僕とお嫁さんの朝

くれそん

第1話

「禁則事項です! それはルール1にていしょくします」


 朝っぱらからうるさいのが現れた。何が禁則事項だ。ただ牛乳を出してきただけで騒ぐんじゃない。


「もうもう」


「牛かよ」


「牛さんじゃないよ。禁止だって言ってるのに……」


 我が家には犯してはいけない三つの戒律がある。

 そのいち、料理はお嫁さんにさせること。

 そのに、夜遅くならないこと(例外規定なし!)。

 そのさん、お嫁さんとの記念日を忘れないこと。


 この規則に違反すると、妻が不機嫌になる。「もう口きいてあげない」とか言ってふくれっ面になるけど、三時間ともたずに話しかけてくる。酒が入っているときに、こっちも怒ってんだよと無視しちゃうと、涙目で抱っこちゃんになるから少し面倒くさい。


「冷蔵庫もお嫁さんのせいいきなんだから!」


「お前の中で、聖域は何個存在するんだよ」


「とにかく! ルール1にていしょくします!」


「はいはい。悪かったって、(君が起きてたら)もうしないよ」


「ムム、含みを感じるけど……よろしい」


 こいつのチョロさが結構好き。でも、冷蔵庫に触るなは横暴だ。さては、「遅くまで起きれない」とか言いながら、俺にもたれかかっているときは、隣で何をしているか見ていないな。晩酌だぞ。何なら熱燗もやるぞ。「お嫁さんのせいいき」でも何でもないじゃん。


「わかったから、朝ご飯を用意してくれ」


「お嫁さんの腕の見せ所だね」


 こいつ、だいぶバカだけど、料理の腕だけは一級品なんだよな。喧嘩の翌日にお前でも料理はできるんだなって言うと、でっへっへとか不思議な笑いを浮かべながら上機嫌になるから困るぜ。鈍感って最強ね。


「今日飲み会だから」


「えっ……」


 この世の終わりみたいな顔して、食器を落とす。こんなことばっかりするから、食器はすでにプラスチック製のみだ。ためらいなく砕くからな。


「いやいや、おかしいだろ。この1週間毎日言ってるじゃん」


「お、お嫁さんと飲み会どっちが大事なの!」


「飲み会」


「ふぇぇん。いじわるー。お嫁さんはもう不貞寝します。弁当は冷蔵庫の中段で、お米は炊けてるんだからー。」


 つまり、「お嫁さんのせいいき」に侵入していいんだね。やっぱり、聖域でも何でもないじゃん。冷蔵庫を開けてみると、今日の朝の分なのか何品か用意してある。腕の見せ所かもしれないけど、もう準備は万端だったのね。


 炊き立てのご飯で不格好な握り飯を作り、弁当と一緒にしてカバンにしまう。このまま行ってもいいけど……。

 階段を上がって左側、寝室の扉を開けるとお嫁さんは頭まですっぽりかぶっている。扉を開ける音が聞こえたのか、ピクリと反応したけど、不貞寝してるアピールなのか出てこない。


「日奈子ちゃん」


「お嫁さんは、不貞寝しているから聞こえないの」


 くぐもった声でそんなこと言ってるけど、今時そんなこと小学生でも言わないから。


「飲み会からはできるだけ早く帰るから」


「本当!」


 ガバッと身を起こす。「不貞寝している」んじゃなかったのかよ。

 あっ、思い出したな。逃がさないぞ。また布団の中に逃げ込もうとするのを、素早く捕まえて阻止する。


「本当だよ。ちゃんとタルトも買ってくるから」


「タルト……何の事だろ?」


「はいはい、ルール3に抵触します。これで飲み会とそうさーい」


「わ、忘れてないんだから。ただ、ちょ、ちょっと出てこなかっただけで……」


 かわいい奴め。ウリウリと頭を撫でまわす。首がぽっきっといっちゃうでしょと、手を払い除けてくるけどかわしながら続ける。そんなんでぽきっといっちゃうんなら、君は100回以上お陀仏しているから安心しな。


「じゃあ行ってくるから、いい子にしてろよ」


「子供じゃないもん」


「はいはい」


 本当にかわいい奴め。おもむろにこっちに顔を向けてくる。


「ひよこちゃん、ご飯は自分で食べるんだよ」


「違うもん。もうもう」


 彼女の額に軽いキスを落としてから、寝室を後にする。


「わかってんじゃん。いじわるー」


 今日も1日頑張れそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕とお嫁さんの朝 くれそん @kurezoul

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ