「ここはルールの星、ようこそお客人」

湫川 仰角

「いやすいません、ガス欠を起こしましてね」

 白いクラゲをひっくり返したような異星人が男を迎えた

 何本もの触手が男の目の前をゆらゆらとしている

「なんとか都合してはくれないでしょうか、6惑星距離ほどの推進剤を頂ければすぐに出発しますので」

 男は異星人と目線を合わせようといくらか見繕ったが、やがて諦めた

「いけませんお客人」

「もちろん、お代はきっちり払いますとも」

「いいえ、そちらは無償で提供しましょう」

「本当ですか、それはありがたい」

「ただ、この星ではお客人は丁重にもてなすルールになっているのです」

「もてなし、ですか」

「えぇ、心ばかりですが、もてなされてはもらえないでしょうか」

「しかし、助けてもらってその上もてなしまで受けたとあっては、取って食われても文句は言えませんな」

「ははは、悪いようにはしませんとも」

 逆さまのクラゲはうねうねと触手を揺らめかせた

「我々を助けると思ってどうか」

「それじゃあ、少しだけ」


 そう言って、チュパチュパと音をたてて移動する逆さクラゲの後に、男は続いた



『ルールの星』



 通されたのは、白くて細長い宮殿だった

 どこもかしこも真っ白で、直線で、直角に出来ている

「なかなか興味深い建物ですな」

「美しいでしょう、この星の南北を縦断する同じ作りの宮殿が、全部で16あります」

「そんなに大きいのですか」

「ええ、それがこの星のルールなのです」

「規模の大きいルールですな」

「さぁお客人、まずはこちらの香水をつけてはもらえないだろうか」

「香水ですか」

「えぇ、ルールあるもてなしでして」

「まぁ、構いませんが」

 次はクリームやら塩やら塗り込めと言われるのではないかとヒヤヒヤしながら、男は香水を2、3吹き付けた

「もう少したくさん……いや、結構」

「特に匂い等はしませんが」

「中身は保湿液ですからな」

 そう言うと逆さクラゲは自らにも7、8回香水を振り掛けた

「我々のための儀式でもあるのですよ、乾燥に弱いものですから」

「ははぁ、難儀しますね」


 窓もない、ただただ白い通路染みた宮殿を進むと、真ん中に銅鑼が置かれていた

「ではお客人、その銅鑼の前に立ってください」

 男は従う

「そこで三回まわって、そう、そしたら銅鑼の下にバチがあるでしょう」

「えぇあります」

「そのバチを持って、打つ、打つ、打つ、大変結構」

「趣深い作法ですな」

「この星に古くから伝わるルールです、あぁ待ってバチの置き方は……まぁ仕方ありません」


 それから暫くの間、男は儀式に付き合わされた

 その度に「触手は出せませんか」とか「呼吸の拍数は7チュパ半でお願いします」などと言われるのだが、男はいずれも守ることが出来なかった


 そしてようやく、男はもてなしの席についた

「これは豪勢ですね」

 男の目の前には色とりどりの料理が並び、たくさんの逆さクラゲが給仕に勤しんでいた

「ところで、なぜこの星では来訪者をもてなすルールになっているのです?」

「それは、ルールを守っている生命体を増やすため、でしょうな」

「それは、法律的な意味合いでしょうか?」

「いえ、我々に法律はありません」

「ではなぜルールを守るのです?」

「拘束力を高めるため、でしょうな」

 要領を得ない回答に男は首を傾げた

「ささ、どうぞ遠慮なく」

「……じゃあ失礼して」

「あ! 最初はスープからで……おや、宇宙鴨はお嫌いですか」

 男がさりげなく一皿遠ざけたのを、逆さクラゲは見逃さなかった

「えぇあまり」

「ルール通り順番に食べないと、触手が伸びませんよ」

「いえ、伸ばすつもりはないのですが……」

「私の16本の触手はどうです、まるで宇宙しらたきのようにテロテロで美しいでしょう」

「はぁ、そうですね」

「いけませんお客人、そこは『宇宙糸こんにゃくも目ではありませんな』と言うことになっているのです」

「それもルールなのですか」

「それもルールなのです」

 結局男はルール通りには食べなかった


 別の逆さクラゲがやって来て、男をチラチラと見つつなにやらヒソヒソと話をしていた

「お客人、どうもあなたはルール通りでない」

 話が終わるやいなや、逆さクラゲは男にそう言ってきた

「いや申し訳ない、どうも習慣が合わないようだ」

「仕方のないことなのですが、その場合はもう少しここに滞在頂かなくてはなりません」

「どうしてですか」

「破ったルールの数より守ったルールの数が多くなるようにするためです」

「それはどれくらいで終わるものでしょうか」

「ルールによれば、ちょうど我々の世代交代くらいの期間ですな」


「男は押し黙った」

 そんなに長くはいられません

「男は慌てて立ち上がる」

 しかし、ルール通りでなければ困るのです、というのも……

 いや、申し訳ないが失礼させて貰いたい、船も1惑星距離程度ならまだ飛べるでしょう

「男が席を離れようとした、その時だった」


 」た、大変です!「

 」やぁ、これはどうしたことだ「

 別の逆さクラゲが慌てて走り叫んできた

 」この星のルールが崩れそうです!「

 」あぁいけない、きっとお客人の影響だ!「

 逆さクラゲが気付いた時には、既に男は駆け出していた

 」お、お客人待って!「

 逆さクラゲも追いかけるが、チュパ音が大きくなるばかりだった

 」この星を出たら、最後にを落として行ってください! それだけは、それだけはどうか守って頂きたい!「

 男は脇目も振らずに宮殿を走る

 」必ず、必ずですよぉ!「

 逆さクラゲの叫び声が遠くで響いた


 」なんなのだこの星は「

 男は船に乗り込み、慌てて星を抜け出した

 船の推進剤は補充されていた


 男が星を振り替えると、巨大な16本の白いが、抑え込むかのように星を掴んでいた

 しかもその触手は、今にもその手を離そうとしているかに思えた


 男は恐れを抱いたと同時に、逆さクラゲの言葉を思い出した

 だが、なんて荷物は持っていない

 ダクトテープやコインを落としてみるが、意味があるようにも見えない


 そして、男は不意に思いついた

 これは男の故郷のルールであり、彼らのルールが同じとは限らない

 彼らの言うが同じかはわからないが、それでもそれを落とすことにした


 そうして男は、その奇妙な星を後にした。

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「ここはルールの星、ようこそお客人」 湫川 仰角 @gyoukaku37do

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