もしも通信

佐藤踵

もしも通信


「わっ!」

 ほら、絶対にやると思った。戻ってきたと思ったら、呼び出しベルを私の耳に当ててケラケラと笑う。

 フードコートの丁度真ん中あたりのテーブルで対面に座るユキ。傾いた制服のリボンと屈託の無い笑顔。二年半一緒にいるが、最初から何も変わらない。

「鳴ったら耳が終わる」

 そう言いつつも右耳に押し当てられた呼び出しベルを取り上げないのが、ユキと友達で居続ける理由である。居心地がよく、一番自分らしく振る舞える。自信がなくて言えないが、勝手に親友だと思っていてる。

「大丈夫! 三分くらい掛かる」

 立てた親指でクイっと示す先、マクドゥはロープの先まで家族連れや学生らしき人達が並んでいて、レジが一つなので忙しない様子だ。

「五分くらい掛かりそうだけど……」

「まぁ、日曜だからねぇ。……でも大丈夫! ここのマクドゥは仕事早いしさ」

 得意げに笑う。まぁ確かに、いつも私のお好み焼きの方が呼ばれるのが遅い。


 そろそろ前傾姿勢と腕が辛そうなので、呼び出しベルを取り上げて真ん中に置く。

 テーブルにポツンと置かれたそれを見て、ふと気付く。

「……私達、勉強なんて全然しないね」

 受験勉強と銘打って、息苦しい家を飛び出してきた。しかしショッピングモールを徘徊し、ペットショップで冷やかし、フードコートで夕飯を食べようとしているのだ。勉強のべの字もない。

 ユキなんて勉強どころか、携帯電話をいじり始めた。私はまだ罪の意識があるが、彼女は勉強するつもりなんて毛頭なかったのだろう。だから万年赤点なんだ。


「そうだ、見てこれ」

「なに?」

 態とらしく肩を竦める。

「マミだよ……マミ。また変なのを発信してる」

 面白くなさそうに唇を尖らせながら、携帯の画面を私に差し出す。

 あぁ、なるほど。

 マミのツウィッターにはURLが投稿されている。有難いコメント付きだ。

「単純な質問だけど、悩んじゃう! 流行りそう! みんなもやってみて! ……とのこと」

「うわぁ、またそんなの見つけてきたたんだ。好きだね……」

「マミは典型的な女子だからなぁ」

 ユキの表現がしっくり来る。占いやら、心理テストやら、マミは片っ端から手を付ける。本格的なものというよりは、苗字と名前の間のスペースの有無で診断結果が変わってしまうような、携帯で出来るチープなものが好みらしい。私達も話のネタくらいにはするが、マミは結果を本気で信じて、焦ったり怒ったり……毎日忙しそうだ。


 典型的でない私達にとって、そんな当たらない心理テストなんてどうでも良い。どうでも良いのだが、

「やっとかないとまたマミに言われるよ」

 ユキは短い髪の襟足を両手で掴み、手からは毛先だけがちょんと出る。二つ結びのマミの真似だろう。

「えーっ! 二人ともホント疎いんだからーっ! ……ってさ」

 一オクターブくらい高い声色と、間延びした語尾。そして目を見開いたびっくり顔。とても似ているが、学校でしないのは少々誇張が過ぎるからだ。

 びっくり顔のまま、ピタリと静止するユキに堪らず吹き出す。

「……その顔、やめてって! 明日会ったら笑っちゃう!」

 ユキもつられて笑う。

「え! やめろよ、想像しちゃった! あはは!」

 ユキはローファーで床を鳴らしながら、早速うっすらと涙を浮かべている。一度ツボに入るとマズい。明日笑ってしまったらマミの機嫌を損ねて更に面倒くさいことになる。

 同じ経験をしてきたユキが、涙を拭いながら言う。

「あー……マミに悪いことしちゃったなぁ。誠意を見せるためにやんなよ、心理テスト」

 意外と面白かったよ、と付け足す。

「え? ユキはやったの?」

「うん。昨日寝る前に」

 ちゃっかり抜け駆けされた。

「なら私も、誠意を見せるためにやるか」

 ユキも私も誠意なんてのは建前で、なるべく面倒なことに巻き込まれたくないのだ。受験期でピリついたクラスメイトも多い。心中穏やかな学校生活を送るためには〝巻き込まれる前に、自ら長い物に巻かれる〟技量も必要であると悟っている。


 ユキがURLをタップして、小さな画面を二人で覗き見る。

「もしも通信……」

 このご時世に、一瞬でページが開ける。それもそのはず、まるで町内会のお知らせのようなフォントで書かれた〝もしも通信〟の見出し。下には〝〜if〜〟と書かれており、このチープさがまた絶妙にマミらしい。

「何これ。すごいね」

 説明はただひとつだけ。

「……質問はランダムで変わります」

「ほんとだ! あたしの時と違う質問だ!」

 ユキがそう言ったあと、んーと唸って悩み出す。


 Q もしも、鬱陶しいことを言われたらどうする?


 簡潔なページはスクロールせずとも、見出しの下にすでに質問が書かれていた。

 突如飛び込んできたその質問に、柄にもなく二人で頭を悩ませる。

「……さぁ、どうする?」

 ユキが尋ねる。

「んー……悩む」

 思い返してみる。

 今まで生きてきて、もちろん鬱陶しいと思う人とも出会ってきた。しかし波風を立てずに生きてこられたのは、そういう人なんだと理解し、適度な距離感を保ってきたからだろう。

 距離感を保っていても、関わらなきゃならない時だってある。というか、私の思う鬱陶しいの定義に距離感の相違が入っている。距離感を保てずにズカズカを踏み込んでくるようなことを言われたら……

「リアクションせずに、相槌を打つ……かな」

 答えを絞り出したところで、ユキがうんうんと頷く。

「あたしもそう! わかるわぁ」

「でしょ? リアクションで喜んでると勘違いされちゃうからね」

 そのままユキの携帯を借りて、フォームに回答を入力する。この手の心理テストで選択肢が無いのが珍しく、さらに回答に信憑性が無くて面白い。

「……相槌を打つ、っと! よし、送信!」

 回答ボタンを押し、画面を注視する。先ほどのようにすぐページが切り替わった。

 が、意外な答えに拍子抜けする。

「回答、ありがとうございました……?」

 思わず下にスクロールしてみるものの、画面は全く動かない。

「え? これでお終い?」

 ユキに尋ねると、ニヤニヤと笑う。拍子抜けした私の顔が面白いのだろう。

「そ、これでお終い。あたしも驚いたよぉ」

 何か結果が出ると思っていたもんだから、多少のガッカリ感は否めない。でも結果が出たにしたって、こんな心理テストなんて当たるわけない! と馬鹿にしていただろう。

「ユキは、何て質問だったの?」

「あたしはね、あと三分で世界が終わるなら、最後はどう過ごす? だったよ」

 なんだか質問の規模が大きい。

「結果は同じ?」

「うん。回答、ありがとうございました。ってさ」


 何とも腑に落ちない結果だが、本題を忘れてはいけない。

「マミにコメントしなきゃ」

 鞄の外ポケットから携帯を取り出す。明日感想を求められるのも嫌だから、先にコメントしておこう。そうすれば満足してくれるだろう……そう考えた。

「頭良いね。あたしも先にコメントしとこっと」

「ユキと一緒にやった、って書いとくよ」

「サンキュ! なんて感想書くの?」

 こういう時の当たり障りない台詞は心得ている。

『なんだか意外だった。でも面白かったよー』

「うわ、棒読み!」

「文章じゃ、棒読みかどうかわかりゃしないから大丈夫」

 だから文章が良いのだ。

 送信。我ながら完璧である。


 ひと段落して、ユキが私の携帯を人差し指で叩きニヤリと笑う。

「……返信、何分以内に来ると思う?」

 思い出す。いつ何時も携帯を肌身離さず持っていて、マミの姿を想像すると、自然と右手に携帯が付随している。

 そんなマミは、返信が異様に早い。示し合わせたようにほぼ同時に返信が来ることだってあるのだ。

 だが今は日曜の夕方。家族団欒をしているかもしれないし、本来は受験勉強だってしないとマズいのだ。そういう面を考慮すると……

「早速きた!!」

 点灯した通知画面を見てユキは歓喜する。安定の速さ、というか異常な速さだ。

 見えるようにテーブルに置いたまま通知を開く。目に飛び込んできた文字の多さに驚いた。

『意外かもしれないけど、答えが出なくても自分は自分だからこのままで良いんだ、って思えるよね。二人とも、たまには自分の素直な気持ちと向き合ってあげて』

 まるでアンケートのような〝もしも通信〟で、こんなに遺憾無く感受性の豊かさを発揮出来るなんて。

「素直な気持ちと向き合ってあげて……だってさ! あたしたちの何を知ってるんだろうね!?」

 ユキはプンスカと膨れている。

「やっぱりマミは面白いよ。遠巻きに眺めてるのが丁度いいけど」

 頬杖をつくユキの怒りを宥めようと、手短に返信をして携帯を仕舞う。

「もう返信したの?」

「え、うん」

「……何て?」

「そうだね、って」

 答えると、今度はユキがきょとんとして、五秒くらい静止したあとに吹き出した。

「っははははは!! あー……っははは!」

 教室や家の中だったら笑い転げてしまいそうなほどに、大爆笑している。顔を上げて、苦しそうに目に溜まった涙を手で拭う。

「え、なに? なにがそんなにおかしいの?」

 何が何だかわからずに困り果てている私をよそに、笑いが止まらない様子だ。

「……だって、だって、あまりにもさっきの回答通りで……自分で予言したみたいでっ」

 確かに、言われてみればそうだ。〝リアクションせずに、相槌を打つ〟……さっき答えたことをそっくりそのままやってしまった。

「やだ! そんなつもりなかったのに……」

「あぁ……マミが鬱陶しくて本当に良かったぁ」

 面白すぎる……。落ち着いてきた様子のユキが、ゆっくりと肩で呼吸をしながら言う。


 その時、テーブルの呼び出しベルが鳴った。さっきまでユキの笑い声がうるさかったからか、不思議とあまり驚かなかった。

「いってらっしゃい」

 私が手を振ると、ユキはテーブルに手をついて、気合いを入れて立ちが上がる。

「よっしゃ、お先!」

 駆け足の後ろ姿をぼんやり眺めながら、お好み焼きはまだかなぁ……なんて考えてるところで、世界は終わった。



Q もしも、あと三分で世界が終わるなら最後はどう過ごす?


A 親友と、最高に楽しくてどうでも良いような話をして過ごす。


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