目覚めをたぐり寄せる弾丸
一繋
目覚めをたぐり寄せる弾丸
レーションに2つの銃弾を突き立てた、供物めいたものを手渡された。
「……これは?」
「昔は甘いものにロウソクを挿してお祝いしたそうだよ。誕生日おめでとう、アカシ」
ヒビキの笑顔の数キロ先では、この銃弾で、このレーションのように体に穴を空けている仲間がいる。
僕らは祝うことより、悼むことに慣れていた。
生まれたことに対して祝福を受けるような存在でもない。
この戦場のために、生まれてきたのだから。
「レーションは私から。弾はレイジからだよ」
レーションも銃弾も、兵士が私有できる数少ない配給品だ。頼めばいくらでも補充できるものだけど、形が変わるだけで妙に嬉しかった。
「俺はタバコを分けてやったほうがいいと言ったんだが、ヒビキが聞かなくてな」
「もう、男の子はすぐにタバコで『取引』しようとする」
レイジの言うとおり、本来なら配給量が少ないタバコのほうが価値がある。ヒビキは「男の子は」という言い方をするけれど、タバコを『取引』に使うのは男女を問わない。僕らなりの経済、というやつだ。
「本当は齢の数だけロウソクを挿すんだって。でもアカシは200月だから、全部挿したらロウソクだらけになっちゃうよね」
「いや、本来は『年』という単位で計算するそうだ」
レイジは戦場でたまに見つかる前時代の本を集めている。生きるのに不要な知識を持つ読書家の一人だ。
「ネン?」
僕とヒビキの疑問符に、レイジは自慢げに頷く。
「12ヶ月で1年というくくり方をするらしい。『年』で計算すれば、アカシのロウソクの数は16本だな」
「どうして私たちは月で数えてるの?」
「これはあくまでも俺の推測だが、俺たちには『年』で区切る必要性がないからだろう。太陽の周期である一日と、月の周期である一月は、この場所でも必要な区切りだ。しかし『年』で区切ったところで、なにかに影響があるとは思えない」
「まあどう区切ろうと、僕たちがやることは変わらないからね」
進む、敵を撃つ、帰る。
逃げる、敵を撃つ、帰る。
隣で誰かが死んで、新しい誰かが補充される。
毎日は、そんなことの繰り返しだ。
「でも、アカシはすごいね。200月の人なんて、初めて見たよ。私たちだって長生きなほうだけど」
「ああ。俺もあと30ヶ月も生きられるとは到底思えない」
戦線の方から、一際大きな音が響いた。思わず全員が同じ方向を見やる。
きっとこの音の発信源では、僕たちよりも若い子たちがたくさん死んだだろう。
レーションから弾を外し、犬歯でかじる。たとえロウソクがあったとしても、この固いレーションに挿すことは不可能だ。
ロウソクが刺さるものだなんて、昔は一体どんなものを食べていたのだろう。
咀嚼して口のなかに広がるのは、僅かな甘みと、強い苦味。
「今まで食べたレーションのなかで、一番おいしいよ」
レーションをおいしいと感じたことなんて一度もないのに、不思議だ。
「そう、よかった」
ヒビキとレイジが笑う。
今までレーションは、食べなければいけないから食べていただけ。けれど今は、食べたくて食べた。
弾はなんとなく、胸ポケットにしまっておいた。レイジは「弾は弾でしかない。さっさと使え」と言ったけれど、奴らの体内にブチ込むにはもったいない気がした。
僕らがいま戦っている丘陵は膠着状態にある……と表向きには言われている。
正確には、使い捨ての命でなんとか膠着させている。
隣で誰かが弾けた。でも、進む。
轟音と悲鳴で方向感覚が狂う。
五歩ばかり先の地面が、何かが這い出してくるように膨れ上がる。それを知覚したのと、足が宙に浮いたのは同時。
閃光。耳鳴り。五感は一瞬で使い物にならなくなった。
強かに背中を打ちつけ、意識が飛んだ。
横たわっていることを自覚したのは、土の雨が全身に降り注いだから。
周りには、誰かのものだったのだろう体の一部が散乱している。最悪の目覚めだ。
揺れる頭で状況を確認する。
正面には小さなクレーター。後ろに壁。
地面を車輪のように転げ回り、コンクリート片に衝突することで慣性を止めたのだろう。
よかった。となりの誰かが弾け飛んだとき、僅かに歩調を緩めたのが生死の境目だった。
あと一、二歩前に出ていたら僕も弾け飛ぶハメになっていた。
いつだってそう。こうした偶然を数え切れないほど重ねて、消耗品であるはずの命を長らえさせている。
起き上がろうと腕を立てると、胸にじくりと痛みが走った。
砲弾の破片が、左胸に突き立っていた。
けれど、不思議と出血も少ないし、現に今も生きている。
恐る恐る破片を引き抜いて傷口を確認すると、見事にへしゃげてた銃弾がぽろりと転がり落ちてきた。
胸ポケットのなかに入れておいた弾丸。
よくよく見れば、パウダーが抜かれている。神経質なレイジらしい気配りがなければ、僕が目覚めることはなかった。
最悪の目覚めと思ったことは、撤回すべきだろう。
生きているからこそ、目覚める。そんな当たり前のことが、ここでは最上の幸運。
目覚めをたぐり寄せる弾丸 一繋 @hitotsuna
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