落語:さいこうの目覚め

にのまえ あきら

それは閉店間際の居酒屋にて


「お客さん、もうその辺にしといたらどうだ。そろそろうちも閉めなきゃなんだが」


 いやぁ、大将ほんとすみません! こいつほんと酒癖悪くて! ったくおい、お前もなんとか言えよ!


「いやぁ、お前と飲む酒は美味いなぁ!」


 ダメだ、会話になりゃしねぇ。


「お客さん、その兄さん担いで出られるか?」


 はい! いっつもやってるんで大丈夫です!


「そ、そうか。あんたも苦労してるんだな……。まぁ、そういうことならもう少し落ち着くまでいるといい。幸い明日は休みだ」


 ほんっとにかたじけないです! ありがとうございます! おい、お前もお礼言えって!


「そんなことより! お前なんか面白い話してくれよ!」


 そんなことよりって……。何だよ、めずらしくお前から飲みに誘ってきたと思ったら自分は飲むばっかりで俺には無茶振りしてきやがって。


「疲れてんだよ、許してくれ」


 疲れてんだよって……。最近ちゃんと寝てんのか? 睡眠は何よりも大事だぜ? お前が一番わかってんだろ?


「うるせぇ。お前、落語家の端くれなんだろ。ここはひとつ、社会の歯車として日々を生き抜いている俺に有益な話をしてくれよ」


「へぇ、お客さん落語家なのか。ぜひ俺にも聞かせてくれ」


 え、えぇ大将まで……。有益な話ったってなぁ、パッと思いつくもんじゃねぇんだぞ。


「こいつすごいんすよ! 落語家モードになると人が変わるんだ!」


 お前はまた勝手なことを……。あ、あった。


「お、なんだなんだ。あるのかよ、有益な話」


 ……おう、ひとつあったぜ。『最高』なヤツがよ。


「そいつは気になるな」


「落語家モード入ったねぇ! 聞かせてくれ!」


 わかった、わかったからその酒臭い口を近づけんな!

 ったく、昔からがっつく癖は変わりゃしねぇ。ガキみたいに目ぇ光らせやがって。まぁいい。話してやる。話してやるから絶対に途中で寝たりするんじゃねぇぞ。


「寝ねぇよ。いいから早くしてくれ」


 大将も耳かっぽじってよく聞いてくれよ?


「おう。んで、お題はなんていうんだ?」


 ――――題して『さいこうの目覚め』だ。



 ◇ ◇ ◇



 これは俺のダチの話なんだがな、一度寝たら誰が起こそうと何が起ころうと、七時間経つまでは絶対に目覚めないっていう、のび太くんもビックリなが強すぎるヤツがいたんだ。


 そいつの母親は自分の息子が病気なんじゃないか、なんて心配したらしいが、それ以外は健康そのものでな。やんちゃ坊主として時には叱られながらも順調に育ったらしい。


 だが、問題はそいつが高校一年生の冬の時に起こった。

 そいつが朝に目覚められなくなったんだ。正確には登校時間の八時半までに、だな。


 これじゃあ遅刻も遅刻で進級できない。しかも病気じゃないから特例措置も設けられねぇって言われちまって、あんときは他人事ながらちょっとばかし焦ったもんだ。


 すごいもんだぜ。音楽室からくすねてきたトランペット吹き回そうが、そいつが部屋に隠してたエロビデオの音声垂れ流しにしようが絶対に目覚めなかった。


 学校の先生がたも親御さんも、あれには手を焼いてたよなぁ。あわや進級できないんじゃねぇかって話にまでなっちまって。しまいにゃそいつのおふくろさん泣き崩れちまってな。


 まぁ、バカ息子が奇跡を起こして入ってくれた進学校だ。期待する気持ちも良くわかる。だからって訳でもないが、俺が取り入った。まったくガラじゃなかったがな。


 ケツから言えば俺が取り成したおかげで事なきを得た。

 なんでかって? そりゃ俺が優秀だったからさ。


 いっくら学校の汚点とまで言われた問題児でも、幼なじみの学年一位サマである俺にかばわれたら先生がたは何も言えねぇ。


 色々話し合って、そいつが目覚めて登校するまで俺がつきっきりって約束で、三限目からの登校になったんだよなぁ。


 『お前がこいつの分まで勉強を見るんだぞ』なんて負け惜しみでおどされたが、そんなん屁でもない。タチの悪いことにそいつ、地頭は良かったから進級については問題なかったし、そもそも大学いかずに地方へ遠征するつもりだったから俺が勉強を見る必要なんざ微塵もなかった。


 つってもまぁ、タダでさえ問題起こしまくってた素行不良児だ。そいつが学校で浮いた存在になってたのは確かだぁな。

 俺も他の奴らに何度心配されたか覚えちゃいねぇ。

『あんなヤツ見捨てちゃえばいいのに』だってよ。

 今でも思い出すだけで笑えてくるぜ。俺のためにやってくれてるヤツを俺がどうして見捨てるってんだ。


 だってそうだろう? そいつが朝に目覚めなくなった理由が、だったんだぜ?

 

 一体どういうことだって?

 まぁ話を聞いてくれ。

 学年一位を取るくらい優秀な俺だったが、本来まったくガラじゃねぇんだ。

 俺ぁ、そこそこ勉強して、そこそこ遊んで、そこそこ楽しい学生生活送って、そこそこいい大学行って、そこそこいい会社入って、そこそこいい嫁さん捕まえて、総合的に見たら最高な人生送るつもりだったんだ。

 進学校に行ったのだって親がうるさかったから仕方なくだ。

 けど、俺の人生は高校一年の夏に狂っちまった。

 

 夏休みに突然、そいつが寄席を見に行こうだなんて言い出してな。

 俺はまったく興味なかったが、夏休みの課題を速攻で終わらせて死ぬほど暇だったから、仕方なくついて行ったんだ。


 そしたら……これが、ハマっちまってな。


 いや言葉なんざ何一つわからないのよ。

 けどな、落語家の何がすげぇって、空気感だけで笑わせちまうんだ。

 心の底から楽しいと思って話しやがるからこっちまで楽しくなってくる。ふとした仕草や表情でもう面白い。そうしてノッてくると、なんでか話の流れがわかるようになってやがる。そうなったら後はもう、よく覚えてねぇな!

 ただただ腹抱えて笑ってた。となりのそいつもゲラゲラ笑っててなぁ、俺もいつかこいつから一本とってみてぇなんて、心の底から思っちまった。


 けど、そっからが地獄の始まりだった。

 親に話したらもう大激怒。激おこぷんぷん丸ってヤツだね。

 辞書やら椅子やら色んなもんが飛んできたが俺は本気だと言い張った。

 ついには冷蔵庫をぶん投げようとしたクソ親父も腰を痛めて、そこで妥協してな。

『次の試験から学年一位を取り続けて、三年の最後まで継続できたなら許してやる』なんてクソみたいな条件出してきやがった。


 で、どうしたって? 当然とったさ。死に物ぐるいで勉強して一位ぶんどった時は天にも昇る気持ちだった。

 けど、ガラじゃねぇヤツがそんなことしたっていつかガタがくる。

 だから俺はその年の冬にぶっ倒れた。

 目が覚めたら知らない天井だった、なんて体験本当にするとは夢にも思わなかったね。ありゃ最悪の目覚めだった。

 そいで、そいつが真っ先に俺のとこにきてくれてな。

 そいつもそいつで激おこぷんぷん丸だったよ。

 

『なんでそんな無理して勉強やってんだ! お前のことだ何かあるんだろう、理由ワケを話せ!』ってな。


 ここまで話したらもうわかるだろう。

 ワル知恵が働くそいつは俺の睡眠不足を解消させるために、自分の体質を利用したんだ。

 三限からの登校だから、俺も二時間くらい余分に寝られるようになったんだな。

 当時はよくもまぁそんなこと思いつくもんだと呆れたね。けど、ありがたかった。正直二時間くらいじゃそこまで眠気は取れないんだが、そいつの気持ちだけで俺は戦い続けられた。

 だからそいつの協力もあって、俺は一年の秋から学年一位を取り続けて、無事に卒業した。

 うん? 辛かったかって? 辛かったが、最高の日々だった。なんせ――――


 って、お前寝てんじゃねえか!



 ◇ ◇ ◇



「ぐぅ……ぐぅ……」


「見事な寝入り方だな」


 ったく、幸せそうな顔しやがって……。一回寝たら目覚めないのはいまだに治りゃしねぇ。


「そいつは苦労しそうだな」


 ……ってもまぁ、起業の方は大成功らしいですけどね。本社を東京に持ってこれてる時点で大したもんですよ。


「落語家モード切れたな」


 やめてくださいよ。これでも気にしてるんですから。っと、それじゃあ俺はこいつを運ばなきゃいけないんで……。


「いや、彼が目覚めるまでここにいるといい。というかいてくれ」


 …………へ?


「もっとお客さんと幼なじみの話を聞かせて欲しくてな。幸い、明日は休みだ。お客さんさえ良ければ、ほかの話も聞かせてくれよ」


 ……そういうことなら仕方ないですね。何から話しましょうか。


「なんでもいい。そうだな、一番大変だった話から聞かせてくれ」


 一番大変だった話ってんなら、それはもう修学旅行ですね! なんせ一度寝たら意地でも目覚めないもんで――――



 ◇ ◇ ◇



「ほんとうに面白い話ばかりだった。ありがとう」


 いやいやこちらこそ! 話してて飽きないんで、楽しかったです! 外明るくなってるの今気づきましたよ!


「…………うん。んんんんんんっ!」


「ちょうど、お目覚めみたいだな」


 ですね。それじゃあそろそろ……。あ、代金を払ってなかったですね。


「いらねぇよ」

 

 ええええええええ!? なんで!?


「値千金の話をたんまり聞かせてもらったからな。次もつけとくから、また来てくれ」


 た、大将……! 

 ……それじゃあ代わりと言ってはなんだが、遅ればせながら一番最初の話のオチを。


「次来たときまでのお楽しみってか」


 いや、今にわかるさ。


「うん?」


「ううううううううっはぁ!」


 問題しかなかったそいつだけどな、数少ない良いところの一つに、目覚めが良いってのがあったんだ。


「へぇ、それが?」


 大将さっき、勉強漬けの生活は辛くなかったのかって俺に聞いたよな?


「ああ、聞いたな」


 確かに辛かったけど、俺は毎日が最高だったね。


「なんでだ?」


 へへっ。なんせそいつ、目覚め一番にパッチリおめめでこう言うんだよ。


「さあ、いこうっ!」

 

 ってな。



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落語:さいこうの目覚め にのまえ あきら @allforone012

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