最期のラブレター

蔵樹 賢人

最期のラブレター

 亜梨、今までありがとう。僕の人生は君のおかげでとても楽しかった。


「違う。そういうことじゃない。言いたいのはそうじゃない」


 亜梨、君に伝えなくてはならないことがある。僕の余命は後一ヶ月だ。


「いきなりすぎる。いくら何でも引いてしまう。言いたいことを先に書く方がいいかもしれない」


 亜梨、もう一度一緒に暮らさないか。


「唐突だ。別れて三年。それきり一度も会ってないのに。何でって思うよ。それに提案風なのってどうなのか」


 亜梨、もう一度一緒に暮らしてほしい。


「自分の気持ちはこうなんだ。でもだめだ。これじゃあ、一行目読んで捨てられてしまう。やっぱり自分の状態をわかってもらわないと」


 亜梨、君に伝えなくてはならないことがある。僕の余命は後一ヶ月だ。末期のすい臓がんだ。治療はしない。静かに最期を迎えたいと思っている。

 君にお願いがある。最期の一ヶ月、もう一度一緒に暮らしてほしい。

                           愛を込めて 俊之


「ぶっきらぼう。理系の文章。簡潔すぎる。こんなんじゃ亜梨は心を開いてくれない。書き直そう。丁寧に、心を込めて」


 亜梨、君と別れてもうすぐ三年だね。元気かい。さくらのつぼみを見るたびに君を思い出すよ。君と一緒にいた時間は僕にとってかけがえのないものだった。僕の人生の中で一番大切で素敵な時間だったんだ。いろいろあったけど、今の僕には楽しい思い出しか浮かんでこない。

 君に告白した時、上がりまくってうまく喋れなかったのに、君は優しく微笑んでくれたよね。その時、僕は一生君を幸せにするって思ったんだ。

 初めてのデートで芝生広場にピクニックに行った時、手作りのお弁当を持ってきてくれたよね。たこさんウィンナーとか卵焼きとか、子供っぽいなって思ったけど、とても美味しくてそれからは毎回作ってほしいってお願いした。結婚したら毎日幸せな気持ちになるんだろうって思ってた。

 初めての旅行も楽しかった。箱根の温泉だったね。混浴じゃなかったけど、目隠しの竹垣越しにたわいもない話をした。「好きだ」って言ったとたんに人が入ってきて慌てたっけ。でも君が「もう一度言って」と言うから小さい声でもう一度言ったんだ。その気持ちは今でも変わらない。

 小さなすれ違いが重なって僕たちは別れを選んでしまった。でもすぐに後悔したんだ。そして今でも後悔している。ずっと勇気がなかったんだ。


 僕は今でも君を愛している。


 君に伝えなくてはならないことがある。僕はもう長くは生きられないらしい。末期のすい臓がんと診断されたんだ。僕の余命は後一ヶ月ほどらしい。治療しても多少の延命になるくらいだし、放射線で髪が抜けたり、抗がん剤で吐き気に耐えるなんて時間の無駄だ。だから治療はしない。たった一ヶ月しかない命を大切に過ごしたいんだ。


 亜梨、君にお願いがある。僕の人生の最期のお願いだ。最期の一ヶ月、もう一度一緒に暮らしてほしい。


                           愛を込めて 俊之


「どうかな」

「いいんじゃないですか?」

「よかった。もう徹夜だよ。ってかもう昼だよね。寝るよ。寝ていいよね」

「ダメです。はい、紙とペン」

「なにそれ」

「じゃないですよ。冒頭のシーンで最期のラブレターを読む主人公の心の声。そのバックにアップで手紙が映し出される。実物が無かったら撮影できないじゃないですか」

「は? 俺が書くの!?」

「そうですよ、先生。ここに他に誰かいますか?」

「そういうの小道具係がやる仕事じゃないの? 作家の仕事じゃないでしょうよ」

「締め切り守らない先生がいけないんですよ。もう撮影始まっちゃうんですから。わざわざプリンタで印刷して、小道具係に渡して、清書してもらうなんて時間の無駄なんですよ。みんなスタンバってるんですよ。早く書いてくださいね。はいこれ」

「わかりましたよ、書きますよ。そうだ。君、最期のお願いがある。代筆してくれないか」

「あんまり面白くないです。ダメです」


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最期のラブレター 蔵樹 賢人 @kent_k

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