紙とペンと〇〇

影山洋士

第1話




 須賀田ジュンジは殺された兄の部屋で、なくなっている物がないか探していた。


 兄の遺体は今検死されているらしい。


「どうですか。何かなくなっていますかね?」

刑事が須賀田に尋ねる。


「確実に言えるのは紙とペンです。後は……」




 兄は人気の小説家だった。

古いタイプの小説家でパソコンなどは使わず、原稿用紙にペンで小説を書いていた。ペンもこだわりの物だった。


「紙というのは原稿用紙ですね。編集者もそれがないのはおかしいと言ってました」


 遺体の第一発見者は担当の編集者だった。小説の締め切りが近づいているにもかかわらず連絡がないので、家までやってきたらしい。ベルを鳴らしても反応はなかったが、ドアノブを回してみたら鍵がかかってなかったのでそのまま入ってみた、とのことだった。


 兄は用心深い人で自分の家に家族以外の者を入れることはなかった。

両親はもう死んでいるので、入ったことがあるのは俺と姉だけのはずだった。


 しかし兄とは大分疎遠になっていた。最後にここに来たのも三年も前になるか。

兄が殺された書斎には兄の血痕も残っている。それは見ないようにする。


「……机の上にはいつも書きかけの原稿用紙が置いてありました。その横にはペンが。後、他に何かあったような気がするんだけど、何だったか……」

ないということが分かるということは何か印象的な物のはずだった。


「財布の中のお金は取られてませんでした。だから物取りの犯行ではないと思われます」刑事が説明する。

「お姉さんには先ほど来てもらいました。しかしなくなってる物は分からなかったそうで」


 そりゃそうだろう。姉は俺よりも兄と疎遠なはずだった。


「また何か分かりましたならお電話下さい」刑事は名刺を渡してきた。こちらも電話番号を教えておいた。




 兄弟がいなくなったというのは心にぽっかりと穴が空いたような気分だ。


 現実を認識して寂しさ虚しさが突然襲ってきた。

兄は無口で気難しい人間だった。感情を表にはあまり出さないが、家族のことは信頼している、そういう人だった。



 須賀田は姉に電話した。

「姉ちゃんか。俺だよ」


「ジュンジ……、あなたも家に行ってきた?」姉の声は弱々しい。


「行ってきたよ。刑事に何かなくなってる物はないか、恨んでいる人はいないか聞かれたよ」


「そう……。何て答えた」


「紙とペンがなくなってると答えたよ。後何か一つ部屋からなくなっていた気がするんだけど、分かる?」


「分からないわよ。私があの家に行ったのはもう大分前のことだし」


「そうか」


「ごめんなさい。ちょっと体調が悪いの、またね」


「ああ、分かった」

そこで電話を切った。


 姉は旦那の事業が上手くいってないらしい。そのこともあって体調は芳しくない。


 須賀田はまた兄の部屋からなくなっていた物について思いをはせていた。

原稿用紙とペンを盗むということは兄のファンの犯行なのか? それだと説明がつく。しかしファンが小説家を殺すか? もう小説を読めなくなってしまうのに。





 葬儀はつつがなく終わった。編集者の方が尽力してくれた。兄は生前、葬儀は小規模がいいということを編集者に語っていたらしく、家族葬でことを終えた。犯人はまだ分からない。




 須賀田は葬儀が終わってから日にちが経っても、ずっとなくなっていた物について考えていた。


 兄とは疎遠になっていたが、当然子供の頃はよく遊んだ。週末には父の運転する車で山の渓流に行ったりもしたな。

そこで兄弟姉三人で写真を撮ったり……、そうだ写真だ!


 思い出した。兄の部屋からなくなっていたのは三人の写真が入った写真立てだ。意外だったんだ。兄があの写真を大事にしてたのが。


 携帯で刑事に電話をしようとしたその時、刑事の方から電話がかかってきた。


「須賀田さんですか。お兄さんを殺した犯人を逮捕しました」


「! なんだって本当ですか?」


「ええ、しかし心して聞いて下さい。犯人はあなたのお姉さんです。本人も自供しています」



 声が出なかった。


「須賀田さん大丈夫ですか?」


「……姉が」


「そうです。我々の捜査の結果、お姉さんは度々お兄さんの家に行っていることが分かりました。理由はお金の無心の為です。しかし貸したお金が全然戻らないのでお兄さんから絶縁を言い渡されたそうです」


 須賀田はただただ聞いているだけだった。


「揉めて感情的になったお姉さんがナイフで刺したようです。一度は家から出て行ったそうですが、偽装工作の為また家に戻り原稿用紙とペンと写真立てを持ち出したようです。写真立てはお兄さんが最後に胸に抱えていた物らしいです。それをお姉さんはダイイングメッセージ、告発と捉えたようですね」


「……そうですか、分かりました。ありがとうございました」


 須賀田はそこで電話を終わりにした。




 姉ちゃんはあの渓流で撮った三人の写真を告発と受け取ったらしいが、俺は違うと思う。あの写真は兄にとって大事な思い出だったんだ。それを最後に胸に抱えたかったんだ。俺はそう思う。


 紙とペンと写真立て、姉が持ち去った物は皮肉にも兄が大事にしてたものばかりだった。










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紙とペンと〇〇 影山洋士 @youjikageyama

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