異世界転移が流行した世界で俺だけ能力が無いみたいなんですが
九十九 千尋
異世界なんだけど東京なんです。
202X年、2月29日。
世界は、というか日本の東京近郊は、まるっと異世界に転移した。
転移直後、予想に難しくない各種の混乱混沌が見られたが、事態はすぐに収束した。というのも……
「なんで、異世界で日本語が通じるんだよ……」
ここ、異世界こと、イーブリースの世界では日本語が通じる。しかも、方言まで搭載済み。転移前の世界でいう英語並みに広がっている。
「なんで、異世界で味噌と醤油があるんだよ……!」
ここ、イーブリースの大都市、ガッコでは日本人の心の味、味噌と醤油が存在する。しかも白みそ赤みそ、合わせみそに、薄口しょうゆや白醤油まである。
「おかしいだろ……異世界なんだぞ、ここは……! なんで、なんで……」
「なんでって言ってもねぇ……」
「なんで、異世界で日本文化があちこちにあるんだよぉぉお!! 異世界じゃねぇのかここは!!」
そう、ここ、イーブリース世界では、忍者や侍は居るし日本刀もあるし、和食は普通に美味しいし……正直言って、異世界というよりほぼ日本。
俺、日本の高校生であった転移者、
「せめて西洋ファンタジー風にできなかったのかよ!」
そう言って嘆く俺の肩を、励ます様に、あるいは半ば楽しんでいるように叩くのは年子の妹、カナだ。
「分かる。解るよ、トオル。だって、トオルだけだもんね。せっかく異世界転移したのに何の能力も無いの。これじゃ、周りの人間が超能力に目覚めただけの日本だもんね」
そうなのだ。
このイーブリースに東京が丸々転移した時、人々はこぞって特殊な能力に目覚めたのだ。
能力の内容は千差万別、多種多様、十人十色。かぶっていたり似ていたりする能力はあるものの、皆それぞれ別の能力を持っている。
ただし、能力は一人一つまで、という話や各能力ごとの制約もあったりするらしい。
かくいうカナだって、両手を合わせて開くことでライターぐらいの火を掌の上に発生させるという能力がある。別段これぐらいなら、まだ……悔しさは薄いのだが……
「おお、すごいよ、トオル! あそこ、お空を飛んで逃げてる犯人っぽい人とビームで撃ち落とそうとしてる警察の逃走劇がおきてる!」
というような、絵的に派手な能力を見かけると、とても悔しい。
「別に、空を飛んだり……マッチの代わりをしたり……ビーム撃ったりするだけなら……別に……別に……」
「はいはい」
そして、俺にはどういうわけか、能力が見つからなかった。
イーブリース世界には、ここ百年ほどで日本人がどんどん異世界転移をしてきていたらしく、日本でのアメリカ村のごとく、イーブリースでの日本都市が出来ていたらしい。日本以外の国からも転移してきている者はいるらしいのだが、外国人の転移者の20倍近くの数、日本人が転移してきているらしい。
というのも、どうやら、一人の転移者の能力が原因らしい。
その転移者の能力は「他者を転移させる」という能力らしい。結果、彼はイーブリースを豊かにするために、技術職の日本人をじゃんじゃん転移させ、イーブリース世界を日本文化溢れる世界に代えてしまった、ということらしい。迷惑も良いところである。
……てっきり、異世界転生とかが日本で流行ったせいだと思ってた。あと、あれらの世界ではなんでそんなに和食をリスペクトするのか分からないけど、確かに異世界でも醤油と味噌は欲しくなるのは分かった。
そして、この転移してきた技術者たちが作ったのが、転移者が目覚める能力を判別する機械。転移者が能力を使う際に発生する何か分らんが素粒子を感知する機械なんだとか? だが、この機械は俺に何の恨みがあるのか酷い結果を俺に突き付けたのだ。俺の体にはその素粒子がまったく少しも感知できなかったんだとか。
そう、俺は、イーブリース史上初の、能力がない転移者と言われ、一躍嬉しくない時の人となった。
実に解せない。
「インスタントみそ汁に、カップ麺、長ネギモドキ、サツママタギ芋、プチジャナイトマト……あと何買うんだっけ? トオル? 聞いてる?」
「え? 何? 俺帰って週刊少年チャンプ読むんだ。異世界だけど異世界転移物の漫画読むんだ……」
「もう、現実逃避してないでよ。イーブリースには少年チャンプないよ」
「マジかよ。帰りたい。続き読ませて」
と、そんな話をしていた時のことだ。
突如、空から男が降って来た。正しくは、カナの傍に地面のアスファルトを抉り飛ばすほどの勢いで着地したのだ。
そして、何が起きているかを把握するより早く、その男はカナを引き寄せて羽交い絞めにし、その首筋に何か光る物を押し当てた。
それから一拍の間も無く、男を追って警官服姿の男たちが、カナと男、ついでに完全に逃げ遅れた俺を取り囲んだ。
見れば、男の手にあるのはガラスの塊のような物だった。多分、この男の能力……ってあれ?
警官の一人が、男に指を向けながら言う。
「動くな! 俺の能力は指先から光線を放つ能力だ。光の速さでコンクリートだって撃ち抜ける。しかも俺が思った通りに放てるんだ。さあ、人質の女の子を離せ。勝ち目はないぞ!」
自信満々にそう語る警官を前に、カナを人質に取っている男はにやにやと不敵な笑みを浮かべながら、なおもカナを離さずに警官に言う。
「お前はおかしいと思わなかったか? オレは空を飛んでいただろう? だが、今この女の子の白い首にガラスのナイフを作って突き付けている。そうだよな?」
俺がさっき疑問に思ったのは、まさにそこだ。
男は言う。
「オレの能力はな……相手の能力を奪い取る能力なんだよ!」
そう言い終わるより先に、男はガラスの塊を放り出し、その手の指から光線を放ち、警官の肩を撃ち抜いた。
勝ち誇ったような顔をする男は、さらに続ける。
「元々おかしいと思わなかったか? なんでこの世界はこんなに異世界転移者ばっかりなんだ。しかも日本人ばっかり。それはな、日本で異世界転生だの異世界転移だのが、それはそれは爆発的に流行ったからだ。
と同時に、それと時期を同じくして、日本人の失踪者、神隠しに遭う奴も増えた。だからオレは調べた。調べて、そしてこのイーブリース世界について、転移する前から知ってたのさ。だから、オレは、オレの能力を選んだんだ。知ってる奴ならできる裏技があるのさ。だからオレは、最強の能力を得たんだよ!」
そう言いながら、男はカナを連れたままにじりながら下がる。今、男の指先はカナのこめかみに突き付けられている。
「ちなみに、だ。オレを取り囲んでくれてた警官諸君の能力も、とっくに奪ってる。残念だったな!」
先ほどの警官が指を男に向けるも何も起こらない。本当に能力を奪う能力らしい。他の警官達も能力が使えないらしく、誰一人として男を止めることができない。
ふと、カナと目が合った。カナは涙目になりながらも、俺に何か、声に出さずに言う。口だけが動いて俺に言った言葉は……
「にげて」
俺は、何も考えずに、男とカナの方へ走り出していた。
俺は何を考えてるんだ? 逃げろって言われたじゃないか。
いやそもそも、俺に何ができるんだよ。相手は色んな能力を奪ってきた相手だぞ。どんな能力があるかもわからないじゃないか。
どっちにしろ、俺には何の能力もないんだぞ。文字通り、何もできないんだぞ。なのに……
なのになんで、俺、向かっていってるんだよ……
そして、男の指先が俺に向けられる。終わった。きっと俺は死ぬ。
でも……
でも、だけど、それでも……
俺は、黙って見ていたくなかったから!
俺は、構わず男の顔面を殴りつけた。
俺の拳は、それは驚くほどにすんなりと、何の障害もなく男の顔面に吸い込まれた。そして、鼻血を吹きながら痛みにもだえる男はカナを離し、俺に何かをしようと手を泳がせた。
が、何も起きない。
男がなぜか能力を使えないと分かるや否や、警官の一人が叫んだ。
「か、確保ぉぉおおおお!!」
突如、周りに居た警官たちが男に飛び掛かり、男は何の能力を使うことも無く取り押さえられた。
咄嗟のパンチの結果、俺は警察署の署長室で、所長直々に感謝状を与えられ、犯人逮捕に貢献したということで金一封までもらってしまっている。まぁ、金一封は痛めた拳の治療費に消えるぐらい薄いものだが。
「いやあ、あなたでしたか。あの噂の『イーブリース史上初の無能力転移者』の須栗 トオルさんでしたか」
「やめてください、その不名誉な称号」
署長は笑いながら謝り、俺に言う。
「や、そうでしたな。あなたは正しくは『イーブリース史上初の能力無効化能力者』の須栗 トオルさんでしたな」
そう、あの一件がきっかけになり、俺の能力の再検査が行われた。流石に、能力の際に出てくるはずの素粒子があんまりにも感知されなさすぎるのは異常である。という結論が出され、そこからいくつかの実験の結果、俺の能力はとっくに目覚めていたということが解った。
やっぱり解せない。
署長は俺に言う。
「おそらくですが、このイーブリースは異世界転生者が多くなりすぎているのです。向こうの世界にもイーブリースを知り、転移と能力を悪用しようとする輩が出る始末……きっと、あなたは今回のようなケースへのカウンターとして選ばれたのでしょうな。この世界に」
異世界に選ばれた……そういうとなんだか、途端に気持ち悪いような、むず痒いような、座りの悪さを覚える。
俺はただ、黙って見送りたくなかっただけだったんだから。
帰り道。ふと、東京と全く変わらない景色の中に広がる数多のファンタジーな光景を見ながら俺は思った。
この世界は、日本人が転移しすぎた結果、向うの世界と大差がなくなっていると言われている世界だ。
「この世界に選ばれた……ね……」
ならせめて、少年チャンプの創刊もやっていて欲しかったな、と。
異世界転移が流行した世界で俺だけ能力が無いみたいなんですが 九十九 千尋 @tsukuhi
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