逃げて逃げて逃げて

斉賀 朗数

逃げて逃げて逃げて

 スマホで時間を確認したら、最終電車まであと三分。って誰?

「私、綺麗?」

 噂には聞いたことがあった。だからといって、実際に耳にする日が来るなんて思いもしなかった。

 真っ赤なハイヒールに真っ赤なコート。顔の大きさに合わない、大きすぎるマスク。噂では赤いベレー帽を被っているという話だったが、実際は手入れもされずに放置されたような髪の毛がストンと下に垂れ下がっている。

 よくもまあ、こんな格好で私綺麗なんて聞いてきたなと逆に関心してしまう。今時こんな格好なんて大女優と呼ばれるような人間でもしてないって。

「綺麗じゃない。全然」

 昔から遠慮がないというか、思ったことがすぐ口に出てしまう。そんな性格だから、ポマードとかべっこう飴とか対処法は知っていたけど、それが頭に浮かんだのは「綺麗じゃない。全然」っていった私に向かって口裂け女――多分だけど――が鋏を突き刺そうと振りかぶってからだった。

「やっばい」

 ついつい口に出ちゃう。でもやっばいなんていってる暇があるなら、さっさとポマードポマードポマードっていった方が賢明だ。って分かっているのに、とりあえず口裂け女から距離を取らないとって思ってダッシュ。

 そういえば口裂け女って、めっちゃ足早いんじゃなかったっけ?

 十字路を右に曲がって二十メートルくらい走ったところで、振り返ってみたら誰もいない。とりあえず一安心。

「ただの悪戯だったの? でも鋏ってさすがにやばいって」

「なに独り言いってんだよ、お前」

 誰かの声。でも周りに人はいない。

「なにきょろきょろしてんだよ。下だよ下。お前、耳ちゃんと聞こえてんのかよ。病院行った方が良いんじゃねえの?」

 そういわれて下を見ると、一体全体こいつはなに? って、こいつも噂に聞いたことはある。

「人面犬って、まじ? きもいんだけど」

「おい、お前失礼だろ。死ねよ」

 やばい。またいわなくても良いことをいっちゃう。これも逃げた方が良さそうな気がする。だってめっちゃ唸ってるもん、この人面犬。

「唸る時は犬の声なんだ」

 ってそんなこといってる余裕ないって。だってこいつ犬だもん。絶対足早いって。とりあえずダッシュ。後先考えてる暇なんてない。そういえばポケットにガム入れてた。とりあえず落としとく。これがちょっとでも時間稼ぎになればいいけど。

 丁字路を右に曲がって二十メートルくらい走ったところで振り返ってみたら誰――人面犬を人でくくっていいのか分かんないけど――もいない。

「都市伝説ってこんなに、ぽんぽん出会うものなの?」

 知らない丁字路を適当に曲がったもんだから、目の前には踏切。

「これ、人面犬ついてきてたらやばかったなぁ」

 ちょうど遮断機は下りていて、本当にあのまま追いかけられてたらここで人生おしまいだったかもって思うと今になって足ががくがく震えてきた。

 長く伸びて震える影が三つ。三つ? これ私の足じゃない。

 待って待って。これって、もしかしてやばい。

「急げ急げ」

 ちょうどいいタイミングで遮断機があがってくれて助かった。ダッシュ。

 これもなんか噂で聞いたことがある気もするけど、あんまり分からない。だって私、別に都市伝説とか詳しくないし。とりあえず角を右に曲がって、二十メートルくらい走って後ろを振り返ってみたら誰――っていうか人なのか人じゃないかも分からないけど――もいない。

「なんなのこれ。都市伝説のオンパレードじゃん」

 なんて息も切れ切れなんだけど、なんだろう。

 どこかから視線を感じる。

「あれ。これってやばいんじゃないの。もしかして」

 十字路を右。丁字路を右。角を右。これって元の場所に戻ってきてる。そんな気がする。ってことは、この視線って、もしかして最初の口裂け女だったりする。

 前に進んでも後ろに戻っても都市伝説。

「こんなのあり?」

 ってなんか後ろから、ぽぽっぽ、ぽぽって変な音がするんだけど。

 ダメだ。もう前に進むしかない。

「もう最悪」

 分かってはいたんだけど、やっぱりそうだよね。

「私、綺麗?」

「だから綺麗じゃないって、全然」

 あー、私ったら。どうしてポマードポマードポマードがいえないのかな。

 鋏がぐさっと刺さる感じが、なんだか滑稽で笑っちゃう。これが私の最後か。

 力が入らなくなって、倒れて、ポケットから、スマホが、落ちて、時間が。

「さいしゅう、でん、しゃ、いっちゃった」

 それどころじゃ、ないのに、すぐ、おもったことを、くちにだし

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