法律のないくに

西藤有染

ルールのないくに

 法律なんて無ければ良いのに。

 高速道路で後部座席に座っていた友人がシートベルトを着用していなかったせいで違反の切符を切られた私は、ふとそう溢した。それに対して、同行していた友人がこう反応した。

 法律のない国がこの世界には存在するらしい。

 村か何かの間違いだろうと鼻であしらうと、友人はその場で調べて、見つけたネットのページをこちらに見せようとしてきた。どうやら、本当にあるらしいが、運転中の人間に視界を逸らさせるような真似をするのは、常識的に考えてどうかしていると思う。


 数日後に、飛行機の便を取ったから法律のない国に行ってみようぜと、こちらの都合も聞かずに言って来た事も、常識から外れていると思う。幸いにも、休暇と被っていたので問題無かったのだが。


 飛行機に乗る事約10時間、法律のない国に辿り着いた。さぞ無法地帯地味た所なのだろうと思いきや、空港は立派で、内装も綺麗だった。どんな荒々しい歓迎を受けるのだろうかと身構えていた事もあり、肩透かしを食らってしまった。

 

 空港を出て、目の前に止まるタクシーに乗り込もうとした所で、運転手に止められた。


「乗る前にここにサインしてくれ」


 そう言って渡されたのは、なんとA4用紙5枚分の誓約書だった。こんな物に一々目を通していられないと、誓約書を突き返し、別のタクシーを利用する事にした。しかし、他のタクシーの所に行くと、今度は先程よりも分厚い誓約書を出されてしまった。誓約書を書く必要が無いタクシーは無いのかと尋ねると、ここのタクシーはどこも誓約書を書かなくては乗れないらしい。

 たかがタクシーを利用するのに、誓約書を書かないといけないのは面倒だと思い、その場を離れて別の交通手段でホテルに向かう事にした。そこへ、声を掛けてくる男がいた。


「タクシーをお探しかい?」

「いや、タクシーは良いよ。誓約書を書くのは面倒だ」


 すると、その男は、


「なら丁度いい。うちのタクシーは誓約書を書く必要が無いよ」


と言ってきた。正に渡りに舟とでも言うべき状況に、友人も私もなんの疑いも無くその男に付いていった。

 タクシーに乗り込み、行き先を告げてから暫くして、友人が私に耳打ちして来た。


「なあ、このタクシー、メーターが壊れてないか?」


 言われて、運転席近くのメーターを確認してみると、空港を出て暫く経っているにも関わらず、表示は0のままだった。その事を告げると、運転手は、


「他のメーターで計測してるから気にしないで」


と応えた。友人はそれをきいて安心しているようだが、私は不信感を募らせていた。タクシーメーターは客の目につく所に置かなければいけないし、そもそもメーターを壊れたまま放置しているのがおかしい。警戒心を強めていると案の定、運転手は市街地の手前で車を止め、


「ここからホテルまでの道は複雑だから、別料金になるけど、それでもいい?」


と尋ねてきた。道程が複雑だから別料金になるなど聞いた事がない。いかがわしい雰囲気を感じ取り、ここで降ろしてくれと伝えると、運転手は白い紙切れに何かを書き込み、こちらに手渡して来た。それは、伝票だった。その内容を見て、友人と2人であ然としてしまった。運賃自体も相場より明らかに高く、それ以外にも、席料や荷物料、空調利用代やチップなど、余計な物が多々加算されていたのだ。これは明らかにおかしいと抗議し、警察を呼ぶぞと伝えると、運転手は嫌らしい笑みを浮かべ、

 

「ここは法律のない国、法外な金額を『法外』にする法律も無いし、取り締まるべき法も警察も存在しない。恨むなら誓約書を書くのを渋った自分たちを恨むんだな」


 結局、そのタクシーに高額な勉強代を払った後、なんとかホテルに辿り着き、受付で出された誓約書に素直にサインした。


「間違っても、誓約書を書かせない店やタクシーは利用しないでくださいね。そういう店は大抵やましい事を抱えているか、詐欺かのどちらかですから」


 その言葉は、出来る事なら、タクシーに乗る前に聞きたかった。



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法律のないくに 西藤有染 @Argentina_saito

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