夏休み終末大戦争

空気嫁

第1章1話 山あり谷あり…さらに谷あり。

『ごめんね…君とは一緒にはなれない…』


『ど、どうしてだよ!?アキ!!』


『だってあなた…ロリコンじゃない…』


ーBAD ENDー


「あぁぁぁぁぁ……。アキ……」


ここ一週間で叫びすぎて、枯れに枯れた声でその名を呼ぶ。


秋(アキ)。今をときめく超大作ギャルゲー《Shall we marry?》の裏ヒロインにして、俺の推しである。

攻略難易度は超激難で、100を超える選択肢を全て正解させるなんてのは序の口で、他のヒロインの好感度もそれぞれ基準値に達していないと攻略できないなどという糞構成で、ネットでもアキの掲示板だけ荒れている。


「ロリコンが要因になったってことは、chapter63のあの選択肢がまずったのか…?」


かくいうこの俺、夏山海人も、この攻略に勤しみ、このストーリーを何百週もしている。


失敗する度に、セリフからどの選択肢がまずかったのか推測し、修正を加えていく。


「とりまこの選択肢に×つけて…と」


膨大な情報量は、もちろん頭の中では保存しきれないので、ノートに書き込むようにしている。

特に注意して書いているのは台詞だ。

同じような内容でも、言葉に若干の変化が入っていれば、ストーリーは変化する。


「あと一応掲示板も確認……」


1人で全てをやりきるのには時間がかかる。掲示板を活用して、不要な選択肢はある程度カットしておいてあるのだ。


「攻略、攻略……。よし、まだ出てないな」


俺が確認したかったのはアキルートの攻略情報だ。

このゲームが発売されて半年が経つが、恐ろしいことにアキルートを攻略できたのは1人もいない。


俺は、もしかしたらアキのそういう点に惹かれたのかもしれない。

未だに誰のものにもなっていない女の子。

そんな子を攻略できたなら、どれだけ達成感のあることだろうか。


思いっきり背伸びをして、スマホを取り、時刻と日付を確認する。

8月27日。午前8時27分。時刻と日付が一緒になるなんて珍しい。今日は何かいいことがありそうだ。


スマホの電源を切ろうとして、ふと、一件のLINEの通知に目が止まった。

この夏休み、ほとんどゲーム漬けでまともにスマホを開いていなかったので、わりかし古い通知だったが、気づかなかったようだ。


LINEは親友の春雪からだ。


《読書感想文なんの本にした?》


LINEは4日前のもので、おそらくもう本も決まっているだろうから返信はしなくていいか、とまで考え、思考が止まった。


俺も春雪も、夏休みの課題は余裕を持って1週間前からやるようにしている。

それは小学生の頃からずっと変わらなかったことで、4日前にLINEしてきたのも、ちょうどその日が夏休み1週間前だからだ。


もう一度スマホで日付を確認する。8月27日。正真正銘、夏休み3日前だ。

ゲームに夢中になっていた俺は、夏休みがいつ終わるかなど当然頭の外で、課題は全て白紙である。


「や、やっちまった…」


1週間前なら、3日でもなんとかなると思いたかったが、そこは流石の私立の自称進学校。机に積まれている課題の山は、とても3日で終わるものとは思えない。


頭を抱え蹲っていると、コンコン。と、扉をノックする音がした。

この時間帯、母親であることは必然だ。


「あんた、課題やったの?」


普段なら決して聞いてこないことだが、それも当然。例年なら1週間前からはリビングで母親の目につくように課題をやって優等生ぶるこの俺が、4日経過してもなお、部屋に引きこもっているのだ。心配にもなるだろう。


「は、ハハッ!モチロンサァ!」


乾いた笑いと共に、絶妙に似てない物真似で誤魔化す。


「それならいいけど、春雪くん心配してたわよ」


だったらこっちに通話寄越すなりなんなりしろクソ春雪ェ…!


理不尽極まりない怒りを心の中で叫び、恨みも込めて春雪に助力を求めることにした。


《今日 泊まる お前 課題 手伝う》


最低限の文章だけ送り、身支度を済ませる。

あくまで冷静に、しかし急いで部屋を出て階段を駆け下りる。


「あら、あんたどっか行くの?」


「春雪ん家で勉強会!」


「ちゃんと課題終わらせるのよ」


なるべく平然を保っていたように振る舞っていたが、やはりバレていたらしい。

俺は逃げるようにして玄関から飛び出した。




「さあ、地獄の始まりだ!」










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