紙と、ペンと、ボクらのイカレ殺人鬼。  -The pen is mightier than the sword-

柳なつき

Isn't it my fair Darling?

 ――ペンは剣よりも強し。




 中学に入っていくばくか経った、茫漠とした誰そ彼たそがれ時のこと。

 ごくありきたりな公立中学校で、ごくありきたりな社会科の授業を受けた帰り道。



 社会科教師の余談で知ってしまった、

 自称文学少年としては、知りたくなかった。

 その言葉が僕の思っていたものと大分違うのだと知って、大層落ち込み、トボトボと肩を落として通学路の住宅街を歩いていた。



 ――文学は何にも勝って世界に影響を与えられるから強い、

 と、いう、凛としていて気高い意味では、


 ――ない。じゃあ、どういう意味なのかっていうと本当は、本来は、



 要はどっかのくだらないえらいヤツが、ペンを持ってサラサラっとサインをするだけで、

 効力がある、実行力がある、どんな武器よりも強い力を持つ、って意味だったらしいけど、



 ――でも今は。ここで僕はまた身を乗り出したのに、



 言論、つまりラジオとかテレビとか、今でいうと何を差し置いてもネットとか、

 そういうところで伝達された情報は、

 剣とかに象徴される直接的な暴力よりも、ずっと、ずっと、人々に影響を及ぼす――



 と、どうやら、そういう意味だったそうで。




 現実の道理に即した理由や経緯に僕はがっかりしてしまったんだよ。



 でもね。

 多少なりとも賢明なる人間だったら、その経験はある、と信じたい。


「ペンは剣よりも強し」――なんて言われたら、よし筆を執って世界を変えるか! って、思うじゃないか。

 僕の、筆で、――世界を、革命してみせるんだ、って。



 思うよね。

 ……思うよね? 普通、だよね、これ?




「ペンは剣よりも強し、か――」

「その通りだねえ」



 ……だれ?



「やあやあ、タレそカレ? コンバンハ」



 振り返れば。

 まだ点いていない電灯の陰から、全身黒タイツでひょっとこのお面をつけた正真正銘の不審者が、ひとり。


「……こん、ばん、は」


 あ。しまった。――反射的に返事をしてはいけないタイプの人だったんじゃないか?



「コンバンハ。イイ子」



 僕は、だらんと、視線を、落とす。

 だって、その手には、チェーンソー。

 ……ああ、武器って、現実に実在しているんだな。



 ……キュイイイイイン、キュイン、キュイオンキュワイイイン、

 ガコッ、ギイギイギイ、ガゴゴッ、ウイイイ、キュイイン、

 キュインキュインキュインキュイン、キュワキュイイイイイイイン……、



 そんなふうに、チェーンソーは鳴る。




 僕は、一歩、二歩、後ずさった。

 そして、そのまま、わああと大声を出して全速力で駆けはじめた。




 市街地のほうへ。すこしでも、人のいるほうへ!

 くそ、中学でも、陸上続けておけばよかった。

 あと、なんで、通行人こんなにいないんだよ!

 後ろから、どんどんチェーンソーの音もケタケタした笑いも追いかけてくる!





 本能的な死の危険に。

 全身のアドレナリンやらなんやら脳内物質は、今頃最高限界値を突破してしまっているはず!





 ――ああ。こういうとき、物語ならどうするんだっけ?

 僕は、このまま、華麗にきれいに逃げ切って、交番かどっかにいたいけな少年よろしく駆け込む?

 それとも、今まさにここで、特殊能力とかに目覚めさせてくれちゃったりする?

 それとも、それとも、意外性を取り入れるなら、僕を追いかけてくるチェーンソー男が、じつは僕を未来や異世界やほかの星から助けに来た、そんな人間だったり、して、






 僕は、つと立ち止まった。






 振り返る。

 男は、チェーンソーを持って、ひょっとこのお面をつけたままだ。




 ……大股で二歩行けば届く距離、でも普通の歩幅なら三歩でもちょっと届かなそうな距離。




「……アンタ、僕を、殺しに、来た?」



 問いかける。

 返事なんて、どう返ってきたって知らない。……問いかけることが、重要なんだよ。





 紙と、ペン。

 そこで紡がれるもの。たくさんの、……物語。

 それに焦がれた者らしく、振る舞おうじゃないか。


 たとえコイツがただの単なるイカレ殺人鬼だとしたって、

 僕は、こうして、自分からみずから問いかけることで、

 すくなくとも、自分の物語の主人公には、

 僕はいま、なれたのかもしれない。




 ……まあ、このあとすぐに、全身を切り刻まれて死んじゃうかもしれないんだけどね。



 それにしても、なんでだろう。

 さっきから誰もいない。ちょっと、あまりにも不自然じゃないか?

 この住宅街は終わりなく無限に続いている気がするんだ。――異世界のごとく。




 まさか、もうここが異世界だなんて、言わないよね、――まるで物語みたいにさ!




 チェーンソー男は、ひょっとこのお面をひょいとチェーンソーじゃないほうの片手で上げた――なにかがかならず、ここから始まる。

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紙と、ペンと、ボクらのイカレ殺人鬼。  -The pen is mightier than the sword- 柳なつき @natsuki0710

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