偽りの力と異世界逃走劇

咲兎

偽りの力と異世界逃走劇

 一体ここは、どこなのだろう。

 そう思いながら、薄暗い地下牢の中、呆然とする少年が1人、そこにはいた。彼の名前は、一ノ瀬歩夢あゆむ

 彼の記憶が正しければ、歩夢はつい先ほどまで、自分の部屋で高校に入って初の中間試験に向けて、必死の勉強をしていたはずだ。


「いや、待てよ……勉強の後にも色々あったような……」


 どうにも、記憶がハッキリしない歩夢。彼は、ひとまず状況を確認する為、周囲を見渡した。周囲の複数ある牢屋は、空ばかりだったが、1つだけ誰かが捕られられている牢屋があった。

 そして、その牢屋の中にいたのは、歩夢の見知った人物だった。


「えっ、八嶋さん!」


 それは歩夢が、片思いしている同じクラスの女子の八嶋和奏わかなだった。彼女は、牢屋の中でぐったりした様子で眠っていた。


「助けないと……でも、俺も捕らえられてるし、どうやって?」


 歩夢は考える。だが、どうにも思いつかない。その時、何者かが歩夢の背後から声をかけた!


「クク、お困りのようだな」

「だ、誰。って、うわあああ!!!」


 その者は大きな鎌を持っており、マントを羽織った長身の骸骨でまさに死神と言ってイメージする像そのものであった。


「そう驚くな。俺はトラルド。あんたに力を貸したい。願いの対価はほんの少しの魂だ」

「ど、どういう事だ」

「この状況人間には危険だぜ? ここは、魔王軍四天王最強のレイドの城だからな」

「魔王軍? まさか、ここ異世界なのか!?」


 歩夢は、いわゆる異世界ファンタジーの類のお話が大好きなので、単語だけで大体の事情は察する事が出来た。


「あぁ、あんたは異世界の住人だろう。俺はそんな貴重な世界の住人の魂が欲しい。これは悪魔としての正当な契約の取引だ」

「それで、あそこの子も助けられそうか?」

「そりゃお前次第だな? だが、俺は魔王をも超える死の神。お前が相当なアホじゃなけりゃ、四天王程度大丈夫だろうさ」


 そういうトラルドの顔は自信に満ちていた。嘘はないのだろうと歩夢は考える。


「具体的に、力を貰う代わりに魂を渡すっつうのはどういう事だ?」

「あぁ、それか。

 俺は、お前が望む時間分だけ、お前の思う強さをやる。が、その代わり、その力の強さと時間に応じて、お前の体の機能を奪わせてもらう。

 そんな感じだ。必要な箇所は最後にしてやるよ」

「なるほど……分かった。それで良い。契約だ」

「物分かりが良くて助かるぜ」


 歩夢がトラルドと契約をし、まずした事は、和奏を助ける事だった。


 まず、自分と和奏の鉄格子が壊れるイメージで力を使い、鉄格子を壊すと、和奏の元に向かった。

 次に、ぐったりした和奏が治るイメージで、力を使うと、和奏は体調が良くなり、目を覚ました。


「……あれ? 一ノ瀬君?」

「や、やぁ、八嶋さん……」


 和奏とあまり話した事のない歩夢。こんな状況とは言え、とても緊張していた。


「え? ここ何処? っていうか、誰、その死霊騎士ゴーストレンジャーのティロのコスプレしてる人!?」

「え!?」


 和奏が指さしたのは、トラルドだった。

 死霊騎士ゴーストレンジャー、それは、一部のマニアックな層に支持される戦隊もの番組の名前だ。

 そういえばと、歩夢は、前クラスで聞いた事があったのを思い出した。和奏は、死霊騎士ゴーストレンジャーのブラックが好きと言っていた事を。

 そして、なんだよその番組と思って調べて観てみたら、自分がドハマりした事を。


「……トラルドだぜ。ティロのコスプレ? をしている」


 空気読む、優しい! と、歩夢は思わず契約者の死神の優しさに目が潤んだ。


「凄いクオリティ……は! っていうか、結局、ここはどこなの?」

「八嶋さん、信じられないかもしれないが聞いてくれ! ここは異世界で、今俺たちは魔王っていう悪い奴の手下の城に捕らわれてるんだ!」

「へー、じゃあ、出ないとね」

「軽くない!?」


 もっと、戸惑いがあるかと感じていた歩夢は少し困惑した。だが、同時に普段の和奏の変人ぶりを見ていたので、むしろ和奏らしいとも思った。


「どうやって出るの?」

「任せといてくれ、俺が敵と戦って道を開く」

「え? 本当に? 良いの?」

「あぁ! 大丈夫だ!」


 和奏がいれば戦える。そして、何よりカッコいい所を見せる最大のチャンス! そう感じた歩夢は全員で地下牢から出る事とした。


 ◇


 地下牢から出て、数分後、歩夢達は敵と遭遇した。敵は、ゴブリンが1体である。


「今のあんたなら楽な相手だな、クク」

「あぁ!」


 そう返す歩夢は、次の瞬間、こう叫んだ。


「変身!」


 歩夢は手に黒の宝石がはめ込まれた指輪を発生させ、そう叫ぶ。次の瞬間、歩夢の姿が黒い靄に包まれた。


「え、おまえ、雑魚相手に何を!?」


 困惑するトラルド、そして、靄が晴れた瞬間現れたのは、禍々しい黒の衣装に身を包んだ歩夢の姿だった。


「正義の死霊、ゴーストブラック!」

「いや、嘘付け! その格好、俺と同じ悪魔だろ!」


 トラルドの突っ込みを無視して、歩夢はこう叫ぶ。


「行け、我が僕共!」


 すると、無数の霊がゴブリンに殺到し、食らいついた。ゴブリンは悲鳴を上げ続ける。そう、上げ続けている。

 ゴブリンは、破壊と再生を繰り返し、もう死にたくても死ねないのである。


「貴様には、これが丁度良い……」

「いや、あのゴブリンが何をした?」


 思わず、ゴブリンに同情するトラルド。しかし、そんな外道な歩夢を見た和奏はこう叫んだ。


「ぶ、ブラックだあああ!!! 凄い、一ノ瀬君がゴーストブラックになった!」

「え? なんで、今ので喜ぶ?」

「八嶋さんは、今のとそっくりな物語のキャラが好きなんだ」


 歩夢は、こっそりトラルドに囁く。


「えぇ……」

「八嶋さん。実は俺は、現実でブラックと同じように戦っている戦士、真・ブラックだったんだ」

「いきなり、何言ってんだおまえ!?」

「え、そうだったんだ!」

「嘘だろ!? 納得するなよ! 後、真・ブラックって何!?」


 トラルドの言葉を聞き流し、歩夢は一旦変身を解除した。すると。


「腕が!」


 歩夢の右腕は動かなくなっていた。


「トラルド……お前ぇ!」

「完全に自業自得だよな!?」


 歩夢が変身を使ったのは、勿論ふざけたからではない。彼なりに、和奏にカッコいい所を見せたかったからだ。

 だが、こうなった以上、もう変身は使えない……歩夢はそう考えた。


 再び、数分後。彼らはまた敵と遭遇した。敵は10m級のゴーレムである。歩夢がどう戦おうかと考えていると、隣の和奏から声を掛けられた。


「ねぇ、何で変身しないの?」

「それは……ほら、大事な時に」

「ブラックなら大事じゃない日常シーンでも変身するはずでしょ」

「確かに……」


 彼らの知るブラックとは、そういったキャラだった。


「なら、真・ブラックも」

「……変身!」


 歩夢は、再び真・ブラックへと変身した。


 ◇


「うわあああ!!! カッコいいい!!!」

「はぁはぁ……」


 ゴーレムを倒す事自体は難しくなかった。だが、このブラックというキャラ。相手を瞬殺できる戦闘でも無駄に相手を嬲るキャラである。

 歩夢は、真・ブラックを名乗ってしまった以上、同じ戦闘スタイルで挑まねばならず、結果、無駄に力を使う事となってしまった。


「……解除」


 歩夢は変身を解除する。今度は、左腕が動かなくなった。後、心なしか視力も落ちた気がすると歩夢は考えた。


「よし、この調子で出口まで行こうか!」

「あぁ、そうだな」


 そう言って、歩夢は隣の和奏に笑いかけた。それと同時に、歩夢は背後からこう囁かれる。


「クク、お前が結んだ契約だぜ?」


 数分後、歩夢たちは出口付近についた……が。


「よくぞ、ここまで来た。この我、四天王最強のレイドが相手しよう」

「ここに来て、四天王……かよ」

「平気でしょ、真・ブラックだから!」


 確かに、本当のブラックだったら大丈夫だったかもしれないと歩夢は思う。

 だが、自分は。


「変身! ……!?」


 変身をしようと思ったが、出来ない。レイドの炎魔法が飛んでくる。歩夢は慌ててトラルドの方に振り返った。


「残念だったな……もう魂不足だ」


 歩夢は唖然としながら、眼前に近づく、それを見て立ち尽くすしかなかった……。


 ◇


 一体何が起きたのか、歩夢は気が付くと柔らかい物の中にいた。


「?」

「……あのねぇ」


 歩夢の上から声が聞こえる。和奏の声だ。


「何やってんだ、てめええぇぇ!」

「うわあああ!!!」


 歩夢は突然、和奏に軽く突き飛ばされた。そして、今の状況に気が付いた。

 ここは……。


「あっ、電車か」


 そう、歩夢は今高校に向かう途中の電車の中だった。

 全ては昨夜テスト勉強漬けで眠れていない歩夢が、吊革に掴まり、居眠りしながら見た夢だったのだ。


「なんだぁ……って、え!? や、八嶋さん!?」

「なんだぁ、じゃないよ! 何、人の胸に飛び込んでんの!?」

「えぇ!? そ、そんな事を!?」


 目覚めた時に、何か柔らかい物の中にいたと思ったが、そういう事だったのかと歩夢は納得した。

 恐らく、電車が揺れた時か何かに手を離し、彼女の方に倒れたのだろう。申し訳ないと思う反面、得した気分になった歩夢だった。


「ご、ごめん……」


 きっかけは最悪だが、折角の話すチャンス。何か話そうと思った歩夢はある事を思い出した。


「と、ところで、死霊騎士ゴーストレンジャー好きなんだっけ?」

「え? 何、どうしたの急に」

「いや、前聞いてさ、ブラックが好きだって」

「うーん、まぁ、好きって言うか。ブラックの俳優さんが好き」

「え、じゃあキャラ自体が好きな訳じゃ」

「え? 何が良いの、あの糞外道」

「そう、よかった」

「え、何?」


 歩夢は夢の中で、自分はブラックでいなければならないと思っていた。でも、実際は違ったのだ。それを聞いた瞬間、歩夢は何かから解放されたかのように、気持ちが軽くなった。


「でも、珍しいね。あの番組知ってるんだ?」

「好きなんだ、あの番組」

「変わってるねー、私もだけど。どの位観てるの?」

「全話観てるよ」

「嘘! 私も!」


 ……異世界での出来事は夢だったけれど、彼女と少し仲良くなれたこの一時は夢じゃない。大切にしようと思った歩夢だった。

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偽りの力と異世界逃走劇 咲兎 @Zodiarc2007

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