終章 図書室塔の聖女と賢者、妖精王の魔法騎士 それぞれの物語。序章
図書室塔の聖女と賢者、妖精王の魔法騎士。それぞれの物語 序章
日差しが、天窓から降り注ぐ。
その下にある自習机には、今日は誰も座っていなかった。
セーラは本を抱えて、とことこと図書室塔の中を上ったり下りたりしていた。
その肩に、マフラーのようにサリエルが巻きついて、セーラの頭に顎を乗せてリラックスしている。
そこに、上級生の男子生徒が入ってきて、二階にいたセーラに向かって声をかけた。
「図書係さーん! 本の返却にきました~」
「はーい!」
セーラは、大きな声で返事をすると、抱えていた本を持ったまま階段をおりた。
以前の図書室塔にはなかった受付のカウンターが、一階のホールに設置されている。ひとまずは仮の、簡易的なものだが。
そのカウンターに本の山を置くと、ノートを広げて上級生から学級と氏名を聞き、返却される本を受け取る。
「はい! また来てくださいね!」
セーラが微笑んで見送ると、上級生は頬を染めてうきうきと帰っていった。
「あいつ、ほんとに本読んでんのか?」
サリエルが目を細めて、開いたままのドアの向こう、男子生徒が浮き足立って帰っていく背中を見た。
「本を読まないのに、本を借りる人なんていないよ?」
セーラが不思議そうに言うと、サリエルは「子供にはわかんないの~」と言って眠そうに目を閉じた。
フランがセスに連れ去られた日から、一ヶ月ほど経っていた。
あの日、セーラがハラハラして塔で待っていると、ぼろぼろの服の上に、学院長のマントを羽織ったハーミットがやってきた。
ハーミットは、ジニアに治してもらったとは言っていたが、あちこちに小さい火傷が残っていた。
魔術の制御ができずに苦しむフランにセーラの声が届く直前、ハーミットは、両手に焔を纏ったままのフランを抱き締めたのだという。
フランは、セーラの声を聞いた直後に、力尽きたように倒れこんで眠ってしまい、両手の焔も消えた。
ジニアは妖精の泉の水で、二人を火傷を治療してくれたという。
フランは意識がないので、学院長が自宅に連れ帰ったが、ケガは治癒したのであとは目を覚ますのを待つだけだと言われた。
セーラとサリエルが驚いたのは、その直後だった。
ハーミットが学院長のマントをめくると、中からジニアが現れた。
ジニアは、セーラに礼をするために来たと言った。
ジニアは、ハーミットとともにセーラの家まで行き、セーラの母親の瞳に、自分の血を分けてくれた。
セーラの母親は視力を取り戻し、セーラは嬉しくて泣いた。ジニアにも、たくさんたくさんお礼を言った。
そしてジニアは、疲れたから今夜はここに泊まると言い出して、セーラの家に一泊して行った。
セーラとジニアはすっかり親しくなった。
翌朝、学院長の屋敷にフランを迎えに行くと、フランはすっかり元気になっていて、今日から学院へ行くといった。
その日、セーラは少し遅れて、フランと二人で学院へ行った。
ハーミットは、ジニアを送って森に行くと言い、学院長の屋敷で別れたが、その後も学院には来なかった。
学院長にハーミットはどうしたのか尋ねると、弟である王様にいろいろとご用事があるのだといわれた。
その後まもなく、学院長も王様に呼び出されて王都へ行ってしまった。
もうかれこれ三週間。学院長もハーミットも不在だった。
そしてセーラとフランは、それぞれ少しだけ、前に歩き出した。
セーラは、今もまだ塔から出ることはできないものの「図書室塔の図書係」という役職を正式に賜り、塔に図書を借りに来る生徒たちの相手をして、勉強の合間に図書の管理をしている。
小さなセーラには難しい仕事だったが、サリエルがずっと傍にいて手伝っている。
サリエルも、地下室にこもるのは、もうやめたようだった。
今日もセーラは、早々に自習を終えて、本の片付けをしていた。
セーラが、返却された図書をそれぞれの棚に返していると、ふと頭上から呼びかけられた。
「おーい、セーラ!」
「フラン。どうしたの?」
螺旋階段のてっぺんから、真っ赤な髪の毛が揺れている。
セーラは螺旋階段を上った。
「
フランは、教室で使っている魔術の教科書と子供向けの魔術の教本を持ったまま、器用に屋根裏部屋を指差した。
屋根裏部屋への階段は、もう封印されてはいなかった。
フランが先にはしごをのぼり、後からのぼってくるセーラに手を貸す。
サリエルがセーラの肩に巻きついたまま昼寝を決め込んでいるので、セーラは少し上りにくそうにしていた。
屋根裏部屋には、あの日と同じように、美しい祭壇に鏡が乗っていた。
『忙しいところすまないな、セーラ。フランも、しっかり勉学に励んでいるようだな』
ジニアは相変わらずの美しさだった。
あの日、血まみれだった足には傷跡ひとつない。
「う、ううん! 大丈夫!」
「ベンガクってなんだ? 虫か?」
同時に答えた二人の子供を見て、ジニアはふっと微笑んだ。
『相変わらずだな。安心した。今日は、二人に頼みがあってな』
「な、なあに?」
『私の娘と、友人になってやってはくれないか?』
「むすめっ?」
驚く二人を尻目に、ジニアは後ろにいる誰かを呼んで、腕を引いて自分の前に出させた。
『は……はじめまして……!』
真っ赤な顔で、上目遣いにこちらを見た彼女は、蜂蜜色の髪をした、セーラとフランくらいの年齢に見える顔つきの、幼い妖精だった。
セーラは、目を輝かせた。
その頃、渡り廊下を学院長とハーミットが歩いていた。
「いやあ三週間ぶりですよ。全く、王も我が弟も、厳しいですねえ」
学院長は肩に手をおいて首のストレッチをしながら、そう言った。
ハーミットはこころなしかくまの出来た顔で、疲れきった声を出した。
「ネイサン。お前などまだマシだ。私は、過去十年分くらいの行動について言及され続けたぞ。もう当分弟には会いたくない。あいつは頭が固すぎる」
「はっはっはっ。兄上が奔放でらっしゃいますからね」
「お前、私を怒らせるのが楽しいようだな」
「今頃お気づきで」
図書室塔が見えたとき、ハーミットは思わず足を止めた。
「ネイサン。あれは何だ」
ハーミットは、開け放たれた扉と、その奥に見える「受付」と書かれたメモが貼り付けられた長机を指差した。
「ああ。セーラから、サリエルと一緒に本の管理をしたいという希望がありましたので、セーラをこの塔の図書係に指名しました」
「地下室から出たのか?」
「ええ。塔からは出られませんが」
「そうか……」
ハーミットはまぶしいものを見るように、陽光に照らされた塔のドアを見つめた。
「フランはどうしている? 少しはまじめになったか?」
「ええ」
答えながら、学院長は思い出し笑いを堪えているような顔になった。
「? 何だその顔は」
「まじめになりましたよ。フラン。貴方を見習うと言って、本を読むようになりました。ここで」
「本を読むのか。それはすばらしいではないか。何がおかしいんだ」
「ええ。そこはまじめになりましたが、教室には前より行かなくなってしまいましてね」
「何? むむ……」
「妖精王ともすっかり親しくなりましてね。魔術師とは違う、将来の夢ができたそうですよ」
「? 何だ?」
学院長は、屋根を見た。その中にある鏡を、思い描いて。
「妖精の里を守るため、魔術と剣を使う、魔法騎士になるそうですよ」
「なんだそれは?」
「誰もやったことないことを目指すそうですよ。教室では、世界が狭すぎるそうです。全然隠れてない、隠者様の影響でしょうかね」
ハーミットは、最後の一言を聞いて、ぶすっとしてそっぽを向いた。
「なら二人ともここにいるのだな、とっとと入ろう」
ハーミットが大またで塔の中に入ると、学院長は「あっ」と言った。
「すみません、ちょっとした用を思い出しました。地下室に行ってから行きます。二人とサリエルはきっと屋根裏に近い階にいますよ。先に行っていてください」
「? おう」
螺旋階段を駆け上がるハーミットと別れ、学院長は地下へと下りて行った。
上から、ハーミットの名を呼ぶ、愛しい生徒たちの声が響いてきた。
セーラは、ハーミットが帰ってきたら一緒にケーキを作ってもらえないかお願いするのだと言っていた。
フランは、魔術を教えてもらうのだと。
今頃ハーミットは、二人の教え子に両側から抱きつかれているに違いない。
明るい声が響くのを聞きながら、学院長は幸せに満ちた気持ちでいた。
そして、地下室のドアの前まで来ると、ドアの横の貼り紙を、そっとはがした。
「この、貼り
微笑んで見上げた図書室塔は、明るい陽光に満たされていた。
この図書室塔から、妖精たちの存在が少しずつ国全体に認知され、太古以来断絶していた妖精の里との交流が、数年後、わずかながら再開する。
妖精たちと人間たちの物語が新たに紡がれ、図書室塔の聖女と、賢者、それから、妖精王を守る魔法騎士がこの地に誕生し、後々まで語り継がれる神話となるのは、はるか、はるか遠い未来のおはなし。
隠者《ハーミット》と図書室塔の少女 祥之るう子 @sho-no-roo
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