【KAC5】死者との婚姻

綿貫むじな

神の理と人の理に外れた末に

 私の手元に手紙が届いた。

 差出人はかつての私の師匠。もう何年も連絡を取っていないし、たまには世話になった寺院にも顔を出そうと思っていた矢先だった。

 手紙の中身には、近々結婚することになったので仲人をお願いしたいという内容だった。

 こんな事を言うのは何だが、師匠は異性に好かれる事が無かった人だった。

 顔と身長は人並み程度だが、身なりに全く気を使わない上にコミュニケーションがあまり得意ではなかった。資産を持っているわけでもないので、モテる道理はなかった。

 でも私はそんな朴訥な師匠の人柄が好きで、彼の下で修行したからこそ今の自分があると思っている。

 もしそんな師匠がついに意中の人を射止めたというのであれば、弟子としては喜んで行かねばなるまい。

 私は参加しているパーティから一度抜ける事をリーダーのイスケルに伝える。


「と言うわけで悪いが一度、スタンディの街に戻ろうと思う」

「エルヴィンに抜けられるのは少し辛いな。何時頃戻ってくる?」

「ここからスタンディに行くには馬で一週間だ。用事を済ませて戻ってくるには少なくとも三週間くらいは必要だろう。済まないな」

「何、その間は代わりのメンバーでも見つけて迷宮探索するさ」


 イスケルは気安く言うが、私のように「完全治癒」と「灰蘇生」の魔法を修めている僧侶と言うのは極めて少ないだけに、焦って半端なメンバーを補充してしまわないかが心配だったが、ひとまず私は早馬を手配しノールデルからスタンディの街へと行く事にした。


 スタンディの街に辿り着いた。

 私が修行していた頃よりも大分発展している。建物も人の往来も増えた。

 寺院にも少し立ち寄ったが、ここは前と変わっていない。

 さて、今の師匠が住んでいる住居だが、街の中ではない。

 人々に住所の事を聞いてみたところ、街はずれだと言う。それで街はずれに訪れてみると、なんとそこは洞窟だった。師匠は人との関わりをあまり好まなかったが、それにしては行き過ぎではないだろうか。

 

「師匠? ジョナサン師匠?」


 私はカンテラを照らしながら洞窟の中に入っていく。

 洞窟とはいえ、人が暮らす最低限の部屋と機能は備わっていた。

 

「どこにいるんですか師匠?」


 寝室と思しき部屋に入ると、むせ返るような血の臭いがした。

 そして師匠は、寝室のベッドで倒れていた。

 貴族と思しき女性に喉を食いつかれて。



「なんてことだ……」


 師匠が死んでいる事も驚きであったが、その死に方が異様だった。何故人に喉を噛みつかれているのか。一体どういう事が起きたらこんな風に殺されるのか。そして女性も事切れている。

 一体どうやって貴族と知己を得たのかも不思議だったが、何よりも不可解なのは、妻とおぼしき女の人が師匠を襲ったのか。

 結婚式の仲人どころではなかった。

 探偵まがいの事をしなければならないとは思いもよらなかったが、とにかく何故死んだのか原因を突き止めたい。

 部屋に何か無いかを調べてみると、寝室ベッドのサイドテーブルに手紙が置いてあった。

 一体何が書かれている?


”自分はついに意中の人を見つける事が出来た。私のような朴念仁を慕ってくれて、なおかつ気立てもよく可愛らしいお嬢さんだ。とはいえ、年齢差がありすぎて一見すれば親子にも間違えられてしまうほどだが。

 エルヴィンが彼女を見たらなんと言うだろうか。

 ともかく、貴族の人びとと人脈を作るのは中々骨が折れた。だが一度信用を得てしまえば何気ない集いにも誘われるようになった。身だしなみを整える事も覚えたし、何よりも私はあのエルヴィンの師匠であり、シンダール寺院に仕えていた過去もあるとなれば貴族達はこぞって私とのつながりがあると自慢してくれたものだ。

 

 あの娘と結婚したい。


 だが親である貴族のマディウス殿は許してくれるだろうか。

 マディウス殿は辺境にありながら野心的な方で、三人の娘の二人は既に別の有力貴族との婚姻を結んでおり、恐らく娘のアデリーン殿もそういった政略結婚に使われる事は間違いないだろう。

 所詮私は一介の僧侶に過ぎない。僧侶でも妻を持つこと自体は許されているが、地位のある僧侶ならばともかく私のような、地位の低い僧侶では無理であろう。

 となれば、駆け落ちしかない。

 いずれ私は街を離れる事になるが、その前にエルヴィンにだけは祝福してほしかった。

 彼だけが唯一の弟子だ。せめて弟子にだけは祝福してもらいたいものだ。

 手紙を出してみて、来てくれればささやかな結婚式を開きたい。

 彼には仲人をお願いしよう。その日が来るのが楽しみだ。”


 紙にはそう書かれていた。

 駆け落ちとかやるな師匠と思っていたが、つい紙の裏を覗いてしまった時に彼の狂気を垣間見てしまった気がする。文字が書きなぐられている。


”彼女は渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない 渡さない、私だけのものだ”


「ひっ!」


 紙をはらりと落とすと、床一面に何かが散らばっているのに気づいた。さっきはベッドや壁の血に気を取られて気づけなかった。

 床には本が数多く散乱しており、その中の一つを拾い上げてみる。

 ハードカバーの本にはタイトルも何も書かれていないが、装丁された皮の素材に違和感を持った。なんか、妙に気味が悪いと言うか……。

 その中身は更に恐ろしい物だった。

 死体を使役する術や、死者の魂を呼び戻す術の方法などが記されている。


「なんてことだ……! 師匠、なぜ死霊術なんかに手を出した?」


 僧侶でありながら死霊術に手を出すと言うのは、それはすなわち神の創った世界に対する冒涜に等しい。人の死体を徒に操るのは僧侶としてあるまじき行為である。そもそも、僧侶が蘇生を行える魔法を使えるのも神の許しがあってこそであり、本来であれば死んだ人間を蘇生させるというのも厳密に言えば人の世の理に外れている行為なのだ。

 

 ここで私に一つの疑問が浮かび上がる。

 人づきあいの苦手な師匠が、娘とどうやって仲良くなれたのだ?

 異性と並ぶだけでも赤面する師匠が、年ごろの娘と話なんて出来るはずもない。

 私が師匠の弟子でいる間、ついぞ女性と話をした所を見た事は無かったと言うのに。

 

 これは私の推理に過ぎないのだが。

 もしかして師匠は、何らかの言い訳を用いて娘と接触し、彼女をここに連れてきたのではないか。その後に殺して死霊術を使い、彼女を思いのままにしようとしたが失敗し襲われて喉を食い破られて死んだ。

 恐らくアデリーンはゾンビとして復活させられたのだろうが、ゾンビはよほど術者が優れていなければ大抵は人肉を求めてふらつくだけのアンデッドになってしまう。

 師匠の死霊術は幾ら本を集めて調べたとはいえ所詮は素人のやる事、何かの不備があったのは間違いない。

 思えば師匠は、私が師匠の下を離れる一年前くらいからしきりに結婚したいとぼやいていたような気がする。だが女性と話す事も出来ずに悶々とした思いを重ね、ついには拗らせてしまったのだろうか。

 

 生きている人と結婚できないなら、せめて死者と結婚しようと――。


 死者と結婚するという風習が、かつてはこの地域にもあったというのは噂で聞いた事がある。いわゆる冥婚というものだが、それだってとっくに死んだ人や架空の人物を作り上げてその人と結婚するのであって、生きている人を殺すのはやってはいけない事だ。法と倫理に外れている。何より殺された娘とその家族が可哀想だ。

 そもそも死体と結婚したのを私が見せられて、仲人を喜んでやると思っていたのだろうか。師匠は拗らせたのを通り越して、間違いなく狂っていた。

 死体と駆け落ちなど、冗談でも笑えない。

 早い所まずは当事者のひとりである貴族に相談しなければ……。


 私は死体に十字を切り寝室を出ようとした時、背後から物音がした。

 背後を振り返る。

 そこには喉笛を食い破られたまま、立ち上がる師匠の姿があった。


「……ただいま、そしておかえりエルヴィン」


 不浄な黄色い光に包まれている師匠は、もはや人でない存在に成り果ててしまった。

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