festival‐を開催いたしまーす!!』
司会者がフェスの開始を宣言したことで、会場のボルテージは最高潮に達した。
歓声が建物全体を揺るがし、ステージの足場が不安定になる。
これで序章だ、アイドルの歌が、踊りが始まってしまったら……一体どうなってしまうのだろうか。考えただけでワクワクしている自分がいた。
こんな気持ち、初めてかも知れない。
僕は体の内側から溢れてくる「歌いたい、踊りたい」という衝動が抑えられないあまりに身を震るわす。武者震いって、本当にするんだ……。
『このフェスには八つのステージが御座います。どこでどのチームが曲を披露してくれるのかは、会場内に設置されたスポットライトが教えてくれます。アイドル達はそれぞれの曲を順番に歌い、そして躍るのです。そして全ての歌を歌い終えたアイドルの頂点を、観客の皆様が決めるのです! では早速、そのステージで歌うアイドル達を紹介していきましょう!』
選考を突破した選ばれしアイドル達の紹介が、司会者によって始まった。
アイドル達、そう……みんな僕の好敵手(ライバル)である。
スポットライトが照らされて、最初に紹介されるアイドルチームが姿を現した。
アイドル戦国時代を生きる彼等・彼女等の顔からは、このフェスに賭ける凄みを感じさせるものがあった。この場にいるアイドルの中で自分が必ず一番になる――、その意識がビンビン伝わってくる。
『――さて次に紹介するのは、この夏ユニットアイドルとしてデビューを果たした二人組。パッケージこと、枢木夏向と蕗村咲です!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおお――――――――――――っ!!」」」」」
僕達の紹介が終わると、観客の歓声がより一層激しくなった。
僕は観客の方へ軽く手を振るが、皆の視線は僕ではなく夏向の方に注がれているような気がしてならない。
「まぁ、わかってはいるんだけどね……」
「咲、何か言った?」
「ううん、何でもないよ」
当然である、僕はまだデビューして一ヶ月も経たないアイドルなのだ。夏向のおまけ程度にしか思われていないだろう。
『咲ちゃーん、頑張れ――っ!』
『ここで一発、新人ユニットのお目見えだ! ぶちかませ――っ!』
そんな声が、僕の耳にハッキリと聞き取れた。
ファンが、僕の名前をハッキリと呼んだのだ。
「私、応援されてる……の?」
「そりゃそうだよ、咲だってもうとっくにアイドルの仲間入りをしてるんだから」
「だって、私……まだアイドルとしては全然ダメダメで……。写真やテレビでも夏向のおまけ程度の扱いだし……」
「それでも、ファンの人はちゃんと見てくれてるんだよ。応援してくれている人の声を受けたからには、全力で頑張らないきゃいけないね」
「う、うん!」
そして最後に司会者から紹介されたのは、霧生院斗羽利だった。彼女の紹介が始まると同時に観客も声を上げる。僕達の時と同じくらい歓声が沸き、斗羽利の名前を呼んでアピールするファンの姿が沢山目に映った。
「さすが斗羽利ちゃんだね」
「あんなにも大歓声が……。斗羽利って、本当にすごいアイドルなんだ……」
「すごいアイドルだよ、斗羽利ちゃんは。ちょっと気難しい所はあるけど、誰よりもアイドルの事を真剣に考えてるし、いつもファンを想って行動しているんだから。ファンレターだって、全部に目を通して返信しているだよ」
「そ、そうなの!」
知らなかった、そこまでファンと真摯に向き合っていただなんて……。
アイドルとは、ファンを笑顔にさせる仕事――彼女の言葉が上辺だけでないことは、もう疑いの余地は無かった。
秦泉寺さんの言っていた通り、僕は霧生院斗羽利というアイドルに対して大いなる勘違いを持っていたのかもしれない。
だからといって、彼女が夏向にしたことを許すことはできない。
このフェスで勝って、斗羽利の目を覚まさせてやるんだ!
『ではアイドルの紹介が終わったところで始めまるとしましょう。We’re so Happiness ‐Summer Festival‐、ミュージック・スタート!』
司会者によるアイドルの紹介が終わりを迎え、遂にアイドル同士による戦いの火蓋が斬って落とされた――。
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