第1章2話 一応、仏教徒です。

「薄々危惧していたけど、本当にやってなかったんだね…」


某ハンバーガー店のクーポンを差し出しながら土下座をしている俺の横に積まれた課題の山を見て、春雪は呆れ混じりにため息をついた。


「アキを攻略することしか頭になかったんだ」


俺はドヤ顔でそう言った。毎年の習慣を忘れるほどの愛には我ながら感嘆せざるを得ない。

『課題か彼女か選べない』というタイトルで本を出してみようか。1000万部は固い気がする。いっそ学生なんて辞めて小説家としてデビューしてしまえば、課題もやんなくていいし。あれ、完璧じゃね?


そんな夢物語を思い浮かべていると、俺の手からクーポンを取られた。


「まあ、僕は終わってるから手伝うよ」


仏のような男だと思った。

夢月 春雪。幼稚園からの付き合いで、俺とは真逆で生粋の陽キャ気質だ。

スポーツ万能、勉強もそれなりにでき、おまけに顔も良い。

天から二物どころか、四物くらい与えられている奴だ。一物くらい分けてくれないだろうか。

いっそ清々しい程に恵まれているこいつと今まで一緒にいたのも腐れ縁かと思ったが、その縁に感謝。おかげで今日も生きられる。


「た、助かる。とりあえず、勉強系の課題から頼む。俺は読書感想文からやる」


感想文は言葉の使い方でバレたら困るから俺がやらなければいけないと思っただけであって、決して大変な方を押し付けたわけではない。決して。

それに、うちの高校の読書感想文はかなり多く、原稿用紙10枚は上限で、最低でも8枚は埋めなければならない。


「本は決まってるの?」


「自分の部屋に落ちてたやつ拾ってきた」


本は割と買うのだが、如何せんアキの件もあり全く読めていなく、床に置きっぱなしになっている。

鞄から本を取り出す。


『オカマに恋は難しい』ライトノベルだろうか。半裸の男2人が抱き合っているという、中々見るに耐えない絵面が表紙に描かれている。

本は書店の人気コーナーから適当に何冊か選んで買っているので、たまにこういうゲテモノが入っていることはある。


「これは書けないね…」


春雪が引き気味に言う。身体的にも引かれている気がするが気のせいであってほしい。

別に俺はホモじゃないし、オカマでもない。


「お前何書いたん?」


「フェルマーの最終定理」


「どんな神経してたら読書感想文に数学の本選ぶんだよ…」


言い忘れていたが、春雪は生粋の理系で、こと数学に関して言えば変態だ。

好きな偉人はジェロラモ・カルダーノ。誰だ。


「あ、この本どう?文系っぽいやつなんだけど」


と、言って春雪は一冊の本を渡してきた。


《羅生門》

かの有名な芥川龍之介の本で、教科書にもよく乗っているので読んだことがある人も多いだろう。現代人には少しばかり古臭く、漢字も難しいものが多いので読み辛さを感じる人もいるが、それでも十分楽しめる作品だ。下人の行方について考察を書いてみるのも悪くない。


「確かに、文系っぽい…のか?」


「というか、数学の本以外はそれしか無いし」


「まあ、それなら仕方ないか」


下手に初見の文章を読むよりはよっぽどマシだ。


「じゃあ、僕はこの問題集やっとくね」


そう言って、春雪は全教科の問題が1冊にまとめられた、所謂、夏休みの友的な問題集を手に取った。


「お、おう。あんがと」


勉強系の課題はこいつが7割くらいを占めているので、正直、こいつをやってくれるのなら課題はほとんど終わったと言っても過言ではない。

やはりこの男、仏である。前世は仏像か坊さんだったに違いない。



「じゃあ、海人はそれ終わったら自由研究ね。お互い日付が変わるまでに終わらせるってことで」


「りょ」


こうして、俺は読書感想文、春雪は問題集に取り掛かった。





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