永遠の三分間

温媹マユ

永遠の三分間

僕のクラスメイト、亜衣子はちょっと変わった性格の持ち主。性格というか、考え方なのかも知れない。

 得た知識を自分なりに解釈して、想像を膨らませる。その想像が厄介者だ。


 少し前に聞いた話。

 亜衣子とその友達でハンバーガーショップに行ったときのこと。みんなは普通にセットメニューを頼んでいた。

 亜衣子はというと、「チーズバーガーセット、チーズ抜きで」といったらしい。

 その瞬間、みんなはどんな目で亜衣子のことを見たのか、想像するだけでお腹がいっぱいだ。


 みんなが席に着いたとき、亜衣子は鞄のなかから、黒っぽいシート状の何かを取り出したらしい。

 友達が「それ何?」と聞くと、「チョコレート」と亜衣子。

 スライスチーズのチョコレート版といった商品だったらしい。

 それを普段チーズが挟んであるところにそれを挟んだ。

 チーズ抜きを頼んだ理由はチーズの代わりに何かを挟みたかっただけ。

 だったら普通のハンバーガーでいいのではと思うのだが、そこは亜衣子。

 「代わりのチーズみたいなものを挟むからこれでいいの」と自信満々で答えたという。

 この話を聞いたこの瞬間、僕は大爆笑だった。

 

 亜衣子はおいしそうに食べたと言うが、僕はごめんだ。

 多分一緒にいた友達もそうだと思う。


 一緒にいてちょっと楽しい、そんな亜衣子はいつもみんなに慕われていた。

 そして僕もちょっと気になっていた。


 つい先日のこと。学校に登校してくると、机の上に亜衣子からの置き手紙があった。

「放課後、屋上の上で待ってます」

 小さなメモ用紙にいっぱいに書かれた大きな文字。テープできっちりと固定されている。

 かなり恥ずかしい。

 僕が一番隅の席じゃなかったら、もう下校していたと思う。


 女子から呼び出されるなんてもしかして、と思いながらも相手は亜衣子だ。期待一割、不安九割だった。

 まず屋上の上ってどこ?

 でもなんとなくわかる。行けばすぐに見つけられるだろう。


 屋上にでる扉を開けると「おそーい」と頭上から聞こえた。

 あたり。

 屋上に出る扉のある、このちょっとしたところの上が、『屋上の上』。

 何本か配管があって、それを足場に上に上がった。

「あの三日月に私を乗せて」

 ニコニコしながら無茶を言う。


 快晴の空に小さく見える三日月。昼間の月はなんとなく神秘を感じる。

「三日月に乗せるのは無理だけど、三日月を乗せてあげる」

 僕は亜衣子にポーズをとらせ、スマホで写真を撮った。

「あ、手のひらに三日月がのってる」

 うまく撮れた。

 うれしそうに微笑む

「今度一緒に月に乗ろうね」

 どうやって月に乗ろうか、僕も想像を膨らませることが楽しかった。 


 でもそんな楽しいときも終わりを告げる。

 卒業式。

 みんなとは毎日会うのも今日で最後。亜衣子とも同じ。

 みんな近くに住んでいるので、大学が違ってもばったり会ったりすると思う。

 だから、寂しさはあまりない。

 でも欲を言えば、もう少し亜衣子のことを知りたかった。


『最後の三分間、わたしを止めて』

 登校すると、久しぶりの置き手紙。

 亜衣子はいつものように教室の席で友達と話をしている。

 卒業式にまでこんなことをするなんて。


 この手紙、なんとなくいつを指しているのか分かる。

 僕たちはいつも電車が一緒になる。

 僕が乗っている電車に、学校の一つ手前の駅から亜衣子は乗り込む。

 要はひと駅だけ一緒になるのだ。


 そして必ず僕が座っている前に立つ。

 亜衣子はいつも友達と一緒だから電車の中で会話をしたことは一度もない。

 でもこの時間は三分間。

 亜衣子のことだから、帰りの電車を指しているのだろう。

 止めての意味は分からないが、一緒に電車に乗れば分かるだろう。


 卒業式も無事に終わり、みんな写真を撮ったり、アルバムに寄せ書きをしたり。

 思い思いに時間を過ごしていた。

 もちろん僕も亜衣子も。


 ふと気がつくと教室から亜衣子がいなくなっていた。

 僕は急いで駅に向かう。

 走る。

 こんな日まで走るとは思わなかった。

 いつの間に教室を出たのだろう。

 一生懸命走っても追いつかない。

 

 踏切で止まる。動き出す電車が見える。

 でも行き過ぎる電車の後に、ホームに立つ亜衣子が見えた。

 僕が手を振ると、気付いてくれたようで小さく手を振り返してくれた。


 ホームに着くと、僕たちは並んで電車を待った。

 電車に乗り込むと、亜衣子は僕に座るよう勧めた。

 そして亜衣子は僕の前に立つ。

 いつもの光景、最後の光景。


「ねえ、知ってる? 時間が止められるってこと」

 映画とかタイムマシーンの話だろうか。

「光と同じ速度で動けば時間が止まるらしいよ」

 概ねあっていると思う。物理の時間で習ったこと。亜衣子は物理をとっていないから知らないと思っていたけど、本か何かで知ったのか。

「多分この電車のように見えるんだと思う。私たちからは、あそこに立っている人と時間の進み方が違うのだと思う。でもこの電車の中の人は同じ時間の進み方だね」

 なんだか亜衣子らしさが含まれている解釈だ。

「ということで、私たちはこの三分間は同じ時間を過ごしているの。でももしずっと一緒なら、時間が止まっているのと同じだね。ほら、止まって見えるでしょ?」

 なぜ? と僕が聞き返したかったが、亜衣子のこういう気持ちはそんな簡単なものじゃないと思った。


「ねえ覚えてる? 一緒に月に乗ろうねって言った話」

 もちろん覚えてる。

「月に乗れるのは近い将来かも知れないし、遠い将来かも知れない。もしかすると生きている内は無理かな。でも時間が止まったら行けるでしょ?」

 おかしかった。面白かった。

「じゃ、僕たち二人の時間を止めよう」

 亜衣子は頷く。

 僕たちの最後の三分間は、いまここで永遠になった。

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