第27話 ドラゴンと幽霊
まさかの展開から一夜明け、何やら街が普段より慌ただしいことに気がついた。
人々の往来がいつもより激しく賑やかだ。街に出向いていた俺は、今日は祭りでもあるのかと左側を歩いていたセリカに尋ねた。
「祭り……ある意味カイトさんにとっては祭りのようなものかもしれません」
俺にとって……? 何やら意味深な言い方だ。
「先日、観測隊からの報告がありました。それによると、ソラン上空をドラゴンが飛行する可能性があるとのことです」
「ドラゴン!? マジか! ドラゴンって、あのドラゴンだよな!?」
血液が体内を勢いよく循環していくのがよくわかった。セリカの言う通り、これは俺にとって祭り同然だ。創作の中でしか存在できなかったドラゴンを、目の前で見ることができるかもしれないんだからな。
「この世界ではドラゴンは神聖視されています。一部を除いてですが」
「神聖視されていないドラゴンもいるのか?」
「ドラゴンにも性格があります。大人しい個体もいれば、すぐに暴れだすような個体まで様々です」
なるほどな。すぐ暴れだすドラゴンを神聖視するのはさすがに難しいってことだろう。
「で、そのドラゴンが見られるのはいつ頃なんだ?」
「間もなくです」
「間もなく……って、そういうのは早く言えよ! どこで見られるんだ! 見やすい場所に行こうぜ!」
「見やすい場所……この辺りで見やすい場所と言うと、自然公園の花畑とかでしょうか。周りよりも高い位置にあり、周りに建物もないですし」
「よし、そうと決まれば早速――」
俺たちは、モゲラとラビを捕まえた日以来の花畑へと足を運んだ。
花畑には俺たち以外にも多くの人々がいた。本来の目的通りに花を眺めてる人もいれば、俺たちと同じ目的か――頻繁に空を見上げてる人も多くいた。どうやらみんな、考えることは同じらしい。ネットが普及していないこの世界で、よくもここまで統率の取れた行動をするもんだと思わず感心してしまう。
「どうやら、まだドラゴンは現れていないようです」
「そうみたいだな。早く来ねーかな、ワクワクが止まらねえ」
俺は意味もなく体を動かしてると――、
「あ! 二人ともやっほー!」
聞き馴染みのある声がして振り返ると、そこに何やら売り物らしきものを持ったナミがいた。まるで野球場にいる売り子だ。
「二人ともどうしたの? もしかして二人もドラゴン見に来たの?」
「ご名答。そういうナミは……これ、なんか売ってんのか」
「そ。こういうイベントの時はみんな財布が緩くなってるからね。普段は売れないものでも売れるのよ。例えばこれ。ドラゴンのぬいぐるみなんだけど、こんなの普段は絶対売れないのに、今日はすでに三十個近くは売れてるからね」
「盛況だな……」
まあ「ドラゴンのぬいぐるみが欲しい」なんて思うこと自体、滅多にないしな……。こういう日にしか売れないというのはよくわかる。
「なあナミ、ドラゴンがいつ頃来るかとか、わからないのか?」
「その質問、さっきからいろんな人に聞かれて困ってるの。わかるはずないでしょ」
「そうだよなあ……どうにかして早く呼び寄せてくれよ」
無茶言わないでよ……と苦笑いの表情を浮かべるナミ。すると、別の客に呼ばれてどこかへ行ってしまった。
「……行っちまった」
「……行ってしまいましたね。……あ」
どうかしたかと尋ねようとしたその時――突如、周りの人々から歓声が上がった。
セリカも、周りの人々も、みんな空を見上げている。俺も真似して同じように空を見上げると――。
「……あれか」
空の彼方にポツンと小さな影――大きく翼をはためかせているその姿は紛れもなくドラゴンだ。
「本当にいるんだな……ドラゴニアよりも全然でけえ」
「はい、ドラゴニアは五メートルほどの大きさですが、ドラゴンは小さなものでも十メートルはあると言われています」
小さなものでも十メートルか……デカいやつだと二十メートルとかいくのかな……その辺になると威圧感とか凄いんだろうな……。
「なあ、もしもあのドラゴンが俺たちのことを攻撃してきたらどうするんだ?」
「……さあ、知りません。今まで攻撃してきたことがないので。一応迎撃する用意はしているとは思うので、戦いになるんじゃないですか?」
その場合、ドラゴンの攻撃手段はどうなるのだろう。ドラゴンらしく炎でも噴き出すか? それとも巨大な爪か? それとも翼で吹き飛ばしか? どれにせよ、厄介なことには変わりなさそうだ。
それからしばらくの間、ドラゴンはソラン上空を旋回し、やがて姿を消していった。
俺たちはドラゴンの姿が見えなくなるのを見送ってからナミに別れを告げ、家に帰ることにした。
「――あ、そうだ。ちょっと先に帰っててくれないか」
「はい、わかりました」
セリカは俺のことなど欠片も気にしていない様子で自宅方面へと歩いて行った。せめてほんの少しでもいいから俺にも興味を持ってほしいものだ。
「……まあいいや」
俺は人の減った花畑へと舞い戻り、そこに偶然いたナミに事情を話して目的のものを購入する。そして先に帰ったセリカの後を追うように俺は帰宅した。
「ただいま」
「おかえりなさい」小さな声が家の中から聞こえてきた。
声の感じからして、セリカは居間にいるようだ。俺は先ほど購入したものを後ろ手に隠し、セリカの正面に立つ。
「じゃーん! これプレゼント」
俺は背後に隠していた花束をセリカに手渡した。
「……そうですか。花瓶を用意します」
リアクション薄っ! もっといい反応してくれると期待してたのに!
……でもまあ、「いらないので捨てます」とか言われなくてよかったのかもしれない。セリカのことだから、それくらい平気で言い放ちそうだしな。もしそんなことを言われた暁には、きっと数日の間は立ち直れないに違いない。ここは、素直に花を受け取ってくれたセリカにありがとうと言いたい。本来は俺が言われる側のような気もするが、そこは気にしてはいけない。
セリカに花をプレゼントして数日が経過したある日の夜のこと、俺は気持ちよく寝ていたところを何やら聞きなれない物音で起こされた。
聞こえてきたのは何かが倒れる音。俺は眠い目をこすりつつ、その音の原因を探すために階段を降り居間へと降りた。すると、先日セリカにプレゼントした花が入れられている花瓶が倒れているのが目に入ってきた。
「どうして倒れたんだろう……」
心当たりはない。ラビのトッシーは俺の部屋で寝ているし、セリカも寝ているはずだ。考えられるのは風くらいだが、別に今日は強風でもなんでもない。風が原因というのは少々考えずらい。
「冷たっ」
畳には花瓶に入っていたはずの水が飛び散ってしまっていた。
このままでは畳に水が染み込んでしまう。俺はすぐにそれを拭き取ろうと雑巾を用意した。
ドン――。
拭いている最中、この居間の壁を叩くような鈍い音がした。
「……誰かいるのか?」
誰もいない空間に問いかけるも、誰も返事をしない。そりゃあそうだ。もしセリカ以外の誰かが返事をしたら、それは「自分は泥棒です」と認めているようなものだからな。返事がなくて一安心だぜ。
でも、返事がないとそれはそれで不安だ。なんせ、音の原因がわからないんだからな。
念のため音のした辺りを確認してみたが、そこにはただの壁以外何もなかった。もしかしたら外から叩かれた可能性も残されてはいるが、それだと花瓶が倒れていた理由が説明できない。外に出入りできる窓や扉の鍵は全て施錠を確認済みだ。つまり、花瓶を倒した人物と壁を叩いた人物が同一人物の場合、その人物は家の中にいる人物しかありえないということになる。
念のため俺は、同居人であるセリカを起こして何か知らないか確認してみた。
「カイトさんは女性の寝床に侵入するような人ではないと思っていたのですが、失望しました」
「よく寝起きでそんな小言が出てくるな。事情があるんだ。起きてくれ」
眠そうなセリカを起こし、俺は事情を説明した。普段から眠そうな顔をしているとは思っていたが、今は一段と眠そうだ。あっという間に畳の上に座り込んでしまった。
「メイド服じゃないと力が出ません……」座ったままの姿勢で前のめりに倒れた。
「あの服にはそんな力が……!? って、いいから起きてくれ! ぶっちゃけちょっと怖いんだ」
前のめりのセリカの体を揺さぶっていると今度は、
ぽた、ぽた――。
締まっているはずの水道から水が垂れる音が聞こえてきた。
これにはさすがのセリカも不気味に思ったのか、
「カイトさん、蛇口は開けたらきちんと締めてください」
「俺は蛇口を開けてないんだけど……いや、今はそれどころじゃないな。締めてくるからセリカもついて来てくれ」
眠そうなセリカを無理やり背後に携え、俺は台所へとやって来た。
室内には当然誰もいない。俺は注意深く辺りを観察し、音の発生源へとやって来た。
ポタ、ポタ――水滴は等間隔で音を奏でている。俺は不審に思いながらも蛇口がきちんと締められていることを確認し、セリカに尋ねた。
「さっきまで水滴は出てなかったよな」
「そう認識していますが」
「ということはつまり、あっちの部屋に俺たちがいた時にこの部屋に誰かがいて、蛇口をひねったということか」
「ですが、台所から誰かが出てきた形跡がありませんでした。そして今現在、ここには私たちしかいません。ということはつまり――」
「幽霊――か?」
我ながらバカげている推測だと思う。だが、今の俺にはそれくらいしか思い当たる節がない。前に住んでいた人が自殺したという話を聞いていなければ、絶対に提唱すらしない考えだが。
「なあ、もし仮に幽霊だったらどうする? 除霊なんて俺はできないぞ」
「一緒に暮らせばいいのではないでしょうか」
「バカ言うな。お前は怖くないのか? 幽霊だぞ」
「怖くないです。幽霊は信じていないので」
この状況で信じてないってある意味強心臓だな。もはやただの現実逃避のようにも思えるが。
それに、この状況で仮に犯人が幽霊じゃなかったとしたら、家の中に誰かいることになってなおさら怖い。変な話だが、ここはぜひとも幽霊説が正解であってほしいものだ。
「正解で~す……」
「のわっ」
二人して考え込んでいると、不気味な女の声が脳内に響き渡った。
セリカの声ではない。セリカも声が聞こえているのか、室内をキョロキョロ見渡している。
「わたしが犯人で~す……」
「だ、誰だ!? どこにいる!?」
俺は家中に響き渡る声で叫んだ。
「姿は見えません……幽霊なので……」
「幽霊だと……!? ……えっと、こういう場合は盛り塩の用意を……!」
「盛り塩なんかではわたしは消せません……それに、話も聞かずにいきなり追い出そうとするなんて、失礼にもほどがありますよ……」
「う、それもそうだな。それに、どうやらあんたは少しは話が通じるみたいだ。話くらいは聞いてやろう」
俺は自分でもびっくりするくらい冷静に幽霊と対話していた。
「ありがとうございます……ですが、特に用があるわけではありません……」
「……それなら何の用があって自己主張したんだよ。こっちは気持ちよく寝てたんだ。何の用もないのに起こされるこっちの身にもなってみろ。いい迷惑だ」
「話し相手が欲しかったんです……ごめんなさい……」
なんと、幽霊を謝罪させることに成功してしまった。幽霊ってのはもっとこう、理不尽に驚かせてきたり、誰かを呪ったりするものではないのだろうか。
俺は続けて姿の見えない幽霊に問いかける。
「つまり、簡単に言えば、暇だからアピールした、ということか」
「そうです……」
そうなんだ…………。
「はい……久しぶりに人と話せて楽しかったです……それでは……」
それ以降、謎の声は聞こえてはこなかった。
「…………何だったんだ今の……」
俺と同じ表情をしているセリカに尋ねた
「さあ……言葉の通り、本当寂しかっただけなのかと……」
「そうなのかな……なんか幽霊にしちゃあ、随分と人間味のあるやつだったな」
「……そうですね。話し相手が欲しかったという理由はやけに人間らしさがありました。……そんなことよりカイトさん。花瓶に水が入っていないじゃないですか。ほら、水を入れてきてください。私はもう寝るので失礼します」
それほどまでに眠かったのか、セリカはハウスと言われた犬のようにそそくさと自らの寝床へと戻って行った。幽霊が出たってのに微塵も気にしていない様子だ。強心臓にもほどがある。
俺がラブコメ漫画で得た知識では、こういう時に女の子は「怖いから一緒に寝てください」とか言ってくるもんだと思っていたのだが、それは作者の妄想であるとまざまざと見せつけられる結果となってしまったわけだ。
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