犯罪推理のルール
水乃流
犯罪推理のルール
ミステリーにだって、ルールはある。
一番大切なルールは、読者に対して、犯人を示唆するヒントを提示しなければならないことだ。それまで言及すらされなかった人物が、いきなり登場して実は犯人でしたなんて、そんなミステリー誰が読みたいと思う?
もちろん、見せ方にもいろいろなテクニックはあるけれど、読者に対して公平でなければならない。
※※
ミラクル
ある日、彼は大きな舞台で水中脱出のマジックに挑戦した。二千人は入るホールでの実演、その様子はテレビやインターネットで生中継された。彼は一辺が五メートル以上もある巨大な透明の水槽に、南京錠で固定された鎖に縛られた状態で沈められた。さらに、水で一杯の水槽は、鋼鉄の蓋が閉められ、巨大な錠前で閉じられた。絶体絶命、脱出不可能。どうやって水槽から脱出するのか? 誰もが固唾を飲んで。彼のイリュージョンを見つめていた。
ステージ脇に備え付けられた巨大なタイマーが、一分を過ぎ、二分に近づこうとした頃、水中でもがいていたミラクル江波は、ようやく鎖をほどき水槽の中を昇っていく。だが、水槽は鉄の蓋で覆われ、呼吸する隙間もない。どうする?
その時だった。
水中で動いていた江波が、急に動きを止めた。そして、目を見開き驚愕の表情を浮かべた。何が起きたのか?! 観客は息をすることも忘れ、彼に視線を注ぐ。そして!
ぶちっ。
「キャーーーーーッ!」
会場は、悲鳴に包まれた。
ミラクル江波の手足は、強い力で引っ張られたかのようにちぎれた。まるで、ゴムが限界まで伸びて破断してしまったような、そんな音を観客たちは聞いた。水槽は、たちま彼の血で赤く染まり、すでに生気を失った彼の姿を隠していった――。
▼▼
「最初は、多くの人間が演出だと思ったようですよ」
警視庁捜査一課の佐藤刑事が、上司である伊藤警部補に聞き取り調査の結果を伝えた。
「本来の演出では、
「ふん。手品の種なんざ、聞くもんじゃねぇな」
「警部補、手品じゃなくてイリュージョンですよ」
「規模がでけぇ手品じゃねぇか」
まったくこれがから昭和生まれは、と佐藤刑事は小さくため息をつきながら、舞台上の水槽を見あげた。すでに(血で赤く染まった)水は抜かれている。もちろん、四肢がバラバラにされた江波利夫の死体も、病院へと運ばれ、今頃は検視が行われているはずだ。佐藤刑事と伊藤警部補の前には、ついさっきまで死体が置かれていたブルーシートが無造作に置かれていた。
からになった水槽は、所轄の鑑識が総出で丁寧に調べている。脱出用の仕掛けの他には、水槽の底に排水溝があるだけで、人間の手足を引きちぎるようなしかけは見当たらない。
「イリュージョンの仕掛けを知っていたのは、スタッフ数人だけだそうです。一応、控え室に集めて待機させていますが……尋問しますか?」
「まぁ、話は聞いとかないとな。念のため、ひとりずつだ」
「了解です」
「
「それが、最近急に売れたものだから、いろいろとあちこちで顰蹙を買う行動をしていたようです」
「それも聞かないとなぁ」
長いヤマになりそうだと、伊藤警部補は頭を掻いた。
「しかし、誰がどうやって殺したんだろう?」
途方に暮れながら、佐藤刑事は呟いた。自分から手足を引きちぎって死ぬなんてことは、できないだろうから、誰かがやったに違いない。しかし、そもそも衆人環視の中で、どうやって人間の手足を引きちぎることができるだろうか?
「超能力者が、念力でスポーンとやった、なんてことはないですよねぇ」
佐藤刑事の軽口に、伊藤警部補は顔を顰めた。
「なに寝ぼけたことを言ってる。ほら、さっさと聞き取り調査にいくぞ」
「はい」
※※
さて。
もう犯人はおわかりだろうか?
なに? わからない? 分かるわけがない?
うーむ。では、犯人を教えてあげよう。
犯人は、江波利夫が売れる前に付き合っていたかつての恋人で、江波は売れ始めたとたん、手ひどく捨てた女だった。男女の仲は、当事者同士でしか分からないこともあるが、この犯行の動機は、恨みによるものだったのだ。
え? どうやったかって?
犯人の女は、宇宙人で生来持っていた念力で、憎い男の四肢をみんなが見ている前で引きちぎったのだ。ちゃんと、刑事もヒントを言っていただろう? 「超能力者の仕業」って。
そもそも、これはミステリーじゃない。タグを見たまえ。これはSFだ。
なんでもあり。これがSFのルールなのだ。
犯罪推理のルール 水乃流 @song_of_earth
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