第28話 遺跡

「なあ、俺でも使えそうな便利な魔法を教えてくれ」

 幽霊騒動から一夜明け、俺はセリカと顔を合わせて開口一番にそう言った。

「突然どうしたんですか」

「いやー俺ってさ、この世界に来てしばらく経つのに、便利な魔法とか全然知らないなって思ってさ。せっかくだし知っておきたいじゃん? そしてあわよくば使えるようになっておきたいじゃん?」

「なるほど……。ですが、カイトさんに扱えそうなものとなると……」

 セリカは考え込むような素振りを見せ、おもむろに立ち上がると紙を数枚持って戻ってきた。

「それは?」

「ただの紙です。以前お話した、紙飛行機を飛ばす魔法をお見せします」

「以前って……あのグリシア島のことか」

 あの時は確か、シャルのお父さんがグリシア島の友人に連絡した手段を聞いたはずだ。あの時に紙飛行機がどうのこうの言っていたはずだが……。


「これです」

 セリカが紙を折って作り上げたのは、いわゆるただの紙飛行機だった。特に小細工などはしていない、ごく一般的なものだ。

「これに魔法を掛けます」

 そう言うとセリカは紙飛行機に手をかざした。僅かに紙飛行機が光を帯び始める。そして何をするのかと思いきや、シュッと紙飛行機を部屋の中に飛ばした。

「カイトさん、室内を自由に動き回ってください。紙飛行機が追いかけて来ます」

「え、ああ、わかった」

 無意味に部屋を動き回る。するとセリカの言う通り、紙飛行機は落ちずに俺の背後を追いかけて来た。

「すげえな。これでシャルの親父さんはグリシア島まで手紙を出したってことか」

「おそらくそうだと思います。それではカイトさんもやってみてください」

 俺は数年ぶりの紙飛行機を手早く作り上げた。

「作り終えたら送り届ける人や場所を思い浮かべながら手をかざします。光れば成功です」

「場所でもいいのか。でも、とりあえず今はセリカのことを思い浮かべてやってみるよ」

 頭の中でセリカのことを思い浮かべて紙飛行機に手をかざす。手をかざす。かざし続ける――。


「ダメだ。一ワットも光らねえ」

 俺は持っていた紙飛行機を投げ飛ばした。すると案の定、紙飛行機は俺の願いとは裏腹に正面の壁へと衝突した。

 先端がひしゃげたそれをセリカが拾い、先端を直す。

「そうですね……考えられる理由としましては、カイトさんはいわゆる攻撃魔法しか扱えない――とかでしょうか。今までの傾向を見ても、その可能性は高いかと」

「なんだその暴力的な特性は。ちっとも嬉しくないぞ」

「ですが、誰にも得意不得意があるのも事実です。魔法にもそれは共通しています。カイトさんはおそらく攻撃魔法に特化しているのでしょう」

「補助魔法どころか、日常の便利な魔法も使えないとなると、なかなか不便そうだな」

「今日まで使わずに生きてきたのですから問題ないでしょう」

「……それもそうだけど」

 もちろん頭ではわかっている。わかっていても、やはりトドメの一撃要因としてしか仲間の役に立てないというのは、かなりもどかしいものがあるんだ。

「他には何か便利な魔法ないのか? 俺でも使えそうな簡単なやつ」

「簡単なものというと……占いとかでしょうか」

「……占いはいいや、まったく興味ないし。そもそも占いとか神様とか、そういうの信じてないし」

 まあ地球で一度死んだ時、天使のお世話になったわけだけど……。


「あと簡単なものというと……相手の着ている服を透視できるようになるとか――」

「そんな魔法あるの!?」

「あるわけないでしょう」

 やっぱり! また騙された!

「お力になれなくて残念ですが、攻撃特化のラストアタッカーとしてこれからも頑張ってください」

「……本当に残念に思ってるのかわからないが、そうするしかなさそうだな。結局今まで通りやるしかないってことか……」

「そうですね。せいぜい足掻くがいいです」

 なんだよその悪者みたいな台詞は……。


 セリカが暗黒面に染まってしまったのではないかと不安になっていると、

「こんにちわー」

 元気のある声が勢いよく玄関の扉を開けた。この声には聞き覚えがある。

「ようシャル。それにシノンちゃんも、いらっしゃい」

「こ、こんにちわ師匠! セリカさんも!」

 セリカは小さく頭を下げ、立ち上がった。おそらくお茶の用意をしに行くのだろう。

「いきなりどうしたんだ、二人揃って」

「あれ? おいらたち、カイトくんに呼ばれたよ?」

「え? 呼んでないけど……」

「えー? でも手紙来たよ?」

「これだよ」とシャルから手渡された手紙を見てみると、そこには汚い字で『二人とも俺の家に集合 カイト』と書いてあった。無論、俺はこんな手紙を書いた覚えはない。字だってここまで汚くない。

「これは俺の書いた手紙じゃない。イタズラじゃないか? もしかしてまたプリプリボッチの嫌がらせかも……」

「えー! わざわざ来たのにー! おいらたちの時間を返してよ!」

 んなこと言われても……文句ならイタズラした犯人に言ってくれ。


「あ、それは私が書きました」カメムシ茶をお盆に乗せたセリカがけったいなことを口にしつつ戻ってきた。「お二人にも幽霊のことを紹介しようと思いまして」

「幽霊? 何のこと?」

「昨日、我が家に幽霊が出たんです。それで、ぜひお二人にも紹介して差し上げようかと思いまして」

 なんだその余計な気遣い!? シャルはともかく、シノンちゃんに幽霊はマズい気がするんだけど!?

「幽霊ってほんとですか……? すごいですね……!」

 あれ、意外にも楽しそう……。もしかしてそういうの得意なのか……?


「それではお呼びしましょう。二人とも、幽霊さんと呼びかけてみてください」

「おいちょっと待て。確かに昨日は話ができたが、今日もできるとは限らないんじゃないか。昨日の今日で成仏した可能性だってあるだろ」

「カイトさんの心配はごもっともです。ですが心配ありません。カイトさんが寝ている最中に確認しましたので」

「……それって幽霊と話をしたってことか?」

「はい」

 いつの間に……というか勇気あるな……。


「おーい、幽霊さーん」

 こっちはこっちで勝手に始めてるし……まあいいけど。

 すると、昨日とは打って変わって明るい声が脳内に響き渡った。

「はーい、呼びました?」

 うわ、本当に聞こえてきた……あわよくば昨日で成仏してくれたと思ってたのに……。

「何なのこの声! これが幽霊の声なの!?」

「わたしのことを呼びました? なんの用ですか?」

 なんか昨日よりもフレッシュな声になってるし……たった一夜明けただけで何があったんだよ……。

「あなたが幽霊なの? どこにいるの?」

「わたしが幽霊ですよ。わたしはこの家のどこにでもいます」

 ……どこにでもだと?

「トイレでもお風呂でも?」

「はい。そのどちらにもいますよ」

 ……それ、初耳なんだけど……できれば聞きたくなかったよ……。

 俺はまだまだ喋り足りなさそうなシャルを制し、

「ちょっと俺に話をさせてくれ。おい幽霊、昨日とはまるで別人みたいな声色をしてるがどういうことだ。もしかして二人いるのか」

「いいえ。夜は幽霊らしく不気味な声を出してるだけですよ」

 幽霊らしくとかそういうのいらねーよ……。


 しょうもない理由に呆れた俺に代わってシノンちゃんが、

「幽霊さん、あなたのお名前は……?」

「サダコといいます。以後、よろしくお願いしますね」

 ……幽霊の中では一番嫌な名前だよそれ……。

「ねーねー、どうして幽霊になったの?」

「わかりません。気づいたら地縛霊というものになってました」

「ふーん。苦労してるんだね」

 苦労で済ませていいものなのか……?

「でもカイトさんとセリカさんのおかげで毎日が楽しくなりました。お二人は見ているだけでも微笑ましいです」

「……そりゃどうも」

 褒められてるのかわからないけど一応礼だけは言っておく。呪われたりしたくないし。




「失礼する」

 何やら凛々しい声と共に、我が家の玄関の扉が開かれた。それを聞いたセリカは客を迎え入れるために玄関へと向かう。

「おい幽霊、客が来たから静かにしておいてくれよ」

「わかってます」そう言い残し、幽霊は気配を消した。このまま成仏してくれねえかな。


「カイトくん、おいらたちはどうすればいい?」

「そうだな……悪いけど、二人は二階の俺の部屋に――」

「その必要はないぞ」

 先ほどと同じ声が背後からした。振り返ると、襖の所に立っていたのは以前俺をレムイーターから助けてくれたカッコいい女性だった。

「あ、あなたはあの時の……えっと、確かアイリアさん?」

「やあ、久しぶり。よく覚えていたな。忘れられてると思ったよ」

「さすがの俺でも、命の恩人をほんの数日で忘れるほど薄情ではないですよ」

「ふん、そうか」

 とアイリアさんは鼻で笑った。

「それで、どうしたんですか。もしかして、何かの依頼ですか」

「まあそんな感じだ。……それにしても、随分と変わった家に住んでるんだな」

 襖の所から部屋を見渡しながらアイリアさんは言った。


 セリカが座布団を用意すると、アイリアさんはそれにドカッと座り、

「実は、私は遺跡の調査が趣味なんだ」

「……これまた随分と唐突ですね」

「ああ。単刀直入に言わせてもらうと、キミたちについて来てもらいたいんだ。その遺跡の調査に」

「えっと……ちょっと駆け足過ぎて意味がわからないんですけど……」

「これは失礼。ではもう一度説明させてもらう。私は遺跡の調査が趣味なんだ」

 うん。ここまではわかる。

「私について来てくれないか」

「同じじゃないっすか! 間を省略しすぎなんですよ! 理由を説明してください」

「む、随分と難しい要求をするな……」

 どこがだよ。至って普通だろ。

「わかった。それじゃあ、もう一度だけ説明するぞ」

 もう一度と言わず、理解できるまで説明させてやるぞ。

「私は遺跡の調査が趣味なんだ。だが、知り合いには同じ趣味の人間がいなくてな、常に一人で行動しているんだ。しかし、一人だと何かと不便でな、そこで誰かに協力してもらいたかったんだ。そこでキミたちが便利屋を営んでいることを思い出した。だから協力をお願いしに来た。どうだ!? 実にわかりやすいだろう!?」

「上手に説明できたぞ!」と子供のような眩しい表情を見せるアイリアさん。この人、実は結構子供っぽい……!?

「遺跡……」

 横で話を聞いていたシャルの目が見開いている。いったいどうしたのだろう。

「……たいです」

「え?」

「ぜひとも一緒に行きたいです!」

「え!?」

 シャルのやつ、急に大声を出したりしていったいどうしたんだ!? 何か変なものでも食べたのか!?

「ああ、えっと……シャルちゃんって、遺跡とか未確認生物とか、そういうのが好きなんです。でもアイリアさんと同じように、周りに同じ趣味の子がいなくて……わたしも別に興味ありませんでしたし……」

 そうなのか……確かに同じ趣味の人間が周りにいないってのは、ちょっとかわいそうではあるが……。

「シャルくんも遺跡好きだったのか! こんなところに仲間がいるとは思わなかったよ!」

「はい! あたしも、まさかこんなところでお仲間さんに出会えるとは思いませんでした!」

 ガシッと二人は固い握手を交わした。

 今この瞬間、二人の間には熱い友情が結ばれた。ような気がする。


「ということで、四人とも一緒について来てくれるということでいいかな」

「行くなんて一言も言ってないですけど、まあ別にいいですよ。シャルも行きたいみたいですし」

「いえーい! さすがカイトくんだぜ! ねえねえいつから行きます!? 今からですか!?」

「今からはさすがに無理だ。早くて明日だ。みんなにも準備があるだろう。ちなみに言っておくと、調査は二、三日に及ぶ可能性があるから注意してくれ。食料は向こうで調達するつもりではいるが、手に入らない可能性もあるから少しは自分でも用意しておいたほうがいいだろう」

 泊まりなのか。こりゃあ思ったより大変かもしれないな。家を空けるとなると、ラビの餌のことも考えなければならないし……。誰か頼れる人がいればいいが――。

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制御できない究極魔法 たぬきもどき @tanuki_modoki

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