手紙
リュウ
手紙
今は、AIやロボットが営利を追求する仕事をやってくれる時代。
大学や専門学校は、ただ、技術を純粋に勉強するためのもので、就職をする為に行くことはしない時代。
貧富の差や格差なんて無くなった時代。
みんな同じように、AIが稼いでくれる富を平等に分配され生活していた。
人間は、創造するのが仕事だった。
歌を歌ったって、いい。
小説を書いたって、いい。
絵を描いたって、いい。
着たい服を作ったって、いい。
都会が嫌なら、海や山で暮らしたって、いい。
他人の邪魔をしなければ、大体のことは許されていた。
そう、人間は自由になった。
僕は、そんな時代に暮らしている。
ある日、僕は久しぶりに実家に帰った。
顔を見せることが、一種の親孝行と考えていたからだ。
家に着いてみると、両親は旅行で不在だった。
良心の代わりにいたのが、祖父だった。
「いやぁ、爺ちゃん、元気だった?」
「元気だよ、お前も元気そうだな」
「元気、元気。親父たちは?」
「父さんと母さんは、旅行だ。何とかの海っていう」
「いいねぇ、海なんてさ」
「爺ちゃんは、何してるの?」
「留守番だ。お前の父さんから頼まれてな、お前が帰って来るかもしれないから、留守番を頼まれてな」
「そうだったんだ、婆ちゃんは?」
「家で猫の世話をしているよ。庭いじりとか、やることは沢山あるって言ってたよ」
「元気なら、いいんだ」
僕は、爺ちゃんが妙な事をしているのに気付いた。
「爺ちゃん、何してるの」
「婆さんに手紙を書いているんだ」
「何だいそのペラペラのものと棒は?」
「知らないのか、これは紙、これはペンだ」
と言って、紙にペンでクルクルと丸を書いてみせた。
「おっ、すげぇ。ちょっと、貸して」
僕は、爺さんから、紙とペンを貰い、色々書いてみた。
紙とペンがすれる音、インクの匂いが気に入った。
「どうだ、面白いだろ」
「でも、スマホとかパソコンで、送ればいいのに」
「これで、いいんだ」
「何がいいんだ?」
「好きな相手に自分の気持ちを伝えるんだぞ。
キーボードで打った文字は、誰が書いたって同じだろ。
ところがこれは、違うんだ。
先ず、紙だ。これは、高級品なんだぞ。
この手触り、書いた時のインクのノリがいいのだ」
爺さんの話は、続く。
「大切な人に、一文字一文字、大切に、心を込めて書くんだ。
間違わないように気をつけてな」
爺さんは、手紙を見せてくれた。
「それに、ペンは、持ち方や力の入れ具合も表現される」
と、言って弱く書いたり、強く書いたりした。
確かに、アナログの面白さが出ていた。
「お前も、好きな人に書いてみろ」
僕は、あの娘を思い出していた。
幼馴染だが、とても気が合い、素敵な笑顔が魅力だった。
僕は、結婚したかった。
僕は、手紙を書くことにした。
字なんか書いて事がないので、下手くそな字だった。
爺さんからは、ミミズがはったみたいだと馬鹿にされても書いてみた。
何枚も何も失敗した。
やっとの思いで、気に入ったのが出来た。
爺さんも褒めてくれた。
(よし、この手紙をだそう)
僕は、心に決めた。
僕は、爺さんが教えてくれた紙とペンがとても気に入っていた。
何でも出来そうだったから。
いつでも、どこでも、電池がなくたって、問題ない。
この手紙をあの娘は、気に入ってくれるだろうか?
きっと、気に入ってくれる。
紙とペンとあの娘が居てくれるなら、
僕は幸せなんだ。
手紙 リュウ @ryu_labo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます