紙とペンとエクソシスト

快亭木魚

編集と先生

「先生、締切間近です!原稿はどうなっていますか?きちんと完成しそうですか?」


ああ、編集者よ。君は目覚まし時計のようにジリジリ言いながら、ドンドンドンとドアを叩く。


君の様な、時間に正確な日本の鉄道のごとき男こそが、世の中を世の中たらしめていることは、私はよく分かっている。


しかし、紙とペンを前にして私にできることと言えば、虚しく顔をしかめることだけだ。


「先生!答えて下さい!」


なおも死神の様にドンドンドンとドアを叩く編集があまりにもうるさいので、私は根負けしドアを開いて編集を迎え入れてやった。


「先生、居留守使おうとしても無理ですからね。原稿は完成してるんですか?締切は今日ですよ?」


「ヤマキさん。あなたは正しい。その正しさが社会を動かしていることも知っている。しかし、私のような小説家は、時に社会に対して反抗的な態度をとらざるをえないことがあるのだ。これは芸術家のサガというものさ」


「完成してないんですね?まったく原稿出来てないことを、なんでさもカッコイイ感じに言ってるんですか~!勘弁して下さいよも~」


「ヤマキさん、確かに人生の本質は間に合わせることだ。人間という言葉に間がある。人は間を埋めてこそ人間になる。間を紙とペンで埋めるのが私の使命であることは、私自身が一番よく理解しているさ。しかし、紙の白さに私は今負けているのだ。見ろ、このまぶしいばかりの原稿用紙の白さを!人の心がこれほどまでに白に茶色の罫線で構成されていれば、思い悩むことなど何もないだろう」


「いや白紙の原稿用紙をこれみよがしに見せびらかして、なにちょっと芸術家っぽいこと言ってるんですか!先生、しっかりして下さいよ!原稿用紙のせいにすんな!」


「このペンを見てみろよ。私のお気に入りのフリクションペンだ。ボールペン字を消すことができるというのは現代の発明だよ。ただ、消せるボールペン字というのは、果たしてボールペン字と呼んでいいものなのか?という疑問はわくがね。このきらびやかな新品のフリクションペンを使ってしまうのが惜しいのさ、私はね」


「ほら今度はペンのせいにしてる~!え、馬鹿なんですか?天才作家として持て囃されてるわりにメンタル弱い先生だから、もうギブアップ気味なんですか?頼りねー!」


「落ち着けよ、ヤマキさん。いい芸術というのは完成に時間がかかるものなんだ。あせっても名作は生まれないんだよ」


「くそ適当なことばっかり言いやがって!先生、せめてアイデアはあるんですか?」


「ああ、アイデアならきちんと浮かんでいるよ。謝罪の力で悪霊を滅するエクソシスト、『シャザスト』の話さ」


「え、シャザイストって何ですか?頭大丈夫ですか?ちょっと冗談やめて下さいよ。謝罪の力で悪霊倒すとか絶対つまらないやつじゃないですか。やめましょう。つまんねーネタはあらかじめやめておきましょう!」


「ヤマキさん、どうして読んでもいないのにつまらんネタだと決め付けることができる?」


「ええ?だってシャザイストってネーミングからしてダサいじゃないですか。出版不況の世の中じゃ手にとってもらうのも困難ですよ、そんなつまんねーネタ」


「ヤマキさん、君はボロを出してしまったね」


「え?何言ってるんですか!つまんねーネタに対して批判しただけですよ!」


「ヤマキさん、すまん!」


そう言って私は自分が右手に持っていたフリクションペンを持ち替えて、ペン先とは逆の部分、尻の白い摩擦箇所を上にしてかまえる。そしてヤマキさんの右手の甲にペンの尻を押し当てたのだ!ヤマキさんの右手の甲がジュウウウと溶けていく!


「ウギャアアア!先生、なんてことをするんですかー?」


「思ったとおりだ。あんた、ヤマキさんじゃない!ニセヤマキさんだ!すまん!」


私はそう言って、なおもペンを使ってニセヤマキさんの顔をこすっていく。すると、顔の皮がはがれて蒸発していき、中から鉄のカラクリの顔が見えてきたのだ。


「ウギャアア!ツマンネー!コンナネタツマンネー!」


「思ったとおりだ!あんたの正体は、ツマンネーを連呼する悪霊カラクリ、ツマンネーター!人間に化けてツマンネーを連呼し人を追い込んで死に追いやろうとする不届き者だ!私は、そんなあんたらのような悪霊を謝罪の力で退治するシャザイスト!シャザイストネーム『シャザイ・オサム』だ!」


ああ、名乗ってしまったよ。


「フリクションとは摩擦の意味!このスマンフリクションペンは摩擦の力で悪霊に攻撃するシャザイストアイテムなのさ。そして私が左手に持つ原稿用紙もただの原稿用紙ではない!」


私はそう言って原稿用紙にペンで走り書きする!


「ニセヤマキさん、すまんです!『ニセヤマキ、アタマカカエテシメツ』と書かせてもらった!この『スマンデス原稿用紙』通称スマンデス原稿は、書いたとおりのことが48秒後に起こるのだ!これが私の力!」


うろたえるニセヤマキさん。だがもう遅いのだ!48秒たち、ニセヤマキさんことツマンネーターは頭をかきむしって鉄の顔の正体を完全にさらけ出す。そして苦悶のすえに体中から煙を出しながらバタンと倒れた。


鉄の顔の目や鼻の部分から悪霊の魂が煙となって蒸発していくのが見える。下級のツマンネーターだったな。


「ニセヤマキさん、私が君を偽物だと見抜いたのは『つまんねーネタ』の連呼だよ。本物のヤマキさんも口が悪いが、いくらこちらのアイデアが悪くとも、読んでもいないのにつまんねーネタとは決して言わない。編集としてのプライドを持ち合わせているのさ」


私がツマンネーターの死骸に話しかけていると、ドアからひょっこりとスーツを着た男が入ってきた。


「うわ、気持ち悪い!なにこれ人形ですか?なんか蒸発してるし!先生、何やってるんですか?不気味な人形使って遊んでたんですか?」


うわー、本物のヤマキさん、マジヤマキさん来ちゃったよ。


「いや、これはほら。あれだよ。小説のネタにする人体模型だよ!銀色の頭がキュートだろう?」


「まったくしょうもないがらくた集めて!先生、原稿は完成したんですか?」


「生まれてきて、すみませんでしたー!」


私はそう言って土下座した勢いで旋風を起こし、マジヤマキさんに当ててしまった。


「うぎゃー!」


ヤマキさんは風で廊下に飛ばされて転がり、気絶する。


「マジヤマキさん、今のはすみませんと土下座した勢いで旋風を起こす謝罪技の一つ『済魔旋風』だ。本当は人間相手に使いたくなかったのだが、すまん、許してくれ!ちょっと気絶してもらうだけだから!気絶してる間に原稿完成させるから!」


そう言って私はマジヤマキさんにマジ謝罪して、急いで原稿にとりかかったのだった。


(終)

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紙とペンとエクソシスト 快亭木魚 @kaitei

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