そう決まってるんだよ!
宇部 松清
それがルール
「おいちょっと待てこら貴様ァ!」
と、そいつの脇腹を蹴り飛ばす。手加減? しないしない。そういうものだから。
「ぁ
「何するんすかはこっちの台詞だ馬鹿野郎!!」
そいつは2mほど離れたところで俺に蹴られた脇腹を擦っている。
「お前さっきもやらかしたよなぁ?」
「へ? さ、さっき? 俺何かやったっすか!?」
「自覚もねぇのかよ!! 駄目だ駄目だ。お前じゃ話になんねぇわ。上のやつ連れてこい、上のやつ」
「そんな! 俺……俺……今日がデビューで……田舎の母ちゃんにも報告してて……あの……」
「――チッ」
母ちゃんとか卑怯だぞ。
仕方ねぇ、お前の母ちゃんに免じてここは――と思ったけど、こいつもう2回目なんだよなぁ。2度あることは3度あるというし。でも、仏の顔も3度まで、という言葉も……?
いやいや、仏心を出してどうする。
先にルールを破ったのはこいつだぞ?
「……うっ、ぐすっ……。俺、俺、8人兄弟の末っ子で、いちばん甘やかされて育ったんす。小学校入ってもしばらくは母ちゃんと一緒に寝てたんす……。母ちゃんに良いとこ見せたかったんす……」
「馬鹿野郎! 泣くんじゃねぇ!!」
お前ちょいちょい卑怯だよな、母ちゃんの話出すんじゃねぇってさっき言ったろ!?
……いや、言ってないか。
「もう良い。わかった。こんなところでくっちゃべってても仕方ねぇんだ」
「は、はい。それじゃあ……」
「おう。良いよ、続きだ続き」
「その……上司には……」
「良いって。もう時間もねぇしさ。押してんだよ」
「わ、わかりましたぁっ!」
「ほら、とっとと配置に戻れ!」
「はぁいっ!!」
元気よく立ち上がり、そいつは小走りで配置についた。
そして、偉そうにふんぞり返って、大きく息を吸う。
「――ふははははははぁっ!」
こいつ、切り替えはえぇなぁ、おい。その精神のタフさだけは認めてやる。
まぁ、引きずられても気まずいだけだしな。良いけどさ。
「とうとう追い詰めたぞ、龍ヶ崎セイジぃ!!!」
「ハッ、ぬかせ! 行くぞ! 変し――」
「いまだ、死ねぇ!」
「ゴハァッ!?」
「やった! 母ちゃん! やったよ、俺ぇ!!! ほんぎゃあああああああ!?」
「てんめぇ、またしてもかぁぁぁ!!!!!」
「な、何するんすか! 3回目っすよおおおほほほぉぉぉぉお!!」
「それはこっちのセリフだ馬鹿野郎!!!」
もう無理やり変身したわ。
別に出来ないわけじゃないし。
変身した上で繰り出したわ。必殺技(小)。
そりゃあさ、俺だっておかしいとは思うさ。
何だよ『ヒーローがパワードスーツに変身する際は攻撃NG』って。
あとあれだろ、『変身前後の名乗り中』と、それから、『必殺技を叫んでいる時』も。フツーに考えればそこが一番隙だらけなわけじゃん。俺だって逆の立場ならそこを狙うわ。何かもう悪いなーって思って、最近じゃ俺も待つようになったもん。あいつらが変化を解いて怪人体に戻る時とか、どこそこの誰それって名乗ってる時とか、(だいたいしょぼいけど)新兵器登場の時なんかは一旦待つもんなぁ。
「うううう……ぐすっ……。痛いよぉ、痛いよぉ。母ちゃん、俺やっぱり無理だよぉ……」
こいつはこいつで何かもう本気で泣いてるし。
もう何?
俺? 俺が悪いの?
俺、ヒーローとしてこの地域の平和を守ってるだけじゃん?
「あのさ、お前の気持ちもわかるけどな? お前んトコの先輩方も、別の組織のやつらもな? これ、みーんな守って来てるわけよ。こっちもな? そういうルールのもとでやらせてもらってるんだわ」
「だっ……だって……、おっ、おかしいじゃないですかぁっ……。セイジ……ドラゴンレッドさん……隙だらけだったじゃないですかぁっ……」
「だとしても、だよ。隙があったら何しても良いってわけじゃねぇんだって」
「だって……だって……」
「あとな、お前、向いてねぇよ、
「で、でもっ。こ、ここしか、俺のこと雇ってくれるところなんかなくって……ぐすっ」
……だろうな。
何度言っても簡単なルールすら守れねぇんだもん。
「まぁ、就活は大変かもしれねぇけどさ。でも、ここでうまくやれたとしてもだぞ? お前、
「ま、末路っすか……? 幹部昇進からの首領コースですよね?」
「お前の頭の中ハッピーセットかよ。あのな、それはもうスペシャルなやつな? ほとんどの場合俺に負けるわけだからな? 俺に
「ひえっ!? マジすか!? だだだだだって先輩、そんなこと一言も……!!」
「言うわけねぇだろ! 死ぬけど良いですか? なんて。言われたとして、お前も『はい、やります!』とはならねぇだろって!」
「た、確かに……」
すると目の前の――両手がトングのピエロ怪人はぷるぷると震え始めた。まず改造が雑すぎる。両手がトングでどう戦わせるつもりだったんだ、上層部は。咬ませ犬以前の問題だろう。
「だからさ、もうお前田舎に帰れ? な? せっかくピエロ怪人なんだから、玉乗りでも覚えりゃ良いじゃねぇか」
「無理ですよ、僕、自転車も乗れませんし!」
「自転車も乗れねぇやつをなぜピエロにした!」
「あ、でも、俺ん家パン屋なので、これ、使います!」
「お、おお、トングの方でいくか……まぁ良いけど」
だとしてもパンってフツー客が選ぶと思うけどな? 両手トングじゃ作る側にも回れねぇけど、邪魔じゃねぇかな?
というのは黙っておこう。
あと、たぶんこの様子じゃパン屋の方でも何ひとつルールを守れねぇだろうけどさ。あんのかな、パン屋にルールなんて。まぁ、あるんだろうな、どんなところにも。
だけど、こいつが何をしでかそうと、もう正直俺には関係ない。
とにもかくにも、俺はこの目の前の脅威を見事排除したのだ。
ヒーローはそれがすべてさ。
俺の名前は龍ヶ崎セイジ。
またの名をドラゴンレッド。
各地を少しずつ平和にしながら旅をしている流れ者のヒーローだ。
そう決まってるんだよ! 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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