泡沫のルール

PURIN

泡沫のルール

「学校ってどんななの?」


 それは、いつもの海でのこと。

 岩場で隣に腰掛けるホウマツが首をかしげました。

 ウタカタは海にひたした両足をちゃぷちゃぷさせ、少し考えてから答えました。


「すっごく面白いんだよ! みんなでお勉強したり遊んだりご飯食べたりするの!」

「……ふうん、そうなんだ」

「そうだ! ホウマツも来ればいいんだよ学校! 楽しいよ!」

 てっきり「うん、明日から行くよ!」という返事が返ってくるものだと思っていたウタカタでしたが、口を結んで黙ってしまったホウマツの顔を見ておや、と思いました。


「どうしたの?」

「行ってみたいよ。でも私達はね、学校に行っちゃいけないの」

「え!? どうして!?」

「……もしかして、知らないの?」

 ホウマツは海水につけていた下半身を、ウタカタに見えるようにひょいと上げました。


 黒曜石のように黒く輝く、すべすべした鱗で覆われた魚のような下半身。

 ホウマツは人魚でした。


「人魚はね、学校に行けないの」

「なんでなんで!?」

「ルールがあるの。学校だけじゃなくて、他の色々なところにも。人魚は人間よりも下だから、一緒のところにいちゃいけないんだって。

 そういうルールなんだから、守らなきゃいけないんだよ」

 ウタカタはとても驚きました。


 けれど、言われてみれば思い当たることがありました。

 学校でも、家族の職場でも、近所のお店でも、遊園地でも、テレビの中でも、人魚を見かけたことはほとんどありませんでした。海にはこんなにたくさんの人魚がいるのに。

 そして、自分自身がこれまでそれを気にかけてこなかったことにも、気が付きました。


「……ごめんね。知らなかった」

「いいの…… だからもう、いいの」

「ねえ、ホウマツ、ルールがあるって言ったよね?」

「うん」

「だとしたら、そのルールがおかしいんだよ。ホウマツが行きたいところに行かせてくれないルールなんて、おかしいんだよ」


 ホウマツは驚きました。みんながちゃんと守っているルールをおかしいという人を、初めて見たからです。


「でも、ルールはルールだし、偉い大人の人が決めたことだし」

「大人でも間違えることはあるんだって。学校で教わったよ。きっと大人の人達が間違えちゃったんだ。

 あたしはね、ホウマツが行きたいところに普通に一緒に行きたいし、大人になっても、ずっとホウマツと普通に友達でいたいの。だから、それを邪魔するルールなんておかしいですって大人の人達に言わなきゃ」


「……大変だよ。きっとすぐには変わらないよ」

「そうかな」

「そうだよ」

「でも、やるよ」

「本当に?」

「うん」


 ホウマツは黙り込みました。

 しばらく黙り込んで、けれど、最後にこう言いました。


「私もやるよ。一緒にやる」


 これが2人の活動の始まりでした。人魚と人間が普通に仲良く暮らせる世界を作るための。




「変なお話だったね」


 ここは学校の図書室。おれは読んでいた本を閉じて、隣の友達に話しかけた。

「うんうん」

 うなずく友達。


「違う本持ってくるわ」

 そう言って立ち上がった瞬間、友達が声を上げた。

「あれ、でもこれ、実話っぽいね。よく見ると表紙に伝記のなんちゃらって書いてあるから」

「本当だ。えー、じゃあこんなこと実際にあったんだ」

「信じられないよね。だってさ」

 おれが顔を向けると、友達は笑ってこう続けた。


「人魚だろうと人間だろうと関係なく仲良くするのなんて、当たり前なのに」


 友達の最新式のタイヤ付き水槽の中で、ピンク色の尾びれが揺れた。

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