「私の目覚めはいつだって?」
草詩
いつものこと。
睡眠、それは人生の中でおよそ三分の一をも占める重要な要素。中にはショートスリーパーな人も居ますけれど、割合だけでなく人間の三大欲求にも数えられるのですから。
「大事じゃないはずありません!」
私が気合を入れて思わずそう叫ぶと、足元からニャァと少し濁った声がした。ふと見れば、なんとも言えない眉根を寄せたような顔で、鋭い眼光を飛ばす我が家の愛猫クーがこちらを見上げている。
「どしたのクーちゃん」
「ニギャァ」
濁点だらけの声を上げる我が家の猫はとっても可愛い。クーちゃんたら、お腹が空いたのかしら。けれども、まだお夕飯にはちょっと早い。
「ちょっと待っててねクーちゃん。お仕事やっつけたらね」
「ミギャァ」
仕事疲れの合間にクーちゃんに癒してもらおうと手を伸ばしたところで、サッと避けられた。そのままクーちゃんは何事もなかったかのように去って行く。具体的には開きっぱなしのドアから廊下へと出て行った。
ちょっと寂しいけれど仕方がない。切り替えて睡眠に関する記事を書き上げてしまおう。何処まで書いたっけ。
なになに。鼠の実験では睡眠を遮断した場合1~2週間で死亡してしまうと。これは食物を与えなかった場合よりも短いと。
先ほど三分の一と書きましたが、乳幼児は日に16時間も眠っています。ところが高齢者となると浅い眠りが多くなり、眠る能力も衰えていってしまいます。なので、若いうちから睡眠の質を高め、身体を整える力を存分に活用していきましょう。
「うん。導入はこんな感じかな」
快眠方法、調べてみたら思ったよりある。生活リズムを整えるだとか、目覚めに日の光を浴びるだとかご飯を食べるだとか。ツボなんてものもあるみたい。
ええっと、スッと入眠できるツボ。両手首の近くにあり、自律神経のバランスを整える効果有。手首を曲げた時に出て来る横ジワから肘に向かって親指2本移動したところにあるくぼみを親指で優しく刺激すると良い、と。
こういうのは文章説明だけの記事だと難しそうだ。詳しく説明すると読みにくい記事になっちゃうし、イラストがつけられれば良いけどコンセプトと外れるかな。頭に鎖骨の上と、結構種類もあるみたい。
寝る前のマッサージ。冷え性などで身体が冷えやすい人に向いている感じかな。私もそうだけれど。
日本酒は他のお酒より血管拡張する成分が多くておすすめ、ねぇ。酒は百薬の長というけれど、こんなところにも効果が。
「うわ、食事関係も情報量多いなぁ。ビタミンだとかグリシンだとか、まとめきれないよぉ」
「ニャァ」
「おわ、クーちゃん!?」
開け放たれたドアからこちらを覗き込むクーちゃんがなんとも難しい顔をしている。え、なにそれ。箱に向かって独り言を言う可哀想なものを見るような眼はやめて?
「ってよく見たら結構時間経ってた!? ごめんごめん今準備するね」
「ミャ!」
ささっとクーちゃんの食事を用意し、自分も軽く健康食のパサパサとした棒状クッキーのような何かを食べる。
直前に食事の質が云々の資料を見ていただけに何だか侘しい。あんな記事を書いている場合ではないのでは?
「これはまずいわねクーちゃん。まずは自分で実践した方が良いのかしら」
「ニギャ?」
自分で検証するほどの御賃金ある記事ではないけれど。それはそれとして、自分の生活を振り返るべきなのかもしれない。そうと決まれば即実行だ。
まずは睡眠前にモニターを見るのをやめよう。つまりもう今日は仕事おしまい。やった。別に自分がサボりたいからじゃない。これは実践のためだから仕方がないのだ。
そして今日は湯舟に浸かろう。いつもは面倒くさがってシャワーで済ませちゃうけれど、冷え性気味なので温めてマッサージ。
あと、何やら睡眠の質には深部体温という内臓の体温が関わって来るそうなのでそこを参考にしよう。寝具は冷やし気味が良いらしい。
何だか急にやる気が出てきた。寝ることにやる気が出るタイプなのかもしれない。よし、やるぞ。
「って気合を入れたんだけど、なぁ。ふぁぁ」
もう朝である。昨日あれから湯船でマッサージをしたり、ツボを押してみたり、慣れないことをし過ぎたせいだろうか。目覚めの身体が、重い。
「こ、これは。揉み疲れ、という奴では……」
そもそも最近生活リズムが崩れており、昨日の記事作成も徹夜気味だったのもあってか、快眠云々言っている余裕なく瞬時に眠りに落ちて気付けば朝だった。色々酷い。快眠以前に睡眠の質についてとやかく言える立場にないのかもしれない。
「私はもうダメかもしらん」
「ニギャ!」
ふとんの中で唸っていると、クーちゃんが頭突きをかましてきた。なんだなんだ。ついに愛猫にまで攻撃されるようになったか。
「ニュアァァ~ン」
「そ、その声は!?」
どうしたことだろうか。相変わらず濁点まみれの声なのに、今日のクーちゃんは喉を鳴らしている。ごろごろ。ごろごろごろ。
それどころか頭をぐりぐりと押し付けて来て、布団から上半身を起こしただけの私の周囲に身体をこすりつけるようにぐるぐるしている。
「どうしたのどうしたのクーちゃん! 今日は甘えん坊さんだね!」
「ミギャァ」
私がちょっと嬉しさを隠しきれずに手を出してみれば、なんとお腹をこちらに向けてごろんごろん。撫でろと。撫でろとご所望ですか! こいつめ~。
そういえば猫ちゃんのゴロゴロ音は骨を治す周波数だとか聞いたことがある。もしかして弱っている私を治そうとしてくれたのだろうか。こいつめ。
私は思う存分クーちゃんのお腹や背中、喉のまわりや頭を撫でまわし大満足。クーちゃんも満足したのか落ち着いたのか。しんみりと私の隣に座って目を細めている。はぁ~、クーちゃん最高。
「よっし、何か目も覚めたし朝ごはんにしよっか。今日はパンケーキでも焼いちゃう?」
「ミギャ!」
「よしよし。クーちゃんにもとっておきを出しちゃおう」
私は笑顔になって起き上がり、軽い足取りで台所へと向かう。クーちゃんもご機嫌が伝わったのか、私にぴったりついている。何だか一心同体みたいでちょっと嬉しい。
なんかこう、朝いちばんに良いことがあると、その日一日良い感じになりそうな気がする。今日は天気も良いみたいだし、日光ぽかぽか快適に過ごせそう。
「って、あれ?」
ええっと、快眠のためにはあと何をやるんだっけか。日光を浴びる、はなんか勝手に終わってたし、朝ご飯はこれから食べるし。
「ニャ!」
「あ、ごめんクーちゃん。今いくね」
ちょっと今思い出せないけど、そんなことよりクーちゃんのご飯を用意しよう。とりあえずどれが効果的だったのかわからないけれど、良い感じに実践出来たみたい?
まぁ、今日も一日頑張ろうっと。
「私の目覚めはいつだって?」 草詩 @sousinagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます