ウォルトン・グランジ

頑子

ウォルトン・グランジ

大阪は豊中市、服部という地域で育った。

4階建てマンションの屋上にあがると、

だいたいは旅客機が西へと機首を下げていくのが視界に入り、目で追うと西の端には赤白しましまのたーっかい煙突。

その奥、さいはてに霞む六甲の山々。

時計回りに六甲山塊が終わり、

北西に座る五月山からは北摂の山々。

六甲山塊の東の終わりあたりには、

昼間には目立たなくとも夜になると周りより控えめな灯りながらその規則正しい様でかえって目立つ地域がある。


「おかあさん。あそこなんてとこ?」

「ああ、ひばりがおかやな」

「ひばりがおか?きれいやなあ」

「うん。きれいやな。あんたもあんなところに住めるようなおとなになりや」

無理であった。


30年程経った僕は静岡県御殿場市にいた。

隣の裾野市にある蘭園に休日の度に入り浸り(結局従業員になる)蘭栽培に明け暮れていた。


ある年の梅雨明けすぐ

1年で一番暑い日々が続く中、

隙間だらけの黄色の大輪が

周囲を圧倒していた。


「この子なんすか?」

「ああ。ウォルトン・グランジだね」


不躾な僕に対して師匠はあくまで丁寧だ。


「テネブロッサ(本来は濃い赤銅色の花です)

ですよね?」「そだよ。珍しい色でしょ」

「1893年、大英帝国時代の入賞花だよ。1900年代初頭程におそらくは大山崎山荘に入ってて戦前には◯和農園に来てる。

うちのはその分け株」


雲雀丘に在る◯和農園。

そこに戦前から居た個体。

終戦間際に焼けた大阪。

戦後の発展に伴い大阪に集まってくる人々。その中には僕の両親ももちろん居て

兄、僕が生まれ……

そんな人々の営みを大阪平野の北の果てからずっと見守ってきた個体。

北の夜景を臨む僕の方を向いてくれていたかもしれない。そんな個体。


すぐに分け株のお願いをした

価格は聞かなかった

聞けば負けな気がして。


サイコロの出目にしたがい、今の僕は長野。

L.tenebrosa Walton Grange

(レリア・テネブロッサ 個体名ウォルトン・グランジ)

盛夏の度に威張る彼に昔話を聞きたいけど

案外彼は温室の外のこと知らんやろな笑

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ウォルトン・グランジ 頑子 @RX-76Ganko

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