このまえのへんじ

赤とんぼ

遅れて届いた返事

 夏が過ぎ、暑さも和らいだ10月中旬。健一と理香子は、健一の家で気持ちの良い秋の夜を過ごしていた。少し開いた窓からはマツムシの声が聞こえる。健一と理香子は一緒にテレビを見ていた。テレビでは、人気の遊園地でロケをしている番組が流れていた。

「あ、ここ人気だよねー。行ってみたいなー」

「そうだな。今度のデート、ここ行こっか」

 健一と理香子は休日が合う日が月に1、2度で、デートもそのくらいの頻度だった。

「ホント!? 絶対だよ! 約束だよ!」

「わかってるって」

「ほんとかなー? 健ちゃん、この前のデートの時もふつうに遅刻してきたし、その前も観に行こうって言ってた映画、結局行けなかったし」

「この前の遅刻はマジですまん! 寝坊した! でもその前の映画は、急に仕事が入ったんだから仕方ないだろ?」

「もー。約束は守らないといけないんだぞー」

「わかってる。次は絶対に約束守るから」

 そんな話をしていると、次の番組が始まった。あるカップルのドキュメンタリー番組で、恋人の女性が不治の病と闘うというものだった。

「えー、かわいそう」

「この女性、辛いはずなのに明るく振舞っててすごいなぁ」

 健一はテレビの女性に感心していたが、その女性は結局亡くなってしまったと聞いてがっかりしていた。

「泣けるー」

「世の中にはこういう人たちもいるんだなー。理香子はさ、もし俺が死んだらどうする?」

「えー、耐えられなくて私も死んじゃうー」

「まじかよ、すげーな」

「それだけ健ちゃんが好きってことなの」

 理香子は、デートに遅刻したり髪型を変えても気づいてくれない健一に不満を感じていたものの、優しくて自分を笑顔にしてくれる健一が大好きだった。

「そういえば、もう付き合って3年になるのか」

「あっという間だよねー。そうだ! 私たち結婚しちゃう?」

 突然の理香子の一言に健一は驚いた。

「どうしたんだよいきなり」

「だってもう2人とも28だし、結婚しててもおかしくないなーって」

「はは、そうだな。それより、俺明日早いからもう寝るけど泊まってく?」

「あー、話らしたー。ってか私も明日早いんだった! 今日は帰るね!」

 理香子は脱いでいたカーディガンを羽織り、笑顔で健一の家を出た。


 10月終わりのある日、仕事から帰宅する途中で理香子は健一を見かけた。

「あ、けんい……」

 理香子は健一に声をかけようとしたが、健一の隣には女性がいた。

「え、奈々……」

 その女性は、理香子の親友の奈々だった。彼氏が自分の親友と浮気をするというドラマを見たことがある理香子は、ついに自分も経験することになるのかと動揺した。同時に、楽しそうに歩いている健一と奈々を見て怒りが湧いてきた。

 その夜、理香子は健一に電話をしたが、健一は人違いじゃないかの一点張り。奈々に聞いても同じだった。素直に謝れば許そうと思っていた理香子は、怒りがおさまらず、持っていたスマホをベッドに向かって投げた。

「どうして奈々が……どうして健一が……」


 11月中旬。あの日以来、理香子は健一に会うことも電話することもなかった。健一から電話がかかってくることもあったが、理香子は無視をするか、出ても「今忙しい」と言ってすぐに切った。

 ある日、理香子のもとに1本の電話が入った。相手は奈々からだった。健一と浮気していることを報告しにきたかと思いながらも、理香子は電話に出た。

「はい、もしもし」

「あ、理香子! 健一くんが……健一くんが……」

 理香子は奈々の声が震えているのに気づいた。

「何? どうしたの?」

「健一くんが、今、車にはねられたの」

 理香子の頭の中で奈々が言ったことが繰り返し流れた。

「えっと……車に、はねられた……?」

「さっきまで一緒にいたんだけど、健一くん、道路に急に飛び出した子どもを助けようとして……。子どもは無事なんだけど、健一くんは走ってきた車をけきれずにはねられて……」

 理香子は、どうして奈々と健一が一緒にいたのかも気になったが、奈々から病院の場所を聞いてそこに向かった。理香子には健一を心配する気持ちもあったが、親友と浮気して事故に遭い、せいせいする気持ちもあった。

 病院に着き、理香子は健一の恋人であることを受け付けの人に伝え、手術室に案内された。手術室の前の椅子には奈々が座っていた。奈々が理香子に気づいて立ち上がったとき、手術室から医者が出てきた。

「健ちゃんは!?」

「手は尽くしたんですが、ここに来たときには心肺停止の状態で……。残念ですが……」

 理香子の頭の中は真っ白になった。今起きていることは現実なんだろうか、何か悪い夢でも見ているのではないのか、そう感じていた。



 それから5日後、理香子の家に郵便が届いた。届いたのはB5サイズの封筒で、差出人が健一になっていた。配達してきた人によると、11月22日に届くように指定日配達をしていたという。死者からの贈り物かと一瞬焦った理香子だが、そう聞いてホッとした。封筒を受け取り、中を開けてみると紙が2枚入っていた。1枚は普通の紙で、もう1枚はやけに分厚い紙だった。普通の紙の方には『この謎解ける?』と書かれていて、その下に数字が書いてあった。



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 この謎解ける?


 25 55 15 94 44゛85 24 94 61゛


(紙とペンがあると便利かも!)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



「何これ? なんかの暗号?」

 分厚い方の紙を見ると『ヒント』と書かれていた。



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 ヒント


 このまえのへんじです

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



「このまえのへんじ? なんのこと? にしてもなんでこんなに分厚いのこの紙。5ミリくらいあるし」

 理香子は厚さの違う2枚の紙に疑問を持ちながらも、健一から届いた謎を解くことにした。

「ヒントが『このまえのへんじ』だけど、なんで全部ひらがな? それに問題の数字の44と61の右上には汚れ? いや、濁点?」

 理香子は数字が書かれた紙を注意深く観察した。44と61の右上には確かに『゛』がある。理香子はとりあえず紙とペンを用意した。


「ヒントが全部ひらがなで書いてあるのが気になるなー。まさかこれ、数字をひらがなに変換しろってこと? でもどうやって……」

 そのとき、理香子は書かれてある数字の1の位が全て5以下であることに気づいた。

「数字2桁でひらがな1文字を表しているとすると、1の位は『あ』から『お』の段を表してるのか? となると、10の位は『あ』から『わ』行を表してるの?」

 理香子は紙に50音表を書き、『あ』から『わ』行の上に1〜10まで、『あ』から『お』の段の右に1〜5までの数字を書いた。



10 9 8 7 6 5 4 3 2 1

わ ら や ま は な た さ か あ 1

ゐ り い み ひ に ち し き い 2

う る ゆ む ふ ぬ つ す く う 3

ヱ れ え め へ ね て せ け え 4

を ろ よ も ほ の と そ こ お 5



「最初が『25』だから『こ』、次が『55』だから『の』、次が……」

 理香子は書かれてある数字をひらがなに変換していった。

「よし、全部変換できた。あと、これとこれに濁点をつければ……『このおれでよければ』?」

 うまくひらがなに変換できたものの、理香子はこの意味がわからなかった。

「どういう意味だろ? ヒントには『このまえのへんじ』としか書かれてないし……」

 と、ふとヒントが書かれた分厚い紙を裏返してみると『こういうのは男から渡すものだよな』と書かれてあることに気づいた。そして、ヒントの紙を念入りに調べてみると、紙の中央部分がやや盛り上がっていた。

「この分厚さ……もしかしてこの中に何か入ってる?」

 理香子はヒントの紙の角を慎重に切り、分厚い紙を2つの層に分けた。

「え、うそ……」

 そこには、ダイヤの指輪と小さく折りたたまれた婚姻届、そして手紙が入っていた。

「どうしてこんなものが……」

 理香子は手紙を開いた。





 理香子へ


俺たち付き合ってもう3年になるね。振り返れば、理香子とのデートのときは何度も遅刻したし、記念日に食べる予定だったケーキも俺が買い忘れちゃったり、色々と迷惑かけてばっかりだったのに、こんな俺と3年も付き合ってくれて本当にありがとう。


この前も、俺と結婚したいって言ってくれて、正直めっちゃ嬉しかった。

それまでは考えてなかったけど、俺も理香子との結婚を真剣に考えるようになった。同封してあった謎には俺の答えが書いてある。俺も理香子と結婚したい。


婚約指輪は男から渡すものだと思って、一緒に入れておいた。

まわりくどいことして申し訳ないけど、理香子の喜ぶ顔が見たくて、奈々ちゃんにも相談して色々と手伝ってもらってた。もし今、俺の隣でこの手紙読んでるなら、満面の笑顔を俺に見せてくれ(笑)


それじゃあ、今日、11月22日、一緒に婚姻届を出しに行こう!

この約束はきちんと守る。あ、あと遊園地もな!

 

健一





「なによ……ばか……」

 理香子は、そばにいない健一に対してそう言ったが、自分のことをこんなにも想ってくれていたのに、浮気したと勝手に勘違いしていた自分も情けなく感じた。すると、ふとあの日の会話が理香子の脳裏に浮かんだ。



「世の中にはこういう人たちもいるんだなー。理香子はさ、もし俺が死んだらどうする?」

「えー、耐えられなくて私も死んじゃうー」

「まじかよ、すげーな」

「それだけ健ちゃんが好きってことなの」



 理香子はおもむろに立ち上がった。

「約束は守らないといけないよね」

 そう言って理香子は家を出て、マンションの屋上へと向かった。テーブルの上に紙とペン、そして涙でにじんだ彼からの最後のメッセージを残して。

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このまえのへんじ 赤とんぼ @tomichan-novel

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