叶えてくれる約束だと信じて

白石 幸知

第1話

「彩実! 彩実!」

 薄れゆく意識に、必死で声を届けようとする彼の姿があった。その姿は、とても必死で、いつか読んだ恋愛小説に出てきた男の人くらい、いや、それ以上に切実だった。

 私は膝をついて泣き叫ぶ彼に何か言おうと思った。けど、もう声を出すほど、私に力は残っていないみたいだ。

 あと、どれくらい。どれくらい私は「ここ」にいられるのだろう。

 どれくらい、私は生きていられるのだろう。

 閉じられた瞳の裏に、十八年の思い出が、走り始める。


 ──今でも残っている人生で初めての記憶は、やっぱり病院だった。真っ白の枕に頭を乗せ、降り積もる雪、落ちていく枯葉、散っていく桜、音だけが聞こえる花火を窓越しに眺めて聞いてきた。

 生まれつき体が弱かった私は、幼稚園を卒業するくらいまでは、入院と退院を繰り返す手のかかる子だった。幼少期に家で過ごした記憶は、ほとんど残っていない。

 そんななか、私は今思いを零し続けてくれている彼と出会った。初めて顔を向き合わせたのは、幼稚園からの帰り道。お互い母親に連れられて一緒に歩いた線路沿いの道が、初対面だった。

 彼は私に優しかった。親と親を通じて教えられていたのだろう、っていうのもあるけど、体が弱い私に気を使って、ボードゲームやトランプ、手を使って遊ぶことなどで私と仲良くしてくれた。他の友達が外でサッカーや鬼ごっこをしているなか、彼は私と一緒に幼稚園の教室で一緒に遊んでくれたんだ。

 小学校に入ると、年に何回もあった入院の数も落ち着いて、しっかりと学校に通えるようになった。そこでも家が近所だった彼は、私と遊び続けてくれた。入院中に覚えた本を読む、ということにも彼は付き合ってくれたし、遊びたい盛りのときなのに、文句の一つも言わずに彼は休み時間一緒に本を読んでいた。

 年を経て、中学年から高学年、そして中学生に上がった頃は、思春期特有の男女で仲良くするといじめられるっていう例のアレもあって、距離感は少し開いたけど、彼はやはり関係を続けてくれた。

 高校受験の終わった春、私は体調を崩して中学の間初の入院をした。そのとき私は、主治医の先生に「高校に通う」か「しっかり入院し、可能性のある完治の方法を試す」かの二択を提示された。

 私は、今まで通り学校に通いたかったから、「高校に通う」ことを選んだ。だから今こうなってんだ、と言われたらそれまでだけど、私は高校に通ったことを後悔はしていない。

 だって、もう一人、大切な人ができたから。

 彼は、高校で私達と同じ図書局で、小説を描いていた。彼との出会いは笑っちゃうくらい漫画チックだったけど、それも今ではいい思い出だ。

 彼は、幼馴染の彼が私に恋していることに気づいていた。だから、自ら私達と距離を取ろうとした時期があるくらい、他人の関係に優しく、観察力のある人だった。きっと、彼もまた、病院の廊下のベンチに座って、祈ってくれているんだろう。彼は、そういう人だ。

 そんな彼の描く世界は、とてもよく作られていた。でも、作られ過ぎている、とも素人目に感じた。彼も彼で色々背負っているものがあったようで、でも高校三年になる頃には温かい世界を描くようになった。

 彼のファン一号は、きっと私だ。


 そんな彼だから、私は一つのお願いをしてしまった。

 私を、物語の世界に閉じ込めて。

 無茶だし、恥ずかしいし、とんでもないお願いだとはわかっている。それでも。

 いつか消えてしまうかもしれない心の思い出だけではなく、描かれた小説の世界のなかでも生きたい。そう、思ったから。

 私は彼にお願いをした。いや、まだ彼は知らない。伝わってないから。でも、きっとそのうち伝わると思う。そういう仕掛けはしておいたから。


 そろそろ、時間のようです。

 何分間の走馬燈だったかな。

 きっと、五分もない。一分かな? でも、それだと少し寂しいから、三分あった、ってことにしておこう。

 私の思い出は、三分に集約されるくらいのものはあったんだ。


 ああ、終わってしまう。まだ、まだ生きていたい。彼と彼と一緒に笑っていたい、喧嘩もしたい。

 けど、それはもう叶わないみたいだから。

 だから、せめて──


 真っ白な世界のなかに、私を閉じ込めてください。

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叶えてくれる約束だと信じて 白石 幸知 @shiroishi_tomo

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