カンニング竹山くん~一回も授業を受けていない教科の試験対処法~

おぎおぎそ

カンニング竹山くん

 期末試験が始まった。

 今日は初日、どうやら日本史の試験の最中らしいが、問題の難易度など、もはや俺にとってどうでもいいことだった。

 問題が印刷された薄っぺらい紙をめくりながら、俺は思う。こんなもの解けるわけがない。何せ日本史の授業なんて一度もまともに受けたことなどないのだから。

 それは、俺が日本史の授業を睡眠時間に溶かしていたとか、真面目女子が言う「えー、予習全然してこなかったー。どうしよー」みたいな比喩表現的な意味ではない。

 マジで一度も受けていないのだ。日本史の授業など。

 一つ大きなため息を吐きながら、俺はこの高校に入学した時のことを思いだしていた。



 私立桜木高校。低偏差値のクセに難関大学進学率100%を誇る謎の高校だ。

 俺がこの高校に入学した当初こんな話を聞いた。

 この学校の試験にはサプライズがある、と。

 周りの生徒達もかなりざわついていたから、よく印象に残っている。そのサプライズとやらが具体的に何なのかまでは教えてもらえなかったが、そのテストを乗り越えないと進級できないこと、そしてそのテストの時には紙とペン、そして度胸を忘れずに持ってくるように、との旨だけはしっかりと伝えられた。

 どうやら今回はこれがサプライズらしい。中間試験の時とはまた毛色の異なるドッキリだ。いやはや、この学校も侮れない。今回はきっちり準備しておいて正解だった。

 一応、俺はもう一度問題用紙に目を通す。だが、何度見てもやはりちんぷんかんぷんだ。中学レベルの知識があれば解けるとか、そういうことではないらしい。がっつり高校レベルの内容の問題が勢揃いだ。

 そうこうしている間にも、時計の針は刻一刻と進んでいる。周囲を見やれば、なんとか点を稼ごうと、この初見殺しの難問に取り組み始める者も出てきた。

 俺もとりあえずペンを握る。周囲からは、とにかく選択肢問題だけでも埋めるか、という動きに見えているに違いない。

 ペンの先、消しゴムが入っているキャップの部分をキュポッと取り外す。試験官の目を盗み円筒形の消しゴムを取り出した俺は、そのままペンを逆さにして中からカンニングシートを引っ張り出した。中身は日本史の年表だ。ビンゴ。読みが当たった。昨日の俺をナデナデしてやりたい。

 これでひとまず点は稼げるだろう。そう思った刹那、俺の隣から声がした。

「先生、トイレに行ってきてもよろしいでしょうか」

 試験官にそう願い出たのは、隣席で試験を受けていた竹山だ。

「ああ。すぐに戻りたまえよ」

 試験官の返事を聞き、トイレに発つ竹山。しかし、その瞬間俺は気づいてしまった。竹山のズボン、右ポケットに生じている不自然な膨らみに。

(竹山……‼ 貴様あの禁断の技、トイレに行ってスマホで答えを調べる《イグザミネーション・セオリー・ブレイカー》、の使い手だったのか……‼)

 大胆にして、豪快。そのあまりの難易度の高さから、使い手は「勇者」とまで称えられる究極の技。それが、トイレに行ってスマホで答えを調べる《イグザミネーション・セオリー・ブレイカー》なのだ。

 俺は額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。ハイレベルな戦いになってきたな。

 周囲の生徒も、竹山に触発されたらしい。この理不尽な試験への対抗手段を各自で取り始めた。

 まず仕掛けたのは、双子のミカとミキだ。トントントントンと、床をたたく音が響いてくる。あれは、モールス信号で互いに答えを教えあう《天使と悪魔の足音》だ。さすがのコンビネーション技だが、初見の問題なのに効果はあるのだろうか。どちらかが歴女でもない限り、あまり意味は無さそうだが……。

 前方の席から咳払いが聞こえてきた。見ると、クラス一の秀才である安田がこれ見よがしに解答用紙を見せつけてくれている。まさか、安田……! 俺に解答を写させてくれようとしているのか……? 確かにお前なら、クラス全員に自分の解答を教えてあげることで好感度を上げる《ラブ・ラブ・ラブリー♡ 天の導き♡》を使うことは容易かもしれない。だが、それは諸刃の剣。お前の間違いがクラス全体の間違いに繋がってしまうかもしれない危険な技だ。そんなリスクを背負ってでも、お前はクラスのために……。泣かせてくれるぜ。

 クラスのアイドル田沢さんも怪しい動きを見せる。おい。止めろ。止めてくれ。鼻の穴からびろびろとカンニングペーパーを出すのは止めてくれ、田沢さん。君だけはマトモだと信じていたのに……。

 田沢さんの隣、ピエール君も何やらイリュージョニックに振る舞っている。何もない空間から日本史の教科書を取り出しているが、あれは一体どういう仕組みなのだろう。ぜひ教えて欲しい。

 クラスはどんどんと騒がしくなっていく。試験官は相変わらず生徒たちに目を光らせてはいるが、注意をする素振りは一向に見せない。

 時計の針だけが、緊迫感のある音を着々と生み出していた。



 田沢さんが鼻血を吹き出し、ミカとミキがタップダンスを始め、ピエールの隣に教科書販売の業者がどこからともなく現れた頃になってようやく、竹山が戻ってきた。やりきった、みたいな表情をしているが、お前が解答を書き写す時間はたぶんないぞ。なんで四〇分もトイレに籠ってたんだよ。時間配分考えとけよ。

 竹山が勇者の面持ちで座席に腰を下ろした瞬間、試験終了の鐘が鳴った。竹山の表情が絶望に変わる。

 試験中なぜか沈黙を貫いていた先生が、タイムアップを確認してついに口を開いた。

「はい。試験終了です。君たちのクラスは、無事、『カンニング』のテストをクリアしました。大胆かつ芸術的な、非常に素晴らしいカンニングでしたよ」

 そう微笑むと、先生は解答用紙も回収せずに去っていった。



 ここは私立桜木高校。低偏差値のクセに難関大学進学率100%を誇る謎の高校だ。

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