一人では終われない
目箒
一人では終われない
寺院の本堂、よりによって本尊でもある仏像に仕掛けられた罰当たりな時限爆弾。そのタイマーの表示は残り三分を示している。
「平川くん、赤いコードと青いコードが残ってる」
爆発物処理班の
『野郎やりやがった……残ってる設計図にそのコードは載ってない』
「どうする?」
『避難は済んでる。君が逃げてくれば人的被害は出ない。今すぐ戻って来い』
「それって上からの命令?」
『そうだ。平川警部補が命じます。早くして』
「あのさ、平川くん、あたしの腕に賭けようとか、そう言うギャンブル精神はないわけ?」
『警察官がギャンブルしてどうすんの?』
「当たれば儲けものよ」
『駄目だ。ここが繁華街のど真ん中でまだ誰も避難してないならともかく、もう避難もしてあって、人死にの心配がないんだったら賭ける必要はない』
「文化財が失われるわ」
『人命より大事な文化財があるもんか』
「平川くん」
凛は真剣な口調で告げる。「赤いコードと青いコードはタイマーから出てる。赤が右で青が左よ。そのまままっすぐ、それぞれ下の基盤に繋がれてるの。その基盤がなんだかわからない?」
『あと一分だぞ!?』
「早くしてよ」
『……』
平川は無線の向こうで唸っていた。無線の向こうからは、凛が戻って来ないことに気付いた他のスタッフがうろたえているのが聞こえる。
『この設計図が本当かどうかもわからないぞ。その二本のコードだって載ってない』
「そうね。だったらここまであたしが切ってきたコードだって合ってたかわからないわ。だったら合ってる前提で行きましょ。それが最善よね?」
『赤と青を同時に切れ』
「何ですって?」
『どっちか片方を切っても駄目だ。両方から信号を送ってる。片方だけ切ったらエラーを起こしてタイマーがゼロになる』
残り二十秒を切っていた。
「ニッパー一つしかないんだけど」
「だから早く戻って来いって言ったんだよ馬鹿!」
不意に、板を踏む音と肉声がした。見れば、対爆スーツも着ない、軽装の平川がこちらに駆け寄ってきていた。凛が唖然としていると、彼は膝を突いて滑り込む。
「赤切って!」
彼はそう言うと、持参したニッパーを装置の中に突っ込んだ。残り十三秒。
凛は言われた通りにした。
「せーの!」
平川の掛け声に合わせて、二人は同時にニッパーのハンドルを握った。
導線が切断される音が綺麗に重なった。二人の目は、タイマーの数字に釘付けになる。
タイマーがもう動かないと確信するまでが、永遠の様にも感じた。このままずっと、失敗の可能性に怯えながら数字を監視しないといけないのではないか。そんな錯覚に囚われた。
残り十秒は、いつまで経っても過ぎなかった。さすがに、もう十秒以上経っていると凛が気付いた時には、外から盛大な拍手が上がっていた。それを聞いて、ようやく彼女は爆弾の処理が無事に済んだこと、自分の命も、平川の命も延びたことを実感した。対爆スーツの中で、長い息を吐く。
「まったくもう……死んだらどうする気だったんだよ」
「平川くんこそどうする気だったのよ」
「死なせないために来たんだから僕が死ぬわけないでしょ。ほら、行くよ。世話の掛かる部下だな」
「あんたみたいな軽はずみな上司に言われたくないわね」
「言ってろ」
平川は宇宙服じみた対爆スーツの頭の部分を小突いた。処理の済んだ爆弾を持って外に出る。凛はふと思い出した様に、
「二階級特進し損なったわ」
「言ってろ」
一人では終われない 目箒 @mebouki0907
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