第25話 フェニックス、またの名をプリン

 翌日、爆睡から目覚めた俺は宣言通り、セリカとトッシーを連れて自然公園へとやって来た。セリカ曰く、ラビは散歩をしてもしなくてもどちらでもいいとのことだったが、ずっと家にいるのも良くないと思い連れ出したのだ。

「おー食え食え。うまいか?」

 その辺の雑草をもしゃもしゃ食べるトッシー。ただの草なのに実に美味しそうに食べるやつだ。


「あー! ラビ!」

 背後から幼い声がしたので振り返ると、そこには声の主であろう一人の少年と、その母親らしき女性の姿があった。

 ラビが好きなのかと思い眺めていると、少年はおもむろにトッシーへと近づき、何を思ったか突然トッシーの体を持ち上げた。

「うーん、違う」

 違う?

 何が違うんだろう。まさか、この生き物はラビではないと申すのか?


 トッシーの真の正体について考えていると、少年の後ろにいた母親らしき人が、

「突然すいません。実は、我が家で飼っていたラビが逃げ出してしまいまして……見かけたりしてないでしょうか。お腹の部分に黒い三日月模様があるのですが……」

 そういうことか。いきなり「違う」って言うから何事かと思ったぜ。

「うーん、見てないですね」

「そうですか……もし見かけたら教えてください。今日は夕方までここを探すつもりでいるので」

「わかりました」そう伝えると、二人は去って行った。

「迷子ねえ……このトッシーも迷子みたいな感じだったし、あまり他人事とは思えないな。無事に見つかってくれればいいけど……。なあセリカ、ラビの嗅覚で仲間を見つけたりできないのか?」

「ラビはそこまで鼻が利きません。カイトさんの想像しているようなことはおそらく無理でしょう」

 となると、やはり地道に探すしかないわけか。仕方ない。散歩ついでに探す程度にとどめておくか。




 公園内の散歩を終え、いざ帰宅しようというタイミングのことだった。昼間の親子のことなどとうに頭の中から消え去っていた俺の目の前に、一匹のラビが姿を現した。

「……絶対あいつじゃん」

 せっかく見つけたのだから捕まえない選択肢など存在しない。「ちょっとこれ持ってて」とセリカにトッシーの首と繋がっているリードを手渡し、俺は目の前のラビへと向けて駆けだした。こいつもトッシーと同じラビなら、こちらに突っ込んでくるはずだが――。

 すると予定通り、ラビはこちらに突っ込んできた。やはりこいつもただのラビだ! 捕まえることなど容易い!


「ぐへっ」

 強烈なタックルを腹にもらった。だが俺は離さない。そのままラビを抱きかかえる。

「はい捕まえた! こら暴れんな! 無駄な抵抗すんな!」

 だがその抵抗は無駄ではなかった。

 人差し指の付け根辺りに鋭い痛みが走ったのだ。そう、指の付け根をガブッと一噛みされていた。

「痛いわボケ! 畜生……すっかりゴム手袋のこと忘れてた……」

 咄嗟にラビを離してしまったせいで、俺はラビの姿を見失ってしまった。建物の影にでも入り込んだのだろうか。

 だが噛まれた際に一瞬だけ見えたぜ。お腹の部分に三日月模様が入っているのをな。どうやら今のが探してたラビで間違いなさそうだ。


「カイトさん」

「ん、なんだ?」

「はい、ゴム手袋です」

「遅いわ! ってか持ってたのかよ!」

「いつでも準備万端ですので」

「やかましいわ」

 クッソ……ラビの野郎め……どこ行きやがった……? 次見つけたら絶対に捕まえてやるからな、覚悟しやがれ……!

 俺は絆創膏を貼った手の上にゴム手袋を装着し、逃げたラビの捜索を開始する。

「さあて、どこ行きやがった? あのラビ野郎。俺の手に傷を付けたこと、後悔させてやる」

 草むらの中、木々の裏、建物の影まで幅広く探した。が、その痕跡すら見つからない。やつめ、いったいどこへ消えたんだ? そう遠くまでは逃げてないはずなんだが。

「カイトさんカイトさん」

「あ? 今度はなんだ?」

「ラビが逃げたのはそっちではありません。あっちです」

 セリカが指差したのは俺の行こうとしている方向とは正反対だった。

「……そういうことはもっと早く言ってくれる?」

「カイトさんも普通に気づいてると思ってました。噛まれた拍子に見失ってたんですね」

「ああ、結構な痛みだったからな――ってそんなことはどうでもいい! 早く探すぞ!」


 セリカの示した方向を探すと、やけにあっさり見つけることができた。ついさっき見逃した、白い怪物だ。今度こそ絶対捕まえてやる……!

 俺はまたラビへと向けて駆け出す。

 するとなぜだろう。俺に気づいたラビは、一目散に反対方向へと逃げだした。

「おいセリカ、あいつ、突進はどうしたんだ」

「おそらく、カイトさんのことを危険だと認識したのでしょう。捕まったら殺される――と」

「つまり、もう突進はしてこないってことか。だとしたら、あとは体力勝負ってことかだな。必ず捕まえてやる……!」

 意気揚々と駆け出したまでは良かったが、案の定、俺のスタミナが切れるのが早かった。とてもじゃないが、動物相手に俺の貧弱な体力で勝てるわけがなかった。

 畜生……あのラビ野郎……ケツ振って挑発してやがる……かわいいじゃねえか……。


「あー! ラビだ!」

 またもや背後から聞き覚えのある声。見ると、あの時の少年だった。

 ナイスタイミングだ。こいつなら、俺が追っかけ回さなくてもなんとかなるかもしれない。

「おい少年、あのラビがお前の探しているラビだ。お腹の部分に模様もあったし間違いない」

「ほんと!? おいでフェニックス!」

 なんちゅう名前だよ。別にいいけどさ。

 すると、ラビ――フェニックスは名前を呼ばれたことに気がついたのか、少年の元へと駆け寄って行く。

 そして、熱い抱擁を交わすと見せかけて少年のお腹にタックルした。

「ぐはっ」

 予想通りの展開に、思わず苦笑いが出た。

 少年はうずくまる。結構苦しそうな声を出していたが大丈夫か?

「大丈夫……慣れてるから……」

 うずくまっているせいでとても大丈夫には見えないが、まあ本人が言うなら大丈夫なのだろう。俺はうずくまる少年の隣で少年をダウンさせた張本人を摘まみ上げ、少年の母親へと手渡した。

「ありがとうございました……。プリンちゃんがいなくなってしまい、とてもとても心配で……」

「……プリン? フェニックスではなく?」

「息子はフェニックスと呼んでいますが、私はプリンと呼んでいます。そのほうがかわいいので」

 名前くらい統一してやれよ……そんなだから逃げられたんじゃないのか……?

 少年と母親は俺たちに頭を下げると仲良く帰って行った。フェニックス――またの名をプリン、強く生きろよ。

「……ところでカイトさん、便利屋として仕事を受けなくてよかったのですか?」

「どういう意味だ?」

「便利屋として仕事を受けていればお金が入ってきます」

「つまりお前が言いたいのはこういうことか。フェニックスをお金と引き換えにすることもできたのにもったいない――と」

「そうは言っていません。そこはカイトさんの解釈に任せます」

 いや絶対そういう意味じゃんそれ。

 せっかくハッピーエンドっぽく終われたんだから後味悪くしないでくれよ。

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