ほんのちょっぴり毒舌が入ってるメイドさんになって御主人様を膝枕したいだけの人生だった

鈴木怜

ほんのちょっぴり毒舌が入ってるメイドさんになって御主人様を膝枕したいだけの人生だった

「おはようございます、御主人様」


私が御主人様の寝室に入ると、そこにはくうくうと寝息をたてておられる御主人様の姿がございました。

当たり前だと言われれば当たり前です。今は御主人様が起床する時間からは一時間程早いのですから。

ではなぜそんな早い時間に私は御主人様の寝室に失礼しているのか。そう問われると私はこう返すほかありません。

御主人様が、私の膝枕が欲しいとおっしゃるからでございます。

……ええ、聞き間違えた方がおられるかもしれませんのでもう一度繰り返しましょうか。

御主人様が、私の膝枕が欲しいとおっしゃるからでございます。

どうしてこうなったかは私にも分かりかねますが、御主人様の頭の中では前々からやって欲しいとの思いがあったようで、やってくれと命令されてからは毎日、私がこのように寝室に失礼いたしまして、起床時間の直前の一時間程を膝枕させていただいているのでございます。まったくもって、酔狂な趣味をされておられる方でございます。朝の一時間はどれだけ忙しいのか、御主人様はどうやら想像も出来ないようで。

ただ、それが一年も続けば慣れてくると申しましょうか、私はそこに本を持ち込んで、御主人様の膝枕をしながら、同僚たちがせっせと働く脇で優雅に一時間を過ごすようになってしまいました。

最初のうちはやることもなく、ただただ御主人様の柔らかな、なんでこんなことを命令したのか分からないほどの純粋な寝顔をじっと見つめたり、眺めたりしていたのですが、御主人様が気を利かせて私めに読書をする自由をくださったために、現在の状況に落ち着いているのでございます。

どうやら御主人様にとっても本を読んで落ち着いているほうが寝心地がよいらしいようで、最近は特に気持ちがいいとの感謝の言葉までかけてくださっています。その言葉をいただく度に私は嬉しいのか嬉しくないのか微妙に心がもやもやするのです。

そうこうしているうちに起床の時間がやってきました。私はいつものように髪を御主人様の目に入らないようにどかして、耳のそばに口を持っていき、ささやかな声で告げるのです。


「御主人様、朝でございます」


御主人様のまぶたがゆっくりと、それはもうゆっくりと開いていきました。


「……おはよう」

「おはようございます、御主人様」

「……今日は一段と柔らかいね。今までで最高の目覚めかもしれない」


最高だよ、と御主人様がおっしゃると私の心がほんの少しだけ揺れました。おそらく太もものことを言っておられるのでしょう。なのに、分かっているのに心が揺れました。どうやら、変な学術書よりも恋愛小説などの方が私が落ち着けるのか、太もももやわらかくなるらしく、私はそれで選んだ本の価値を決めるようにもなりました。今日は大当たりの日のようです。


「それは、どうもありがとうございます」

「うん」


やっと御主人様が起き上がりました。私の足も自由になります。


「御主人様、着替えをさせていただきますね」

「ああ。頼むよ」


……とまあ、このような感じで私が毎日、朝に御主人様を起こして着替えをさせるのが日常となってしまいました。

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