第26話 主犯
今後の打ち合わせと言っても、別に大した話はしていない。ただ、依頼は基本的に四人で受けるべきとか、報酬は平等に四等分するとか、そういう基本的なことを確認しただけにすぎなかった。
そして今、打ち合わせを終えた俺たちは、再び四人でモンスターの討伐へと出向いていた。ターゲットはリオネール。つい最近街の近辺で目撃されるようになった、大型の肉食獣らしい。
セリカ曰く、以前ギガネウラを討伐した場所よりさらに遠く、草木が減ってきた辺りが、以前リオネールが目撃されたポイントらしい。リオネールは強襲が得意とのことなので、俺たちはより一層、周囲の様子を注意深く観察すると――。
「あ、見つけました! あそこにいます!」
早々にシノンちゃんが数匹のリオネールを見つけ出した。どうやら数匹でまとまって休んでいるようだ。
「お、ほんとだね~。それじゃあ早速やっちゃいますか!」
「おい、待て!」と呼び止める暇もなく、シャルは攻撃を開始してしまった。「……仕方ない。二人もシャルの手伝いをしてやってくれ」
シャルの独断専行のせいで、せっかく俺が用意した『左右から挟み込んで一網打尽にする』というプランが台無しだ。……まあ倒せればなんでもいいわけだけどさ。せめてもう少しくらいは、俺の意見を聞く素振りくらいは見せてくれてもいいんじゃないかなーって思ったりしちゃったりして。
「……みんなお疲れ。何事もなく終わったな」
案の定、俺は見てるだけで終わってしまった。というのも、シャルとシノンちゃんの魔法のおかげでリオネールに手も足も出させないままあっさりと倒してしまったのだ。
「これで俺が報酬もらうのはなんか申し訳ない気持ちになるな……」
「いいっていいって! 気にしない気にしない!」
「そうですよ! わたしたちはパーティーなんですから!」
「申し訳ねえ。いつかこの借りはきっちり返すよ」
「にゃはは、いつになるかねえ」
「きっと一生来ないですよ!」
クッソ……シノンちゃんにまでバカにされるとは……俺にだってプライドってものが……!
「――カイトくん、危ない!」
シャルが叫んだと認識するよりも早く、俺の背中に強い衝撃が走った。
背中を殴られたような痛みが走る。あまりに突然のことに俺は受け身すら取れず、思わず前に倒れ込んだ。
「いってえ………なんだ?」
いつもの鎧を着ていたおかげで痛みは少ない。どうやらまたしてもこの鎧に助けられたらしい。
「誰だ! 待て!」
「おい、シャル……!」
呼び止める間もなく、シャルは走って行ってしまった。俺は未だに何が起きたのか理解できていなかった。
「セリカ、いったい何が……」
「岩陰から魔法が飛んできました。おそらくカイトさんを狙ったものだと思います」
セリカは俺の背後の岩陰を見た。どうやらそこから魔法が飛んできた――ということらしい。
「魔法が……? それってつまり、俺の命が狙われたってことか?」
そういうことです。とセリカはいつもの口調で言った。悪く言えば緊張感がなく、良く言えば落ち着いているいつものセリカだ。
「どどどどうしましょう!? シャルちゃんもどこか行っちゃいました……! 連れ戻さないと……!」
反対にシノンちゃんはいつも通りの慌てっぷりだ。これもいつものシノンちゃんだ。
「落ち着いてシノンちゃん。セリカ、悪いけどシャルの様子を――」
「あたしなら無事だよ。あいつら、絶対許さねえ!」
悔しそうな表情を浮かべたシャルが戻ってきた。
「シャル、無事だったか。『あいつら』ってどういうことだ」
「やつら、複数人いたんだ。追いかけたけど、さすがに分が悪くて逃げられた。こん畜生! あいつら、覚えてやがれ!」
手のひらに拳を叩きつけているシャルを、とにかく無事でよかったとなだめる。
「とにかく、いったん街に戻らないか? よくわからないけど、ここにいたらまた狙われるかもしれないし」
尻もちを付いたままになっていた体を起こし、街への道を引き返す。
俺は歩きながら、俺のことを狙ってきた犯人のことを考えていた。
犯人はきっと、俺に恨みのある人物だ。俺に恨みのある人物――パッと思いつくのは一人しかいない。
そう――プリプリボッチとかいうあの男。
今日が初対面にもかかわらず、いきなり意味不明な喧嘩を売ってきたあの男なら、俺に恨みを持っていても不思議ではない。不思議ではないが……。
「だからってあれくらいのことで、命を狙ってくるか? 普通」
「普通じゃないんだよ! あいつらは!」
俺は三人を連れて、幽霊屋敷兼自宅へと戻っていた。
シャルの興奮状態は未だ続いている。
セリカはそんなシャルを落ち着かせるためカメムシ茶の用意していた。
「悪いやつってのは普通じゃないからこそ悪いことをするんだよ」
確かにシャルの言う通りかもしれない。日本でも「そんな理由で事件起こすのかよ」って思うような事件は日常茶飯事だったからな。普通じゃない人間はこの世界にも同じようにいるんだろうな。
お茶を持ったセリカが戻ってきつつ、
「そもそも、『命を狙った』というのが間違いかもしれません。彼らは最初からカイトさんを脅かすだけのつもりであのようなことをした可能性もあります」
「なるほど、確かにその線もあるな……」
つまり、最初から俺をバカにするつもりだけだった可能性だ。確かにそれなら魔力が弱かった理由にも納得がいくな。
だがそうなると、なおさら犯人はプリプリボッチくらいしか思いつかないわけだけど……。
すると、ドン――とシャルが机に手をついて、顔を上げた。
「決めた。こうなりゃこっちからやつらをおびき出そう」
「……おびき出す? どうやって?」
「カイトくんとセリカちゃんの二人で行動するの。そうすればやつらはまたやってくる」
「えらく単純だな。おびき出すって発想はいいと思うが、俺だったら罠だと思って近づかないな。どこかに二人隠れてて、挟み撃ちにされるって考えるのが普通だと思う」
「シャルちゃん、わたしもそう思うよ」
「私もです」
「ぐぬぬ……じゃあどうするのさ」
四人それぞれ思い思いのポーズで悩む俺たち。するとシノンちゃんが言った。
「こんなのはどうでしょう」
明くる日、俺たちは再び四人でギルドの依頼を受けていた。今回受けた依頼はモルボグの退治だ。
「いつものことだけど、モルボグについて誰か教えてくれ」
「モルボグってのは大きな鳥のこと。体が重くて飛べないんだけど、その代わりに脚力がすごいんだ。足も速いし、キックも強烈だから近づかないようにね」
また近づいちゃいけないのか……今回も俺は見てるだけになりそうだ。わざと俺が参加できないような依頼を受けていないか不安になるぜ。
とは言っても、今回受けた依頼はあくまでおまけで、メインはやつらの誘導だ。昨日、俺に魔法をくらわせやがったあいつらをとっ捕まえてぎゃふんと言わせてやるのが、今日の最大の目的だ。
「あの人たち、来ますかね……?」
「来るさ」
「根拠は……?」
「ない」
ないんですか……と苦笑いを浮かべるシノンちゃん。きっと呆れているのだろう。
だが俺にはあいつらが来るという自信があった。なんせやつらは本来人に向けて使うことはタブーとされている魔法を平然と俺にぶつけてきたんだ。そんな強気なやつらが、たった一日で嫌がらせをやめるとも思えないし、こうして四人が一緒に行動している状況で手を出してこないはずがないと思ったからだ。
「それに、街中でなんだか俺たちのほうをチラチラ見てくる妙な連中もいたしな」
「え!? 全然気づかなったよ~! にゃはは」
「わ、わたしも全然気づきませんでした……!」
「いいっていいって。そのおかげでやつらが油断して姿を見せるかもしれないし」
「――静かに」先頭を歩いていたセリカが口元に人差し指を当て、足を止めた。「モルボグがいました。シャルさんお願いします」
「あいよー! それそれー! 焼き鳥にしちゃうよー!」
……緊張感がないやつだ。倒せるならなんでもいいけども。
「それはそうとカイトさん」
セリカが何かに気づいたようだった。
「……ああ、俺も気づいた」
「え、な、何かあったんですか……!?」
「シノンちゃん、前を見てて。俺たちが気づいてることに気づかれる」
「もしかして……?」
そう、俺たちから遠く離れた背後に誰かがいる。正体はおそらくやつら。昨日俺のことを攻撃しやがったやつらが、またのこのこと現れたんだ。
「シノンちゃん、準備はいい? もうちょっと引きつけたらやるよ」
「は、はい! 任せてください!」
「シャル、しばらくの間一人で頼むぞ」
「あいよ! 任せておいて!」
だが、その距離からやつらはなかなか近づいては来なかった。シノンちゃん曰く、せめてもう少し近寄って来ないと厳しいとのことなので、あと数メートルだけでも近づいてほしいのだが……。
「仕方ない。ちょっと進んでから戻ってくるか。そうすれば距離も縮むだろ」
モルボグの処理をシャル一人に任せ、俺たちは少しだけ先に進むことにした。まあ先と言っても何もないわけだが、きっとあいつらもついて来るだろう。
少し歩くと、どうやらやつらはシャルのことは無視して俺たちのことを追いかけて来ている様子が見て取れた。予想通り、やつらの狙いは俺なのだろう。
「そろそろいいだろう。よし、シャルの所へ戻ろう」
俺たちは踵を返す。いきなり引き返したらやつらも驚くかもしれないが、それくらいのサプライズならきっと歓迎してくれるだろう。
「ようシャル、変わりはないか?」
相変わらず一人でモルボグの相手をしているシャルに問いかけた。
「問題なーし! でもあいつら、かなり距離を詰めてるっぽいよ!」
「よし、いよいよだな。それじゃあ俺たちも行くとするか」
シノンちゃんの顔を見る。どうやら準備は万全のようだ。
「それじゃあ行きます――ヘイスト!」
シノンちゃんは俺とセリカに加速魔法をかけた。
すぐさま俺たちは振り返り、背後に隠れてる連中の元へと駆けだした。
体が軽い――これがヘイストの力か……! 攻撃魔法もいいが、補助魔法もなかなか魅力的だな……!
俺たちが追いかけてきたことに気がついたのか、やつらも一目散に散り始めた。
だが遅い。俺たちの移動速度はしばらくの間三倍になっている。ただの人間に逃げられるはずがない。一部の連中はヘイストを使えるのか逃げ足の速いやつらもいたが、そうではないやつらは簡単に俺たちに捕らえられることになった。
「さて、話を聞かせてもらおうか。お前らはどうして俺たちの後をつけていた」
「知らねーよ」
「こいつ……! 立場がわかってないみたいだな」
「私に任せてください」
「……いいけど」
セリカとバトンタッチして、何をするのか眺めていると、セリカはいきなり男の胸ぐらを掴み、顔を三回ビンタした。怖い怖い。
「さあ、何のために後をつけていたのか答えなさい」
「てめえ……何しやがる!」
「言わないのでしたらこうします」
何をするのかと思いきや、今度は隣に捕らえられていたもう一人の胸ぐらを掴み、一回ビンタした。
「痛っ……」
「さあ、あなたのせいでこの人が痛い目に遭います。どうします? あなたが話してもいいですよ」
……セリカが味方で心から良かったと思う。こんな拷問慣れしてるやつが敵だったらと思うと……。
「てめえ……卑怯だぞ!」
卑怯って……どの口が言ってるんだか。
「わかった、言うよ」
二回目にビンタされた男が口を開いた。
「お、おい」
「言わないと解放してくれないんだろう? なら言うよ。とは言っても、多分キミたちの予想通りだと思うけどね」
「ということは……」
「そ。プリプリボッチの命令。僕たちはみんなあいつに命令されたんだ」
……そういえばそんな名前だったな。すっかり忘れてた。
「命令された理由は?」
「さあ、キミのことをムカつくとか嘘つきとかは言ってたけど、詳しい理由はわからない」
「……なんであいつの言うことを聞いたんだ」
「お金をもらったからさ」
……金だと? もしかしてわざわざ雇ったのか!?
「お金でももらわなきゃ、こんなことやらないよ」
「……お前も同じか」
隣で不貞腐れた顔をしている男に問いかけた。
「あーそうだよ! 俺たちはみんな金をもらってる」
「あいつの友達だから――とかじゃないのか」
「少なくとも俺たちは違う。もちろん知り合いだが、友達ってほどのもんでもない。そもそもあいつに友達がいるのかすら怪しい」
マジかよ……俺はてっきり、みんなプリプリ野郎の悪友かと思っていたんだが……しかも友達がいないなんて……。
「わかっただろ、あいつはそういうやつなんだ。知り合いたちに金を渡して、自分は何もしない。ズルいやつだよ、あいつは」
確かに話だけを聞いてると、やつはかなりずる賢い性格をしているようだ。救いようのないやつだと思うのと同時に、少しだけ可哀そうなやつだなと思ってしまった。
「よしお前ら、正直に話してくれたから誰が密告したかは内緒にしておいてやる。ただし最後に一つ教えろ。あいつは今どこにいる?」
「おい」
「ん? うおっ!?」
俺が現れたことに気づいたプリプリボッチが素っ頓狂な声を上げた。まさかこの場に俺が現れるとは微塵も思っていなかったらしい
「お、お前! どうしてここに!?」
「偶然だよ。でもその反応を見るに、どうやら正しかったみたいだな」
「偶然だと……!」
もちろん、偶然というのは嘘である。こいつがここにいるという情報は先ほど捕まえた二人に教えてもらったのだ。
「さあ、あんなことをした理由を教えてもらおうか」
「あんなことだと……?」
「とぼけるなって。何をしたかはわかってるんだから」
「チッ、あいつら……」
「さあ、なんであんなことをさせたのか教えてもらおうか、プリプリボッチさん」
「別に。ただムカついたからさ」
「……それだけか? 他にも何か理由があるんだろ?」
「……そうだな、あとは、女の子と一緒にいるお前がうらやましかったってところかな」
「………………はあ?」
「だからうらやましかったんだよ! 俺はいつも一人なのに、お前は女どもを侍らせやがって! どうせあの噂を信じたバカな女どもを従えてるだけなんだろうけどな! それでもうらやましかったんだよ! だから俺がお前の化けの皮を剥いでやろうと思ったんだよ!」
……バカかよこいつ。
「……だからあんなことをしたってのかよ」
「そうだよ。悪いかよ」
「悪いに決まってんだろーが! そんなしょうもない理由でいちいちあんなことしてんじゃねえ! そんなだからお前は友達がいないんじゃねえのかよ! そんなだからお前は人望がないんだよ!」
「う、うるせえ! 殺すぞ! 嘘吐き野郎!」
「やってみろよ! どうせまた誰かにお金を渡して『あいつを殺してください』ってお願いするんだろ!? やるなら自分でやってみろよ!」
「こ、こいつ……!」
プリプリボッチは近くに置いてあった空き瓶を手に取った。そして、殴りかかろうと大きく振りかぶったところで、セリカに吹き飛ばされていた。
「くだらないにもほどがあります。説教する気すら起きません」
「同じく――って、散々説教垂れちまったけどな」
俺は足元でうつ伏せで倒れているプリプリボッチの隣にしゃがみ込んだ。
「お前はまずお金に頼るのをやめとけよ。そんなだから仲間もすぐにお前のことを裏切るし、信用もされないんだ。お金じゃ友達は買えないぜ」
返事はなかった。反論しようと言葉を探しているのか、正論を言われて何も言い返せないのか――もしかしたら、誰よりもそのことをわかっていたのは目の前の本人だったのかもしれない。
後日、あの時セリカが拷問した男の一人が我が家を尋ねてきて、プリプリボッチのその後について教えてくれた。なんでも、やつはあれからも昔のままちっとも変わってないらしい。少しくらいは変わってくれることを期待していた俺は、それを聞き少なからずショックを受けた。
「ほんと、どうしようもないやつだな」
「ですが、一つだけ変わったことがあるんです」
「なんだ? 期待していいのか?」
「いや、期待していいのかどうかは……」
やけに歯切れが悪いので、無理やりにその先を話すように促すと、なんとやつはセリカに蹴られた後遺症からか、痛みを味わうのが好きな、かなりのドM体質になってしまったらしい。
予想外の展開に、俺は言葉を失った。よかったなと言うべきか、申し訳ないと謝るべきかわからなかったのだ。
「でも本人は満足しているみたいですよ。新しい世界が見れたとか言って」
そうなのか……まあ本人が満足しているならそれでいいか。
それにしても、まさかたった一蹴りで一人の人間の性癖まで変えてしまうとは――セリカ、おそるべし。俺は蹴られないように注意しようと心に決めたのは言うまでもない。
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