いじめられっ子勇者が行く

violet

心の刃は僕にもあるはずだ

 父さんと母さんが、国の王になっていた。


 謁見の間にて、二人は玉座に鎮座していた。王冠を頭にかぶり、赤と白のマントを身にまとい、僕を見下す。


「ほら、さっさと魔王を倒しに行きなさい」


 母さんはまるで朝食を急かすかのように言った。


「僕一人でですか」


 すると父さんは、ため息を一つして口を開く。


「だってお前、友達いないじゃないか」


 父さんと母さんはやれやれと首を振った。確かに僕には友達なんていなかった。いじめられていた僕に味方なんていなかった。


「ほら。そこに手頃なのがいるじゃない。そいつを連れて行きなさい」


 母さんは、いつの間にか僕の隣にいた者を顎で指した。彼は田中君。僕と一緒にいじめられている男子だ。彼とは友達じゃない。田中君がいじめられている時は僕は無事だし、僕がいじめられている時は田中君が無事だ。つまりはそういう関係である。


「ほら、遅刻するわよ」


 何にだ。とりあえず僕と田中君は城を出て、渋々と魔王を討伐しに向かった。





「おい、佐藤」


 草原を歩いていると、魔王が現れた。西條君だ。


 城を出て数分のことだ。いくらなんでも、ラスボスに遭遇するのが早すぎる。僕の装備なんて、ひのきの棒とお鍋の蓋だけだぞ。


「あ、ああ」


 僕は威圧感で身動きが取れなかった。その間に魔王はじりじりと距離を詰めていく。


 このままじゃまずい。そうだ、田中君は……。


 僕は後ろにいるはずの田中君を見た。田中君はいない。僕をスケープゴートに、逃げ出していたのだ。


「うらぁ!」


 魔王の右フック。レベル1の僕にクリティカルヒット。僕は死んだ。





「勇者よ。死んでしまうとは情けない」


 父さんが言う。


「まったくよ。母さんはもう情けなくって」


 と母さん。


 勇者に対してこんな辛辣な王がいるものだろうか。


 いや、この人たちはずっとこんな感じだった。僕が辛いと言っても何故か僕が悪いことになって、そして僕に対する説教が始まるのだ。


 僕はその説教が始まる前に、城を出た。





 港町に着いた。もう夜だ。しかし町は明るくて人が賑わっていた。


 僕と田中君は酒場で一杯することにした。僕たちは高校生だが、この世界では関係ない。


 酒場の二人席用のテーブルについた。ここの酒場は少し大きい。奥の方はステージになっていて、ちょっとしたショーを定期的にやっていた。


 ちょうどそのショーの時間らしくて、部屋の照明が暗くなり、ステージの照明は明るくなった。ギターの軽快なメロディーが流れると、細かく刻んだステップを踏みながら踊り子たちが登場した。


 ステージ中央にいる二人の踊り子に、僕は見覚えがあった。高橋さんと飯島さんだ。学校内でのマドンナと言われる二人。僕は高橋さんのことが好きだった。一方で田中君は飯島さんのことが好きだ。本人は隠しているつもりなのだろうが、気持ちが悪いほど彼女を見ているのだ。ばればれである。


 その二人の踊り子が、踊りながらステージに降りて、徐々にこちらへ近づいてくる。やがて目前にまでくると、飯島さんは田中君の手をそっと握った。飯島さんに引っ張られて田中君は酒場の奥の方へ連れて行かれてしまう。


「ほら、佐藤君も」


 そう言って高橋さんは同じように僕の手をそっと握った。僕はその瞬間、生まれて初めて女子高生の手を握った。感触は暖かくて、すべすべで、とてもドキドキした。


 学校内のマドンナに手を引かれるという夢のような体験に、僕は何も考えられなくなった。彼女に引っ張られるままに、僕は酒場の奥の個室に入った。


 その個室にはベッドと棚が一つ設置されているだけだった。僕と高橋さんはベッドに腰掛けると、高橋さんの方から身を寄せてきた。


「勇者様。ああ、勇者様。勇者様にお会いできるなんて、なんて素敵な日なのでしょう」


 そう言って彼女は、さらに身を寄せてきた。彼女の露出した肩や二の腕が当たる。柔らかい感触が伝わってくる。


「勇者様、もしよろしければ……その」


 頬を紅くし、うるうるとした瞳で僕を見つめてくる。彼女が何を期待しているのか、僕だってそのくらい分かった。


 彼女は目を細めて、唇を向けた。僕はそれに応えるのだ。


 どん。


 隣の部屋から、そんな音が響いた。たしか隣は田中君が入っていたはずだ。


 僕はもう少しでキスしそうな程に近い、高橋さんの顔を見た。可愛い。さすがマドンナだ。もしかしたらテレビによく出るアイドルとかよりも可愛いかもしれない。そんな人が、僕に好意があるという。


「はは、そんなまさか」


 スクールカースト最底辺の僕や田中君が、最上位のマドンナに好意を寄せられるなんて、ありえない。僕は装備していた鉄の剣を抜くと、彼女を斬りつけた。


「ぎゃあああ!」


 およそ人ではない断末魔を上げて、高橋さんは消えていった。僕は田中君の身を案じて、すぐに隣の部屋のドアを開けた。


 そこには、抱き合ってキスをしている二人がいた。それだけなら良かったのだが、飯島さんは田中君の背中に手を回して、その禍々しいナイフを突き刺していた。


「田中君!」


 僕が叫ぶと、田中君はぼわんと煙が出たと思えば、棺桶の姿に変わっていった。死んでしまったのだ。


「あはは! ばーかばーか! 私があんたを好きになるわけないじゃん。ブサイクで勉強もできない、スポーツもできない、コミュ力も低い人を、どうやって好きになれって言うのよ!」


 がしがしと棺桶を蹴る飯島さん。そんな彼女の姿はいつの間にか変わっていた。肌は青く、黒い耳とコウモリのような羽、そして尻尾が生えていた。おそらく、サキュバスだろう。


「なのにあんたたちは、努力もしないで言い訳ばかり。挙句の果てにお互いを身代わりにし合う。見苦しいったらありゃしない」


 飯島さんのその言葉は、僕の心を大きく揺るがした。確かにその通りかも知れない。アニメや漫画の主人公にも、僕らのような奴はいた。けれどそんな主人公達でも友達は確かにいて、それは少しでもその主人公に良いところがあったからだと思う。


 僕に良いところなんてない。それは散々生きていて実感したことだ。でも、僕はそれを見過ごしてきた。良いところを一つでも増やす努力を、僕はしなかった。


 僕は剣を構える。


「君を斬ったら、何か変われるかな」

「さあ、知らないわよ」

「だよね」


 僕は飯島さんを斬った。





「おい佐藤、田中。なんでお前らが俺の前に立っているんだよ」


 禍々しい玉座に鎮座する西條君が言った。魔王城の謁見の間は薄暗くて不気味だ。


「ぶん殴るぞ。痛いのは嫌だよなあ。じゃあ、言うことを聞け」


 そうだ。これは彼の脅し文句。僕たちはこの脅し文句によって散々好き勝手されてきた。


「は、はい」


 田中君が脅しに屈する。するとその瞬間、西條君は田中君の首を掴み上げて、思い切り締め上げる。


「今日の生贄は田中だ。よかったな、佐藤」


 あまりに苦しそうに呻く田中君を見て、僕は恐怖のあまり動けなくなる。


「そうそう、良い子だな佐藤。そうやって何もしないで見ていろよ」


 そうだ。僕らはいつもこうだった。やられているのを、ただ黙って見ているだけ。でも仕方がない。何かをすれば、標的は僕に変わる。そんなのは嫌だ。


 でも、じゃあ僕らは何故ここまで来たのだろう。ただ魔王に、西條君にいじめられに来たのだろうか。それでは、いつもと同じじゃないか。この先も何も変わらない。変わる努力をしないまま、僕たちは高校生活をひたすら耐え忍ぶのだ。


「そんなのって嫌だ」


 僕は剣を抜く。心の刃は、僕にもあるはずだ。


 じろりと、こちらを睨む西條君。


「なんだ、佐藤。じっとしていろよ」

「田中君を、離せ」

「ああん?」

「離せって言ったんだ!」


 僕はありったけの勇気を振り絞って駆け出す。


「へえ、お前ら友だちになったんだ。じゃあお前らの友情、試してやるよ」


 すると場面が突然切り替わる。魔王城の内部だったのに、急に反り立つ崖の上に切り替わったのだ。そして西條君は、田中君をあろうことかその崖に放り投げた。


「ほら、田中死んじゃうぞ」


 助けなきゃ。いや、助けるべきなのか。だって僕と田中君は友達じゃない。今日までお互いを身代わりにしてやり過ごしてきた仲だ。僕がいじめられている時は、田中君をたいそう恨んだ。なんで僕がお前のために。お前がいじめられたら良かったのに、なんて思うこともあった。


 でも、そうだ。変わるんだ。まずは、僕の心から変えなくちゃ。


「田中君!」


 僕は田中君の手をなんとか掴んだ。しかし勢い余って僕の身体も崖から落ちそうになる。寸前のところで僕は左手で崖際を掴んでいた。


「へえ。意外だな。どうせ見捨てると思ったのに」


 崖上から見下ろす西條君。駄目だ。敗北だ。この状態では何もすることが出来ない。


「でもまあ、終わりだ。お前らはいつも通り俺に逆らえない日々を送る。糞みたいな高校生活を、エンジョイしてろ」


 両手が塞がっている僕に為す術はない。僕は田中君を見る。


 そうか。田中君は片手が空いているのか。


 僕が、田中君に助けを求める。そんなこと、出来るのか。僕たちはお互いを蹴落とす仲だった。でも、そうだ。僕は、彼を助けたいと思ったから助けたんだ。もう僕の中で、彼の存在は変わっているのだ。


「田中君!」


 僕は叫んだ。どんな都合が働いたのか、田中君は一瞬で僕の意図を読み取り、空いた片手でナイフを取り出すとそれを素早く西條君に投げつけた。するとナイフは西條君の額を貫いた。


「なあ、くそお! お前らが協力するなんて」


 そして魔王は消えて、世界に平和が戻った。





 僕は病室で目覚めた。そうだ、僕は自殺を図ったんだ。


「あれ、母さん。父さん。王冠はどうしたの」

「何を馬鹿言っているんだい。まったくもう」


 母さんは涙目で言った。そんな母さんを、父さんはよしよしと頭を撫でる。


 はは、と僕は笑う。なんだか気分が清々しい。あれは夢で、僕はまだ西條君にいじめられたままだ。


 でも何故だろう。そんな現実、今では簡単に吹き飛ばせそうな気がするのだ。

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