妹な君
無月兄
第1話
いきなり小さな子が、泣きながらおうちはどこって聞いてきたものだからビックリしたよ。
よく聞いたらそれはうちの近所で、無事家に帰り着いたときは、君はすっかり笑っていたね。
それからたまに見かけるようになって、この度に笑顔で寄ってくるようになった。
最初は少し戸惑ったけど、一人っ子だった俺は、妹がいたらこんな感じなのかなって思った。
◆◆◆◆
君が小学校に入った時、これで一緒に学校に行けるって喜んでいたね。だけど、俺は同じタイミングで中学に上がったからそれは叶わなくて、ひどくガッカリしていたのを覚えているよ。
俺は高校に上がって、軽音部に入って、ベースを始めた。まだ全然下手くそだったけど、それでも藍は、俺が少し音を鳴らす度に目をキラキラさせていた。
藍があまりにべったりなものだから、同級生から困ってないかと言われた事があった。だけどきっと、一緒にいられて嬉しいのは俺も同じ。
大事な大事な、俺の妹だ。
◆◆◆◆
「その人誰?」
ある日軽音部の友達と二人でいたら、バッタリ会った藍が、何だか不安そうな顔で聞いてきた。
「彼女なの?」
一緒にいたのは女の子だったから、そんな風に思っちゃったのか。けどまだ小さい藍から、まさかそんな事を聞かれるとは思わなかった。
「ううん、友達だよ。」
彼女との仲は良いと思うけど、別に付き合っているとかじゃない。ただの友達、部活仲間だ。
そう言うと、なんだかホッとした様子の藍。もしかして、お兄ちゃんをとられる、なんて思ったのかな?
「あの子、あなたのこと好きなんじゃないの?」
藍と会った次の日、彼女はそんな事を言ってきた。そりゃ、俺は藍のアニキみたいなものだからな。
そう言うと、彼女はフッとため息をつく。
「恋愛って意味。女の子は、あの頃からしっかり女の子やっているのよ」
呆れたように言う彼女と、まさかと笑う俺。だって俺と藍は、兄妹みたいなものだ。それに、歳だって全然違う。
「そんなの今のうちよ。女の子は、あっという間にキレイになるんだから」
そんな事を言われたけど、俺は相変わらず、まさかと笑うだけだった。
だって藍は、俺の妹なんだから。
◆◆◆◆
「ありがとう。でも、本当にもらってもいいの?」
目の前には、高校の制服を着た藍の姿。その手には、俺が長年使っていたベースが握られている。
俺は就職して、前みたいにしょっちゅうベースを弾くことも無くなった。それなら、藍に使ってほしいと思った。高校生になって、軽音部に入った藍に。
文化祭のステージでは、藍がベースを奏でながら歌っている。その姿はとてもカッコよくて、いつも俺の後を着いてきていた頃とはまるで別人に見えた。
思えば藍は、初めて出会った頃の俺の年齢なんて、とっくに追い越している。俺だって同じように歳をとっているのだから当たり前なんだけど、こうして改めて成長しているのを意識すると、なんだか不思議な感じがした。
ステージを降りた藍は、同じ軽音部の奴と話をしている。相手は男だ。
仲良さそうだな。そう思うと、なぜか胸がモヤモヤしだした。
どうしたんだろう? もしかするとこれが、妹に彼氏ができるのを心配する兄の心境ってやつなのか?
◆◆◆◆
「藍は、学校で気になる奴っているのか?」
どうしてだろう? ある日、ふと突然にそんな事を聞いてしまった。
そんなのいないよと言って、とたんに機嫌を悪くする藍。ごめん、怒らせるつもりはなかったんだ。デリカシーのない質問だったな。
でも、それならどうして俺はそんな事を聞いたんだろう? 自分の心なのに、なぜかさっぱり分からない。
悩んで悩んで、また悩む。そうして俺は探している。いつの間にか、胸の内に潜んでいたモヤモヤの正体を。
そして、見つけた。
◆◆◆◆
明けましておめでとう。そう言った藍は、振り袖に身を包んでいる。二十歳を迎えるお祝いに貰ったそうだ。
「明けましておめでとう。それと、成人おめでとう。あの藍がもう大人になるなんて、なんだか嘘みたいだ」
「ちょっとは大人っぽくなった?」
「ああ。それに、キレイになった」
キレイ。気がついたらそんな言葉が出てきて、その姿に見とれていた。それを聞いて恥ずかしがる姿も、可愛いと思った。
その後二人で一緒に行った初詣でも、ちっとも視線を反らす事ができなかった。
「改めて、成人おめでとう」
別れ際、もう一度そう言う。すっかり大人へと変わった藍へと向かって。
『女の子は、あっという間にキレイになるんだから』
いつか聞いた言葉を思い出す。今にして振り替えれば、もしかするとあれは予言だったんじゃないかと思ってしまう。それくらい、藍はキレイになった。驚くほどの早さで、大人になっていった。
俺との歳の差なんて、もうほとんど感じさせないくらいに。
藍。大事な大事な、俺の妹。
なのにどうしてだろう。今は、そう思えなくて困ってる。
妹な君 無月兄 @tukuyomimutuki
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