第2譚 津雲第四トンネル②

 あなたは取り憑かれている。

 突然この言葉を言われたら、あなたはどう思うだろうか。おそらく一般的な人ならばこんな妄言はさらさら気に留めはしないだろうし、むしろ幽霊などより眼前の人物に警戒心が向かうだろう。

 しかし、このときの私は普段とは違い、ではなかった。少なくとも精神的にはかなりまいっていたのだ。だからだろうか。普段の優男の雰囲気は鳴りを潜め、いつになく真剣な態度で接する九代に対し、と思ったのはそれが原因に違いない。

「……なんでわかったんですか?」

「まぁ信じちゃくれないと思うけどね、俺には霊感があるんだ。」

 先ほどから胡散臭い言葉のオンパレードであるが、私は彼の発言をこれ以上なく頼もしいものだと思っていた。だがしかし、彼に助けを求めようにも無理であった。なぜなら私、稲綱咲は現在幽霊に文字通り首に手をかけられてしまっている絶賛祟られ真っ最中の状況にあるからだ。


「なーなーお前今日暇ならどっか遊びに行かね?1年の締めくくりって意味でさ。」

 事は昨日の放課後、私の幼馴染のクラスメイト金丸一誠かねまるいっせいのこの言葉から始まった。

 彼は人懐っこく、生来のお調子者であるためクラス内ではムードメーカー的な立ち位置におり、顔も悪くないことから彼を狙っている人も多くいるらしい。が、私は割と長い関係のために彼の素性をよく知っている。だからこういう時の一誠がなかなか面倒くさいことを察してしまうのだ。

「そういうことなら明日で良くない?」

「いや今日は俺ホント暇なんだよ。」

「一誠はいつも暇でしょ。」

「今日は過去類を見ないくらい暇なんだよ頼む!」そういうと一誠は神に祈るが如く膝をつき、組んだ手を頭の上にかざした。

 一誠とは幼稚園からの付き合いであり、この男にはけっこうな頻度で振り回されている。まさにくされ縁と言って差し支えない関係性であるが、それ故に彼がここまで食い下がるともう誰にも止められないことを私は十分理解していた。

「……ちなみに今回は何しでかそうとしてるの?」もはや私には諦めの一手しかなかった。

「いや前々から疑問だったんだけどさ、津雲第四トンネルの死神ってマジなんかなって。」

 絶句した。マジかこいつ。1年の締めくくりに心霊スポット選ぶってどんなセンスをしているんだろうか。

「おとなしくカラオケとかボウリングとか行ってなよ……。」

「いや、そういうのはマンネリ化してるし、何より-って思ってさ。」

 またこれだ。彼の行動の原動力は強すぎる好奇心とそれによる日々のマンネリ打破への渇望である。それ故に一誠は多趣味であり、それに加え持ち前のコミュニケーション能力によってクラスの中心の立ち位置を得ているのだ。だが、それに巻き込まれる私はたまったものではない。過去にも彼に「咲頼む!」と言われさまざまなイベントや趣味に付き合わされていた。なので-

「そっかーうん頑張れ私応援してるから。じゃまたあし-」

「待ちたまえ逃げる気か。」

 肩をガッチリ掴まれてしまった。

「離せ昨日も1人でどっかいってたでしょそこ行ってよ!」

「昨日のは昨日のでまた飽きちゃったんだよ。なぁ頼むよー。」

「いやだ絶対ろくでもないことになる。もうその未来が見えた。」

 実際一誠には、トラブルを引き起こし、なおかつ私が巻き添えを食うというが多々あるため、私の彼に対する信用は地に落ちているといっていい。

「お前とは長い付き合いになるだろ?その俺のことを信用できないのか?」

「長い付き合いだからこそこういう時のあんたが信用ならないのが分かんの。」

 その点に関してはもはや信用しているといえる。しかし、押しに弱い私は結局いつものように彼のに圧倒され、行くことを渋々承諾してしまったのだ。


 津雲第四トンネルの死神。

 これは津雲市に伝わる都市伝説的な怪談である。

 このトンネルがあったところは元は刑場の慰霊碑があったらしく、実際トンネルを作っていたときに原因不明の事故の多発や体調不良者の続出があり、その被害は凄まじく時には死傷者も出たとのことだ。その後開通しても事故が多発するために現在では立ち入り禁止のテープが入り口に貼られている、という曰く付きの場所である。そして、なぜ幽霊などではなくわざわざ死神なんていう大層な名前がついているのかというと、事故で亡くなったとされる人の何人かは事故死ではなく、まるで死神に首を刈られたかのように頭部がない変死体であったからだといわれている。

 根負けして行くような奴も行くような奴だが、そのような明らかな地雷スポットに誘う方も誘う方だ。今思えば一誠がそんなバカなことを思いつかなければ、いや、私も私で止めていれば今のような状況には陥らなかっただろう。

 そして時はたち午前2時、私たちはトンネルの入り口前に立っていた。いざ来てみるとなかなかがあり、トンネルの入り口がまるで今から私たちの飲み込もうとする怪物の口のように、不気味で、とても禍々しく思えた。

「へっへっへ正直ブルってきたわ、お前は?」

「今更何怖気付いてんの。さっさと行ってさっさと帰るよ。」

「おいおい俺より乗り気になっているじゃん。」

 ニヤニヤしながら一誠が軽口を叩く。

「私がもう少し理性がなかったら殴ってるからね?」

 実際殴りたかった。だがこの時の私はこの都市伝説を眉唾物だと思っていたし、仮にそうだとしてもこんなところにあまり長居はしたくなかった。その訳あってのこのスピーディーな対応である。決して乗り気ではなかった。

 中に入ってみるとさらに禍々しさが増したように思えた。どこからか水の滴る音がトンネル中に響いており、私たちの恐怖をますます煽っていた。

 懐中電灯で道を照らしながら私たちは黙々と歩いた。だがその空気に耐えられなかったのか一誠が口を開いた。

「やべーマジ後悔してきたわー。」

「黙って歩かんかい。というか本当に慰霊碑なんてあるの?」

「なかったらもう突き抜けるしかないだろうな……。」彼は軽くぼやいた。

 一応今回の肝試しのゴールはこのトンネルの内部にあるとされるトンネル工事の事故死傷者の慰霊碑を撮影することである。だが、これがあるかどうかなんて半信半疑なので、もし無ければこの長いトンネルを、長距離心霊スポットを往復しなければならない。しかも、正直私は、この辺りから慰霊碑を探すどころか、誰かに見られ、誰かに触らせているかのような違和感に襲われていた。

 大丈夫。こんなものは気のせいだ。さっさと終わらせればいいんだ。よしこんな時間だけど帰ったら明日の朝ごはん用にとっておいたいなり寿司を食べよう。そう自分に言い聞かせながら私たちは歩みを進めていった。

 しばらくすると私たちから見て左側に私の腰ぐらいの高さの石があった。灯を照らすと、何か文字が書いてあるようだった。

「これが慰霊碑かぁ。聞いてはいたけどマジにあるなんてね……。」思わず呟いてしまった。これ単体だけでみるとそこまで恐ろしいものではなさそうではあったが、場所も相まってひどく不気味なものに思えた。さすがの一誠もいつになく神妙な表情をしていたようだった。

「とにかく撮るね。」シャッター音がトンネルにこだまする。よし、やっとだ。やっと帰れる。うん、やっぱり出たら一誠に1発ぶち込んでやろう。そう決意した。

「なぁところでさ。なんで俺お前とここに来たと思う?」一誠がいきなり言葉を発した。

「え?そんなのいつもの思いつ-」

「違うんだよ。」彼は満面の笑みを浮かべた。いや、笑顔は上面だけで目は笑っていなかった、というよりかはひどく濁っていた。

「い、一誠?なんか変だよ?」

 しかし、私の声には耳を傾けず、一誠は言葉を続けた。

「確かに彼はね、昨日1人でここに来てたんだよ。近ごろはあまり人は寄り付かなくなって干からびそうになっていたからね、ほとほと困り果てていたんだ。そこに元気で、しかも霊力の優れた若人が現れたんだ。もちろん彼に取り憑いたさ。幸運だった。こんな身だが神を信じたくなったよ。まぁ俺自身もと呼ばれているらしいけどね。」

 ここで私は気付いてしまった。スルーしてしまっていたが、私は今日全て『お前』で済まされていたという事実に。当たり前だ名前の知らない相手の名をいうことなんて芸当は誰にもできるわけがないからだ。しかも今なんて言った?

「……しに、が、み?」

「そうその通りだ。」

 そういうとはまたぐにゃりと顔を歪め笑顔、と思われる表情を浮かべた。

「じゃあ早速だけど俺のために1つをしてきてくれないか?」

 -もう私には拒否権はなかった。







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