それも多分愛

久遠マリ

あなたはわかっているだろうけれど知らないでしょうね


 身体が弱くて屋敷に籠りがちだった時に、窓からよく見ていたのは、近所を駆け回る自分と同じ年かさの子供たち。楽しそうに遊ぶ姿が羨ましくて仕方がなかった。ようやっと丈夫になってきたのは七歳頃。その遊びの輪についていくだけだった私に、一番に声を掛けてくれたのは彼だった。皇国の第一皇子の親戚であるということなど夢にも思わなかっただろう。

「お前も来いよ」

 彼にその言葉を貰った時から、私は、己に制約を課して生きてきた。

 彼の邪魔になってはならない。

 彼の笑顔を己が曇らせてはならない。

 彼を貶めるような真似をしてはならない。

 何事も、彼に先んじて恥をかかせてはならない。

 常に彼の力になること。

 常に彼の言葉と共に在ること。

 そして、これは全て、私の望みの下に実行されるべきであること。


「……三月経ちましたね、レム。仲睦まじいようで何よりです」

 黒き嵐の子、などと呼ばれることは屡々あったが、今までそれは戦場に立つ時のみであった。だが、南の国が我が国へ六度目の侵攻をしようとしてから三月、私の心は常時嵐である。暴風を伴って叩きつける雨に、荒れ狂う海は高波を生む。何とか宥めすかして鎮めていた。もしかしたら漏れているかもしれない。

 けれど、目の前の彼は、私の心中が穏やかでないことには、気付かない。当然だ。彼がいついかなる時も良い気分でいられるのが、私の望みである。隠すことなどとうに慣れていた。

「まあ、ああまで言われちまうとな、無碍には出来なかったな」

「結婚など出来ない、なんて仰っていた癖に」

「……案外いいもんだぞ。というか、お前、まだだったよな」

 にやっとだらしなく笑って、彼は酒を煽る。城下町の一等地にある雪待亭はその屋根に雪を抱き、年始を迎える為に作られた寄木細工の人形で壁は飾られていて、すっかり年末の様相を呈していた。目の前には鉄板、その上には焼いた腸詰肉……ぱりっと香ばしい皮、破けたところからは肉汁が滴っている。強い酒によく合う。大きな鍋に入っているのは、外つ国より取り寄せた牛の乳に食材を投入して火にかけた煮込み。寒い冬に身体の芯からあったまる、優しい味。取り分ける為に大き目の匙が突っ込まれている。

 私は底の深い器を取って、乳煮込みを掬い取り、彼の目の前に置いた。ほかほかと漂う湯気。

「はい、どうぞ……私は婚姻には興味がありませんので」

「……お前を放っておかない乙女は多いだろうけれどな。強い、顔がいい、身分がいい。最高じゃねえか」

「そこを見て貰っても困るのですよ」

 本当は違う。彼より先に結婚などしない、と、自分で決めていたのだ。

「まあ、中身もしっかり見て貰えるような人がいいな。お前は自分を出すのが苦手そうだし」

「……そう見えますか」

「何か、俺にも色々と隠しているだろ、多分」

 恐ろしい男である。レムロク・ハリエンジ、天性の何かで人をこうも簡単に見抜き、篭絡する。生まれが平民である故に皇族へ上がることは不可能だが、武の才能を伸ばし、将軍にまで上り詰めた。時代が違ったら大陸の主となっていたかもしれない。そういう未来も見てみたかったけれど、今の私にとって、皇国は素晴らしく、住みよい国だ。

「もう少しなあ、色々出して欲しいなあ、お前の上司としては」

「……出してどうしろというのですか」

「お前に話し掛けたくてちらちら見ている奴が一杯いる。副将軍の癖に、お前、あんまり部隊の奴と喋らねえだろ。だから黒き嵐の子とかって呼ばれているんだろうがな……もうちょっと、こう、おれとの温度差をなくして欲しい、おれとしては。そうしたら、もう少し和らぐんだな、きっとな」

 どうやら、思わぬところで彼の邪魔をしてしまっていたらしかった。鉄板の上の肉を切ろうとした手を止めて彼の方を見る。度数の高い酒のせいだろうか、頬がほんのり色づいていて、勇猛な男らしい顔には、優しい微笑み……うっかり視線が合った。真剣だ。

「お前は良くも悪くも気を使う奴だからな」

「……レム」

「結婚するなら、年上とか、いいかもしれんな」

 そっちか。でも、彼が言うのだから、悪くないのかもしれない。私が女ならよかったのに、と思うことは多々ある。でも、男女でないからこそ、今の関係でいられるのだろう、と思うこともある。

 別々の家族になって、子供の話をするのも、いいのかもしれない。

「考えておきましょう」


お題「ルール」

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