私たちの復讐〜東京と、福岡の女〜

小峰綾子

私たちの復讐〜東京と、福岡の女〜

ウトウトとしかけたところで、スマホの通知音が聞こえました。寝ぼけたままで画面をみたところ、見覚えのない人からのメッセージが届いています。そういえばスマホを持った感触に違和感がある、思ったその時、私は気が付きました。


これは隣で寝ている男のスマホでした。寝ぼけてうっかり自分のものだと思って手に取ってしまったようです。だとしたら、今見たメッセージは彼宛のもの。改めて見返してみるとこんなメッセージが表示されていました。

 

A子「早く会いたいな」

A子「いつものお店、予約しておくね」

 

明らかに女性の名前で、このようなメッセージ。これはどう言い逃れしても浮気という類のものではないでしょうか。早く会いたい、なんて文言をただの友達がこんな夜中に送ってくるとは思えません。そして、いつものお店とは。何度も習慣的に彼はこの女性と会い、食事をしているということでしょうか。


この男、私の知らないところで遊んでいそうだと疑う気持ちもあったことは隠せませんが、実際こんな形で目の当たりにすると身が震えました。怒りと戸惑いが入り交じった感情です。


私は普段、彼のスマホを勝手に見るなんて浅ましいことはしませんし、彼だってロックはかけているはずです。しかし最初の一文程度はロック画面でも見られる設定か何かになっていたのでしょう。いくら私が寝ぼけて彼のスマホを見てしまったとはいえ、こんな典型的な形でそれが露呈するとは。そのあたりの詰めの甘さにも腹が立ちますが、同時に今までよくおくびにも出さず続けられたものだと感心する気持ちもありました。彼は私の怒りに気づく気配もなく隣で気持ちよさそうに寝息を立てています。

 

次の日から私は、あの時に見た名前の女性を追及すべく行動を開始しました。その詳細についてはここでは省かせていただきます。


しかし、このご時世全く何のSNSも利用していない人の方が珍しいため、彼のネット上での交友関係と、共通の知り合いの伝手などを辿って彼女を見つけだすことができました。

 

A子という女のSNSアカウントに行き当たった私は、意を決して彼女にコンタクトを取りました。自分は彼の恋人で、将来結婚も考えている、遊びのつもりなら退いてほしい、そういう旨の文言を送りつけました。もし相手が逆上してきてもこちらは冷静に対応するつもりでしたし、もし向こうが無視を決め込むとしても、彼が会いに行った時に今まで通りではいられないはずです。

 

それほど間を開けず知らない番号から電話が来ました。相手はA子だと名乗りました。彼女はどうやら電話口で泣いているようです。電話を取るなり丁寧に謝られ、泣かれ、私は出鼻をくじかれてしまいました。彼女が言うことには、何も知らなかった、あなたを傷つけるつもりは全くなかった、自分としても、落ち着いたらこちらに腰を据えて、結婚の話を進めたいと思う、と言われたので真に受けていた、そんな男だとは知らずに信じて期待していた自分が情けない、というようなことを言っています。


私の方は、男を最初から疑う気持ちがずっとあったのに対し、彼女はそのようなことは想像もしなかったようです。その点では彼女の方が熱心に彼を好きだったのかもしれません。


私は、この泥棒猫!とでも言ってやるつもりでしたが、A子の真剣みのある声を聞いているうちに彼女も被害者であるということを理解しました。憎むべきは彼女ではなく真面目に恋愛をしてると思い込んでいる私たちを弄んだ彼であるということも。

 

彼はここ1年ほど福岡と東京を行ったり来たりする生活をしていました。彼の友人が立ち上げた会社に引き抜かれたあと、新たな拠点を作るために忙しくしているようです。大体週のうち‪2~3日‬は東京で、残りの日程は福岡、という生活をする中で、それぞれで彼女を作っていた、ということになります。ある程度想像した通りでしたが、距離が離れていればそれぞれで深い関係になっても気づかれないだろうという考えが透けて見えます。

 

しばらくは状況を理解するのに時間がかかりましたが、彼の方は相変わらずコンタクトを取ってくるので腹立たしいものです。それでも関係を切れないまま日々暮らしていましたが、ついに私はあることを決意しました。彼に復讐をしようと。

 

私はA子にこの考えを持ちかけました。数日悩んだようですかA子もこの作戦にのると言ってくれました。メッセージのやり取りを続けているうちに、A子とは会う場が違えばいい友達になれていたのに、と思うようになっていました。彼は私にもA子にも

「俺は本当は東京か(または福岡か)に腰を据えたい」

とそれぞれの場所で言っているということが分かりました。それから私たち2人が彼と関係を持ち始めた時期も、1ヶ月ほどのズレはあるもののほとんど同時だということもわかりました。東京で通っていたクラブのホステスと関係をもちつつ、一方福岡で前職の同僚を口説くとは、なんと節操のないことでしょうか。

 

私たちは、表向き彼との関係を続けながら、裏では女同士連絡を取り合い復讐の機会を待つ、という奇妙な生活を続けていました。

 


その時が近づいています。私は不意に時計を見ました。‪22:00‬。今頃、彼とA子は「仲良く」やっているのでしょうか。もはやA子に対しては友情を感じているぐらいですが、やはり彼とのそのような行為をしていることを想像すると腹の底で何かが煮えくり返るような、胸のあたりが苦しくなるような気持ちです。もはや彼への愛情は醒めてしまった、というA子ですが、それでもともにベットに入るというのはどのような思いなのでしょうか。でも、彼の方のことを考えると清々した気持ちです。A子を抱くのも‪今夜‬が最後と知らず、さぞかし一途で情熱的な男を演じているところでしょう。

 

今、公園でぼんやり缶コーヒーを飲んでいる私は、誰よりも孤独なのではないか、そんな気になってきました。3月末、季節は少しずつ春めいてきたとはいえ、この時間はさすがに冷え込みます。私は彼女からのコンタクトを待ちます。一方ではそんなものなければいい、私が消え去ってA子と彼が幸せになれるならそれはそれで構わない、そんな思いもありました。

 

 

さて、私は部屋着に着替えてそっと彼の横に滑り込みました。彼は情熱を燃やし尽くした後ですっかり疲れて深い眠りに落ちています。彼は行為の後しばらくは目を覚まさないということを私たちは知っていました。


今まで隣で寝るという事も何度となくありましたが、これが最後だと思うと感慨深いものがあります。そして、いつもはどこかのホテルの一室か私の自宅だったのが、今回は最初で最後、彼の家で寝るという事になります。

 

初めて会ったA子は、私と比べると少し地味でおっとりした雰囲気の子でした。二つの拠点で女を作るとなると、ちょっと違う雰囲気の女に手を出したくなるものなのでしょうか。私はタクシー代だと言っていくらか渡そうとしましたがA子は固辞しました。こう見えても夜の仕事をしていてそれなりの稼ぎはあるからと。私はA子に、いつか福岡に遊びにおいで、と言いました。A子も、じゃあその時は案内してね、と言っていましたが、実際のところもう二度と会うことはないでしょう。何故かそのことが残念な気がしています


彼女は風に髪をなびかせながら公園を去って行きました。ニ部咲きの桜が揺れていました。

 

さて、翌朝彼と私と、どちらが先に目覚めるのでしょうか。私は、できれば彼の方が先に目覚めてほしいと思います。私は、驚く彼の声を聴いて目を開くのです。その時点で、私たちの復讐は完遂したことになるでしょう。

 

まさか昨日隣で寝たと思っていた女が夜の間に、しかも遠く離れた福岡に住むはずの女とすり替わっているなんて。さぞかし戦慄するでしょうね。

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