せっかちなのは嫌いなんだよね

新巻へもん

立つべきか立たざるべきか

 ミキは洗面所の鏡の前に立ち念入りに自分の姿を確認する。白いブラウスにデニムのワイドパンツ。精一杯オシャレしました感はないけど、まあ、これなら悪くない。ニッと笑って見て歯もきれいかどうか確かめた。歯は磨いたけれど念のため。今日は夏休みの最終週。幼馴染のヒロと映画を見に行く約束をしていた。


 先週、ヒロがついにミキに告白してきた。そわそわしている態度から何かあるかな、とは思っていたけれど、ついに全身全霊で告白する気になったようだ。周囲ではそれなりに惚れた腫れたの話があったけれど、ミキにしてみれば、熱心に誰かとお付き合いをしたいという気が合ったわけではない。


 正直に言ってベタベタした関係が疎ましいというのもあった。今までは、まだそういうのに興味ないんだよね、で押し通してきたこともある。


 学校ではぼーっとしてそれほど目立つ存在でもないが、極まれに真剣な表情になればカッコ良く見えないことも無かったし、何より昔から一緒で大体のことは分かっているという安心感がある。それなりに女性に対して年頃の関心はあるようだが、あまりギラギラしておらず、無理に背伸びをしていない所にも好感が持てた。中学校で一旦離れ離れになった幼馴染のヒロが同じクラスになったときはちょっぴりうれしかったのを覚えている。


 週に1回のペースでヒロの熱中していたカードゲームをミキも始めるようになり、はた目には仲がいいけれど不思議な関係だと思われるようになって5カ月。一世一代の勇気を振り絞るヒロの姿を見て、ミキの心が動かないわけがなかった。条件は付けたものの交際にOKを出す。


 8月31日が近づくと気が重くなる高校生同士なので、昨日まではお互いの家を行き来して夏休みの宿題をした。今までと変わらない生活で、意を決して告白したヒロにしてみれば少々拍子抜けしたかもしれない。ということで、宿題も無事終わったということで、ミキが映画に誘ったのだった。


 母親に出かけてくると言って外にでる。母親には何も言っていないが、どうやら感じていることがあるようだ。だからと言って何かをいうわけではない。多分に子供の感性を残しているところがあって、自分がイヤだったことはしないというスタンスだ。そっと心の中で母親に感謝する。


 おめかししてデート? なんて聞かれようものなら、どういった顔をしていいか分からない。ヒロの前に出て変に意識した態度を見せたくもない。今日も朝から全力で鳴く蝉の声に押されるようにして、既に暑い道を行くと角からヒロが現れて、ようと手を挙げる。


 いつもと変わらない格好のヒロに少しだけがっかりする。今までと変わらない関係を望みながら、少しは気を遣って欲しいという我儘な乙女心だ。この辺の機微はミキ本人にも良く分かっていない。


 20分ほど歩いて、ショッピングセンターの中にある映画館に着いた。平日の午前中ということもあって、殆どが学生ばかりだ。ネットでチケットは取ってあるので発券して入口に向かう。


「なんか飲み物買う?」

「私はいいや」

「そっか。じゃあ、早いけど入っちゃおうか」


 当たり前と言えば当たり前だが、席は隣りあわせだ。まだ空席の目立つシアターの中央で並んで座ると、ヒロのことを強く意識してしまう。ヒロはポケットからスマホを取り出すと電源を切った。ミキもそれに倣う。時間つぶしにいつも遊んでいるカードゲームの話をしていると段々席が埋まり、やがて上映時間となった。


 映画はなかなか良かった。アクションあり、ブロマンスあり、そして秘めた恋物語あり。映画の最後で主人公が政略結婚をさせられる相手の家にしぶしぶ赴く。出てきた相手が自分を庇って亡くなったと思っていた同僚だと分かり思わず強く抱きしめるシーンでは、ミキはちょっと泣いた。


 ハッピーエンドを迎え画面が暗転しエンドロールが流れはじめる。ミキは映画の世界に浸りきり余韻に浸っていた。その雰囲気を台無しにしたのが前列のカップルだ。そそくさと立ち上がってシアターから出て行こうとする。ちょっと気分を害されながら隣を見るとヒロはぼーっと画面を眺めていた。目じりがちょっと光っている。


 暗かった画面が急に明るくなり、主人公とヒロインの結婚式の場面が映し出される。誓いのキスをする前にヒロインが、主人公にささやく。

『私は男装を止めないわよ』

 あきらめたように頷く主人公にヒロインが言う。

『でも、寝室だけは男装を止めてあげるわ』

 二人の顔が近づく中、カメラがズームアウトして映画が終わった。


 照明がつきシアター内が明るくなる。

「あんな特別シーンがあったんだね」

「ああ、そうだな」


 出口に向かいながらミキがヒロに言う。

「たったの3分ぐらいなのに途中で立っちゃうなんて、雰囲気ぶち壊しだよね」

「そうだよなあ」

「まあ、あのカップル、お陰であのシーンを見逃したんだ。ざまあみろ」


 過激な発言にヒロがびっくりした顔をする。

「そう言うぐらいには私は腹を立てているの」

「まあ、いいじゃん。最後のシーン良かったし」

「ふーん、あのキスシーンが良かったというのかあ」


 ヒロは少し顔を赤らめて言う。

「いや、だって、その前のシーンじゃ、二人がどうなったかは分からなかったじゃん。二人の身分とか、周囲の思惑もあったし。二人の幸せな姿が……」

「やーらしい。やっぱりそういう目で見てたんだ」

「そりゃないだろ」


 すっかり機嫌を直したミキはヒロに手を差し出す。

「さ。お昼食べに行こう。お腹空いちゃった」



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