図書館では静かにしましょう

亥BAR

 静かにしろよ!

『図書室では静かにしましょう』


 誰もが聞いたこと、見たことあるフレーズ。

 図書室という場所に置いて、絶対に遵守すべきルールである。

 このルールを守れないものには、図書室にいる資格などない。今すぐ黙って出て行くがいい。ルールを守れないものは、図書室に居場所などない。


 俺は目の前で明日菜の変顔を見せられていた。


 変顔を見せられていた。


 いや、もっと的確に言おう。

 明日菜は明らかに俺を笑わせにきていた。


「……笑わんぞ?」


 俺は静かにその一言だけ言うと問題集に視線を戻す。こういうのって、周りが静かであればあるほど、小声話がうるさく感じるものである。

 周りを気遣って小さな声で話そうとする奴はいるが、あれは返って気になってしょうがいない。ならいっそ、大声で喋ってルール違反者として出ていってほしい。


「啓太?」

 明日菜に声をかけられ一応顔を上げる。明日菜はさらに気合を入れたらしい変顔を披露してくれていた。

 うん、あとこいつも出ていってほしい。


 完全に無視を決め込み問題集に集中すると決める。これ以上明日菜の相手をすれば、間違いなく啓太までルール違反者として問われかねない。


「啓太」

 無視。


「啓太」

 無視。


「ケイジ」

 誰だよ。


「慶次郎」

 武将かっ!


「ケース」

 入れ物になった覚えはねぇっ!!


 あぁ、ツッコミを入れたい。思いっきりツッコミを入れてスッキリしたい。だが俺はルールを守る。そう、俺は静かにし続ける。


「はい、啓太」

 と、ここに来て明日菜の作戦が変更されたらしい。

 なんと、明日菜はいきなりトランプを広げて俺の前に出してくる。俺の視線から問題集の一問は遮られ、強引に視界へといれてくる。


「……」

 俺が視線を明日菜に向けると、ニコッと微笑んだ。

 トランプのゲームでもさせる気か? だが、それには乗らん。俺はトランプをどけようとするのだが、明日菜はトランプをそっと指さした。


「選んでください」

 そしてこう小声で言ってくる。


 つかの間の無言。明日菜は笑顔を見せたまま。俺は黙って丁重にトランプを明日菜に突き返す。そして、そのままぐっとシャーペンを握り締めた。


 問題集に集中する。だが、その問題集の上にあろう事か明日菜はトランプを並べ始めた。

「おっ!」

 と言いかけ、慌てて声の音量ボタンの小なりを連打。


「おい、何やってる?」

 既に問題集の姿はなくなり、裏面のトランプが場を支配していた。

 しかも、明日菜は俺の言葉を完璧に無視。

「選んでください」


 選んくださいじゃねえよ。

 もし、ここで本当に選んだら明日菜の思うツボ。巻き込まれる。かと言って声を上げて叱るわけにもいかない。それもまた、明日菜の狙いだ。


「選んでください」

 まるで機械のように同じセリフを繰り返す明日菜に向かって、両手を使って強引に押し返す。

 どうぞ、一人で遊んでいてください。


「むむむっ」

 頬を膨らませてこちらを睨んでくる明日菜。正直睨みたいのはこっちですよ、ええ。


 と、やってると明日菜は今度、トランプ一枚をこっちに投げてきた。スペードの4が問題集の問4と重なる。

「……」


 いい加減しつこいぞ。もし、ここでまた突き返してもまた別のことをして邪魔してくる。であるならば、いっそのこと……。


「あっ」

 明日菜が一瞬声を漏らし、慌てて口に手を閉じている。対して俺は投げ渡されていたスペードの4を自分のポケットにしまいこんだ。


 どうだ、これでもうどうしようもできない。

 お前の魂胆は分かっている。手品を見せて、俺を驚かせ声を挙げさそうということだろう。だが、こうなればこっちのもんだ。


 勤しんで勉強に励んでいると、シャーペンの芯がなくなっていた。なんどか、カチカチと押してもでない。

 なので、新しい芯を補充するため筆箱に手を突っ込んだ。


「……」

 ……なんか妙な感触があった。


そっと筆箱を覗くとその中には一枚のトランプ……スペードの4。

「……え?」


 思わず声が漏れる。

 だが、すぐに思考。前もってトランプをふたつ用意していただけだ。そして明日菜がこっそり俺の筆箱に仕込んでいたんだよ。


 実際、ポケットに手を当てるとカードは残っていたし。悪いな、この程度の手品じゃ俺を驚かせるのは不可能だ。

 そうしてカードを確認するためポケットから取り出す。


 もちろん中身はスペードの……キング

「……あぁっ!?」


 こればっかりは本気で驚いて明日菜のほうに視線を向けた。そこには、口に手を当て、声を抑えながらクスクスと笑う明日菜の姿。

 周りに居た人たちの視線も俺に向けられている。


 この視線は……ルール違反者を軽蔑するもの。


 なにこの悔しさっ!?

 やられていることはすげぇくだらないはずなのに、してやられた感が半端ねぇよ!?


 よし、仕返ししよう。でないと気がすまない。何が何でも、こいつを先にルール違反者として図書室からたたき出してやる。

 勉強? おいおい、そんなつまらないものに時間を費やしてどうするよ!!


 俺は問題集をそっと閉じると、二枚のトランプを手に取った。無論、さっきのスペードの4とキングの二枚だ。


 それを持ち俺は不敵な笑みを浮かべた。で、思いっきり破いてやった。もう、ビリっびりに。


「……っ!? ……っ!?」

 そして粉々になった元トランプの紙くずを明日菜に向かって投げつける。


 紙くずが舞い上がり明日菜の頭にいくつかかかる。散り散りになったひとカケラを摘む明日菜は唖然。


 ふっ、トランプは一枚でもかけたら一気に利用価値が少なくなる。俺を騒がせようとしたバツだ。


「……啓太」

 ちょんちょんと俺の手をつつく明日菜。

 悪いが謝ってももう遅い。やっちまったものはやっちまったからな。


「って……ん?」

 明日菜が胸ポケットに手を突っ込んだと思えば、出てくるのは……スペードの4。

「……あぁ!?」

 なんで!?


 散り散りになった紙に視線を落とすも、いつの間にかパズルのように並べられている。しかもハートの4とキング!?

「……おぉ!?」

 なんで!?


 さらに明日菜。指パッチンをするふりをする(無論音はださない)。そして俺の右耳に明日菜が手を触れたかと思えば、折り目やつなぎ目がまったくないスペードのキング。


「……はぁ!?」

 なんで!?


 んで、気がついたときには図書委員の人に引っ張られていた。

「行動がうるさい!!」

 その一言とともに、図書館からつまみ出されていた。


「いや、なんでだよ!?」


 ついに心の底からのツッコミを口から吐き出す。もはやここは図書室外の廊下、ルール無用も無法地帯だ。


「……はぁ、ったく」

 明日菜はわざとらしくため息をつき、壁に貼られたポスターを指さす。

『図書室は静かにしましょう』


 いや、つっこんだの、そこじゃねえよ……


「って……あぁ?」

『図書室は静かにしましょう』というルール掲載のポスターに貼り付けられているトランプ。さっき破れていたはずのハートの4とキング。


「なんでやねんっ!!!?」

「廊下も静かに!!」


 図書委員に再度叱られた俺はクスクス笑う明日菜をよそにさっさと逃げたのだった。



 ***


 後日、図書室であちこちに隠していたトランプを回収するアスナが発見されていた。



※良い子は図書室でのルールはしっかり守りましょう。友だちを笑わせにいく遊びは絶対にやめましょう。

 笑わせたり驚かせたりしていいのは、牛乳を飲んでいる時だけです。

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図書館では静かにしましょう 亥BAR @tadasi

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