画竜点睛
鈴木怜
画竜点睛
「先輩、台本をとりあえず作ってきたんですけど」
「お? 持ってきたのかい? だったら早く見せてくれたまえ」
演劇部の部室の中、青いジャージ姿の少年が赤いジャージの少女に紙の束を見せていた。
「まあ、内容としては、普通のラブコメにしようと考えていて」
「はいそれ以上は言わない。……まあ、ちょっと自由にしていてくれたまえよ。邪魔されたらかなわん」
そう言われて少年は黙りこくる。手持ちぶさたになったのかスマホの中に入っている台本データを確認し始めた。
内容としてはごくごく普通のラブコメだ。ファンタジー要素も、誰かが死ぬような重い話でもない。文字通りのベタなラブコメというやつである。台本の長さも一万五千文字程で、およそ五千文字で十五分程の尺になることを考えると、高校演劇の制限時間である一時間には十分収まるだろう。
だがそれだけだ。何というか、ものすごく平坦な話なのだ。台本の最初と最後で主人公とヒロインの関係は
どうもこのままではただつまらんだけの台本になりかねない。そう思って少年は相談、のようなものをするために少女のところに来たのだが。
「ねぇ、最後の方抜けてるんだけどこれ」
「え?」
思考は少女の言葉で遮られる。スマホから顔をあげると伸びをしている少女の姿があった。どうやら全部のデータの印刷ができていなかったらしい。抜けたところは時間にしてちょうど三分間ほどだろうか。
すぐにデータを見せようとする。しかしここで少年の腕が止まった。その代わりに口がゆっくりと開く。
「実は、最後の方をどうするか迷ってまして」
「ほーう?」
少女の口角が上がる。
「正直さ、君の台本は好きなんだよ。だからこそ未完のままにするのは勿体ないと思う。あと、これには山がないからドラマティックにもなっていない。もうちょっと主人公が夢中になる描写が欲しい」
あと途中で止まるのは無性にむかつく。そこのところは精進してくれたまえ。と添えて少女は黙った。少年は質問する。
「じゃあ、一体どうしたら山場とか作れますかね?」
「それは簡単だよ。例えば、主人公とヒロインの距離が確実に縮まったと分かるものを提示する。手を繋ぐとか、喧嘩するとか」
「……でもこれ、告白があるのかなり最後の方じゃないですか。そんな恋人チックなことこいつらには出来ませんって」
「だったら恋人チックなことをラストに持ってきたらいいじゃないか。ラストが無いんだから今からでもできるだろう?」
「……具体的には?」
「言葉で説明するのが難しいこと、とか?」
「全然具体的なんかじゃないですよそれ」
少年がそう突っ込む。
「じゃあ、具体的にはこういうこと」
突然、唇と唇が重なった。不意討ちだったから動けなかった。
どれだけ続いたのかは少年には分からなかったものの、何が起こったのかは理解した。
「先輩、自分がなにやったか分かってますか」
そう呆れながら少女の方を見る。
その顔は徐々に赤く染まっていった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ああ、別にいいですから」
「本当にごめんなさい! 台本のことばっか考えていて勝手に体が動いてた!」
「それはそれでとんでも無いことだと思うんですよ!」
「本当にごめんなさい!」
「……まあ、ラストは決まったんですからいいですけど」
「え? ラストってどうするつもり?」
「あんなことされたらキスになるに決まってるじゃないですか! それと先輩!」
「なに!?」
「あんなことできるんですから途中のところも一緒に考えてください」
「わ、私でいいなら」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
☆☆☆☆☆
少年と少女がそんなことをしながら書き上げた台本は、少年の所属する演劇部が次に出た大会での上演作品として使われ、地方大会まで行った。
画竜点睛 鈴木怜 @Day_of_Pleasure
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