テレビ通販ー最後の3分間ー
奥森 蛍
第1話 テレビ通販ー最後の3分間ー
風呂上がり
「姉貴変えるぞ」
リモコンを取ろうとしたのを麻友子が遮った。
「今いいとこなんだって」
「はあ?」
通販のいいとこって何だろう? と疑問符を浮かべる。仕方がないので缶を開けて乾いた喉にビールを注ぐ。グビグビと勢いよく飲み、満たされたところで缶を置いてテレビに目を移した。
――乾燥粉末青汁スリムズドン、たっぷり60包入り。おじいちゃん、おばあちゃん、子供、みんなさっと飲めちゃう。お弁当にお食事に旅行に、小さいからどこでも持って行けちゃう。水、お茶、コーヒー、ジュース何にでも溶かしてすぐ飲める、スリムズドン。それでは街の声を聞いてみましょう。
映ったのは顔を真っ白に塗ったおばさんだった。
――飲む前からトイレに行きたくなってー、体にいいから愛犬にも飲ませているんですよ
――なるほど、愛犬ラブちゃんもお気に入りなようですね。
「いやいや、犬に飲ませてるとか訳分かんないから」
――飲み始めて体重が2キロ落ちたんですよ、ズボンがぶかぶかで
――九州の姉にも勧めたんですけど気に入っちゃって。家族で飲んでるそうです。
――なるほど、皆さん大好評なようですね。
「普通の青汁じゃない?」
麻人はテーブルのつまみに手を伸ばす。
「うーん」
麻友子は何やら少し迷っているようだ。
――ご購入を迷われてる皆さん、チャンスはあとわずかですよ。放送終了まで残り3分を切りました。これは痩せるチャンスです。どっさりズドン、根こそぎズドン。痩せて綺麗になりませんか?
――仕方ない。これもお付けいたしましょう! 今ご注文いただくと北海道産のホタテ2キロが付いてきます。
「何でホタテ? 割引しろよ!」
麻人はツッコミを入れる。
――ただいままとめて3箱ご注文なら80%引きの500円、500円で綺麗になれるんですよ。ホタテもついて500円、こんなお買い得めったにありません。
「割引し過ぎじゃね!? 姉貴、これ頼もうぜ!」
「えー、どうしよう」
――さあ、お時間いっぱいとなりました。最後のご案内です。メモを取る準備をしてください。0120-870-870、ゼロイチニイゼロ、ヤセルヤセルと覚えてください。スリムズドン、合言葉はズドン。お電話お待ちしており……、
ここでホイッスルが鳴り響いた。
――ああっと、どうやらロスタイムは3分。もう少しお時間があったようです。再び商品のご案内をさせていただきます。
「ロスタイム! 通販番組にロス何てねえよ!」
麻人はビールを噴き出す。
――再び体験者の声です。
――これ始めて3キロ痩せたんですけど、頂いたホタテ食べたら2キロ太っちゃって~
「意味なくない?」
――パウダータイプだからコーヒーにも紅茶にもポタージュスープにも何にでも溶かせます。振り入れてぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる、これで出来上がりです。
――まだ、ご購入を迷われてる方今度こそ本当に最後のチャンスです。仕方ない、これもお付けしましょう。ロシアンルーレットミカン1箱。箱の中のミカン、1つだけ甘くて他は酸っぱい、もうすぐお正月。親戚一同で誰が当りを引くのか楽しめます。
「いやいや、ぜんぜん楽しくないから」
――さて間もなく放送終了と……
――あーっと、延長戦に突入しました! 15分15分の延長戦です。まだまだ、お付き合いください。放送時間は30分あります。おっと、ここで伝説のスーパーサブの投入です。弊社の創設者田岡会長です。さっ、会長どうぞ!
入ってきたのは腰の曲がったおじいさんだった。
――御年98歳の田岡会長は生まれてこのかた大病気を患ったことがありません。それもこれもスリムズドンのおかげ。ぜひ健康の秘訣を教えてください。
――ひゃいにひ、ひゃくさんごひゃんひょひゃへひゅ……
――会長、入れ歯をお忘れです。
そう言って黒子が入れ歯をそっと差し出す。入れ歯をはめた会長は背筋を伸ばして話し出す。
――元気の秘訣は体操と散歩。たくさん食べてよくズドンと出すこと。以上!
「あんなおじいちゃんがズドンて出したら死んじゃわない?」
「……」
「買うの?」
「買おう……かな」
「買うのかよ!」
(了)
テレビ通販ー最後の3分間ー 奥森 蛍 @whiterabbits
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