とじたぶぶんがセリフに存在したら両手切断
まくるめ(枕目)
とじたぶぶんがセリフに存在したら両手切断
「それがルールだ」
日本最強の「能力者」であるところの山田孝太郎は言った。
「あの。意味がわからないんですが」
「キミ、アウトだ」
山田は、先ほど意味が分からないと言ったばかりの能力者、立川修一を指さした。立川修一は引きつった顔をする。
その山田のしぐさは、某国民的なブラックユーモアまんがのキャラクターによく似ていた。ニタニタ笑うせえるすまんが人に迷惑をかけるという内容の有名なマンガである。
じっさい、山田はかなり太っており、体形はそのせえるすまんによく似ていた。スーツも着ている。顔はそれほど似ていない。
とにかく、その山田は立川をまっすぐ指さした。
ドーン、みたいな擬音が頭に響く。
その瞬間、立川の両手がもげた。
「うっぎゃあああああああああ!」
立川が両手のあった場所から血を吹き出しつつ絶叫する。
まあ、両手がもげたんだから絶叫ぐらいするだろう。
そういうものです。
「痛いなあもおおおおお!」
立川は涙目になって山田に抗議する。
まあそりゃ両手をいきなりもがれたんだから抗議もするだろう。
まったくもう。立川はぶつぶつ言いながら両手を吸い寄せ、もと通りくっつけた。
「いくら僕が、どんなダメージを受けても再生する能力者だからって、けがしたら痛いんだよ!」
「そうか」
山田は愉快そうに笑う。
「だがそれもアウトだ」
山田が再びドーンのポーズをとる。
立川の両手がもげた。
「ウッギャアアアアアアア」
ふたたび両手をもがれて絶叫する立川。
「いったい、どういう……」
私はそう口に出しかけ、そこで言葉を止めた。
状況がまだ呑み込めていなかったが、両手がもげる条件が何らかの「言葉を発する」ことに関係していることは間違いないからだ。
山田の「能力」は「ルール」だ。
とにかく山田が勝手に決めたルールが、山田の周囲の全員に強制され、条件を満たせばどんな超絶現象でも起こるという、すさまじく強力な「能力」である。
山田が仮に「呼吸禁止、ルールをやぶったらタコになる」と言えば、そこで呼吸した者は全員タコになり、床をヌルヌルと海水を求めて這いまわることになる。もちろん山田自身も呼吸したらタコになる。全員呼吸したら全員タコになり、その場に知的生物はいなくなる。そういう「能力」だ。
「いい判断だ」
山田は私に言った。
おそらく私が口をつぐんだのを褒めてのことだろう。
ここは「能力者研究所」だ。
現代の日本では、普通の人間が突然特殊な能力に目覚めることがある。
原因はよく分かっていないが、突然変異した納豆菌の感染が原因だという可能性が高いというのが政府と学者たちの発表だ。そんなわけあるか。ウソももうちょっとましにつけ。
とにかく、納豆菌のせいだろうがなんだろうが、特殊能力に目覚めた人間が存在し、その一部がこの研究所に集められて研究対象になっている。
「ふう……」
立川がもげた腕を吸い寄せ、ふたたびくっつけて再生させた。
彼もさすがに学習能力はあるようで、黙っている。
立川は初老の男で、もともとは左官職人だった。いかにも職人らしい風体の骨ばった男で、麻雀が強そうな顔をしている。
ふつうに壁を塗って人生を過ごすはずだったが、とつぜん肉体がどんなダメージを受けても「再生する」というマーベルの忍者みたいなこれまたチートくさい能力を獲得して、この研究所に来た。
ちなみに私はただの研究員で、特殊能力はない。
「ルールを分かってもらう――」
――ためにちょっと地の文で説明させてもらうよ。と山田は言いだした。
今回の私のルールは簡単だ。セリフを構成する文字の中に閉じた空間があるとだめだ。←例えばこの「。」がまずだめだ。閉じてるからな。と山田は続ける。
さらに山田は言う。閉じた空間というのは、ようするにペイントツールのバケツのやつで塗った時に全部一発で塗れないようなやつだ。たとえば〇はだめだ。でも〇に切れ目があればそれは閉じてないからいい。
さらに言う。つまり閉じた空間があるとだめだから、ひらがなだと「の」とか「お」とか「ま」とか「あ」はだめだ。カタカナだと「タ」がダメだな。ギリギリアウトだ。漢字だと「回」とか「中」とか「月」なんかは閉じた空間があるからだめだ。
だいたいわかった? と山田は地の文でしゃべるのをやめた。
「ふざけんな!」
立川がキレた。
「アウト」
立川の両腕がもげた。
「な」がアウトだ。
立川の両腕が再生した。
「ククク、ゲームが火ぶたを切られた」
山田は不自然な言い回しをする。
この理由はおわかりだろうか。「ゲームの始まり」だと「の」がアウトだし「ゲームが始まる」だと「始」の口の部分がアウト、「火蓋を切る」だと皿の部分がアウトでひらがなにする。「ゲームが火ぶたを切った」だと係り受けがおかしいから、受身形にしたのだ。
めんどくさ!
しかしこうしないと、山田の両腕がもげてしまうのだった。
山田は非常に迷惑な性格で、能力を使って他人に変なルールを押し付け、こういう嫌なゲームを行うクセがある。簡単に言うと、性格が悪い。
これまで山田は研究所で個室を割り当てられていたのだが、能力者がどんどん覚醒して研究所にやってくるので、部屋が足りなくなり、しかたなく相部屋になってもらうことになった。
しかし山田は前述の通りの性格と能力なので、どうしようもなく、とりあえず不死身の立川と組ませ、被害を最小限にしようとしているしだいである。
「あのさあ」
立川が言う。
立川の両腕がもげた。
「あ」と「の」と「あ」がアウトである。
立川の両腕が再生した。
「それってよお!」
立川の両腕がもげた。「よ」と「お」がアウトだ。惜しい。
なぜ「それって」で止めなかったのだろうか。それで意味は通るのに。
立川の両腕が再生した。
この観察の結果わかったことだが、立川の「能力」は、再生が繰り返されると回復スピードが速くなるようだ。だが最短で二行かかるらしい。腕がもげた次の行では腕は再生できないようだ。
「ナんだ?」
山田がカタカナを混ぜて問う。
「な」だとアウトだし「何だ?」だと口がアウトだ。
しかしカタカナだとよく考えたら「タ」と「ロ」しかアウトがないぞ。カタカナだとほとんど拘束がないぞこのルール。ダメじゃないか。
あ、そうか。
半濁音がある。パとかピとか全部アウトだ。
つまり半濁音をしゃべることは両腕喪失に直結する――。
私がそんな風に今回のルールを解析していると、立川は言った。
みんな地の文でしゃべればよくね?
あ、そうか。
山田は言った。
全員地の文でしゃべれば無敵じゃねえか。立川は笑う。
それもそうだな。最初に完全な解決法を出してしまった。
山田が愉快そうに笑った。
おまえさあ、最終的な解決法で出すやつだろ、それ。
立川は大笑いする。
ふむ。どうなることかと思ったが、二人のルームシェアもあながちうまくいかないと決まったわけでもなさそうだ。よかったよかった。
異能力者研究所の閉め切られた空間に、さわやかな風が吹いた気がした。
とじたぶぶんがセリフに存在したら両手切断 まくるめ(枕目) @macrame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます