第3譚 津雲第四トンネル③
場面は戻り司書室、先ほどの九代のスピリチュアル的カミングアウトの後、私たちの間には深い沈黙の中にいた。
それもそうだろう片や九代の方はいきなりのビックリ発言に対する私のリアクションをもちろん期待しているのだろうが、その当の私の方は事情を話そうにも件の死神によって「不用意に事情を話さないように」という名目のもと見張りの代わりとなる幽霊(?)から首に手をかけられいるという危機的状況下にあるのだ。そのためにいくら助けを求めようにも下手に軽率な言動をすると、おそらくではあるがこの幽霊によって私の命は亡きものとなるだろう。
なので、私としてはぜひ霊感とやらがある九代に、お札でも呪文でも、最悪気持ちの悪い人形でもなんでも構わないので、なんとかこの窮状から救い出してもらいたいと思っているのだが-果たして彼は察してくれるだろうか? と私は願望にも近い淡い期待を彼に抱いた。
「……確かにいきなりこんなこと言われても不審に思われるだけだな。」
よし、と彼は呟くとなにかを私の首すれすれに投げつけた。するとその瞬間驚くべきことに先ほどまでひどい肩こりのように重くなっていた私の首が一気に軽くなっていたのだ。
「これなら事情を話せるだろ?稲綱。」
-どういう理屈かはまったくわからないが、ただ一つ、この人は少なくともテレビなどでよく見るような胡散臭い霊能力者などではなく、れっきとした本物であるという確信を持つことができた。
「先生、あの、どう-」
「いや、話を始める前にまずはそれを返してくれ。あんま安いもんでもないんだから。」
彼の人差し指の向く先を見ると、十字架を模しているのだろうか。とにかく銀色の、十字の型の柄の『ナイフ』が深々と私の首にあたる部分のすぐ横の椅子の背もたれに深々と突き刺さっていた。
「……あの先生、これは?」
「?いや、お前がなんかよくわかんないのに首絞められてたからとりあえず邪魔だなって思って祓っただけだぞ?」
あまりの驚きに私は思わず跳び上がるように立ち上がってしまった。
確かになんでもいいと思ったが想像以上の物理プレイだった。
「いや、というかまさかですけどさっき投げたのこれですか!?」
「はぁ?それ以外ないだろ?」
何をあたりまえのことを言ってるんだというように九代は怪訝な顔をした。いや、だから、こいつは-
「なに前途ある若者の首めがけて刃物ぶん投げてるんですか、もし掠りでもしてたらどうする気だったんですか!?」
「舐めてんのか掠らんわ!第一なぁ、なに助けてもらっといて一丁前に文句たれてんだまずは礼の一つでも言えやこの腐れ反抗期が!」
なんという言い草だろうか。この男は謝るどころかこっちに礼を要求してきた。だが、実際のところ彼のおかげで私は当面の危機から脱することができたのもまた事実だ。ここはひとつこの場を丸く収めるために私が彼の親切に対する感謝の言葉でも-
「言うわけないでしょ!?どこの世界に殺されかけて感謝する人間がいるっていうのよ!」
その後も双方の舌戦は続き、あらかた暴言も出尽くすと互いにはぁ、はぁ、と肩で息をし、相手の出方を伺ういわゆる膠着状態のような感じになった。 だがいつまでもこうしてるわけにはいかないし、なおかつ時間もないのだ。この均衡は私が打ち破ろう。とりあえず、今、一番気になることを-
「なんか、いつもと違くない?」
息を整えながら彼に聞いた。普段の九代頼光という男は騒動などを好まず、なにかいちゃもんをつけられようとも決して事を荒だてるようなことはしない人物-のはずなのに。だというのに今私の目の前にいる彼はまるで子どものように言い返すし、口調も普段の彼からは想像もつかないほど荒いものとなっている。
「ん?ああ。だって最近のガキって何かと面倒だろ?だからあんま騒ぎ起こさないように猫被ってたんだよ。」いうのも面倒くさいという風に彼はぶっきらぼうに答えた。
鳴呼。
私の中で作られていた彼に対するイメージが音を立てて崩れ去っていった。
「……そろそろ落ち着いてきたところだろ?とりあえず座ってくれ。」
彼に促される形で私は再び席についた。
「それで、何があったんだ?」
内ポケットから取り出した冗談みたいに似合わない煙草に火をつけながら彼はニヤリと笑った。
「それでそのおつかいとやらは一体なんなんだ?」
事のあらましを話すと、彼は景気良く煙草の煙を吐き出しながら尋ねた。
「それはですね、『昔あった慰霊碑の破片を持ってくること』と言われました。」
「慰霊碑の破片?」
「はい。なんでも工事の際に元々あった慰霊碑を砕かれてしまったらしく、その恨みから工事関係者に様々な災いをもたらし、数年経った今でもその怒りを撒き散らしている、とのことで。」
「はぇーそいつは罰当たりなことで。」
まるで興味がない、という風に九代は返した。
「あの……先生。どう考えても自分たちが悪いし自業自得なのはわかっています。でも、そうだとしても-」
「?なんだ急に改まって。」
こんなことを言う資格は多分ないだろう。でも言葉が、感情がたまらなく溢れ出す。
「確かに彼はどうしようもないくらいのアホですし、自分勝手ですし、私はいつも振り回されてたし、でも、決して悪いやつじゃないし、みんなには一応慕われてるし、小さい時なんか私のために-。
「御託はいい。」
私の言葉を遮り、彼は続けた。
「お前は俺にヤツを助けてもらいたいのか?」
「それは-」
「シンプルに。簡潔に俺に伝えろ。余計なことを言わずに本心を言ってくれ。そうでないと俺は動く気にならん。」
そんなの、そんなこと決まっているじゃないか。
「あいつを、助けてください。」
ちゃんと伝わっているかわからない。情けないことだがそれほどまでに私の声は震えて、掠れて、小さくなっていた。だが、九代は私の頭に手を置き、まるで子どもをあやすように優しく撫でた。
「よく頑張って言えたな、稲綱。」
その顔は今まで見た彼のどの表情よりも優しいものだった。
「やっぱり単純な本心っていうのは聞いてて気持ちいいもんだな。だが、ひとつだけいうとだな-」
そういうと彼は視線を外し、ハンカチを私に手渡した。
「そんなぐちゃぐちゃな顔しなくたって自分の生徒ぐらい必要最低限は助けられるに決まってんだろ。俺は大人だし、お前らにとっては先生でもあるんだからな。」
そういう九代の顔もかなり紅潮していた。
あ、この人今いいこと言おうとして恥ずかしがってる。そう思うと急におかしく思えてきた。
「……なんだその顔、引っ叩くぞ。」
惜しい。もう元どおりだ。
「大体な、慰霊碑の破片だっけ?そんなもん馬鹿正直に集めんでもいい。」
なぜならば、と彼は続ける。
「その死神様とやらはもうすぐ俺のものになるからだ!」
そういうと、彼は私に不敵な笑みを向けた。
私は自分が少しどころかだいぶ嫌いになった。おそらく彼は私に対し真摯に向き合い、問題解決へと動こうとしているのに。それなのに私はまだ致命的なことを彼には伝えられずにいたのだ。
私はこのとき、どうしようもなく愚かで、臆病で、そのくせこの人の善意を踏みにじる行為をする気でいるのに、それなのに、これからの結末を想像し激しく後悔していた。そんな自分がこの上なく嫌いになった。
九代頼光の怪異譚 雉尾夏樹 @2gnok
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