第24話 三倍
強い衝撃を覚悟していたが、しばらくしても何も起きなかった。どうやら天は俺を見放さなかったらしい。
鈍い音がして、恐る恐る目を開ける。すると、目の前では思いがけないことが起きていた。
レムイーターがよろめいている――。
わけがわからず呆然としていると、その巨体にはあちらこちらから強力な魔法が放たれていた。
「その調子だ、どんどん撃て! 攻撃を絶やすな!」
あ、あの人は――。
「カイトさん、こちらです。さあ、早く!」
背後からセリカの声がして、俺は助けられたのだと認識できた。
腰が抜けて立てなっていた俺は、セリカ、シャル、シノンちゃんの三人に半ば強引に引っ張られ、なんとかレムイーターの前から無事に避難することができた。
「もう、何してるのさ! 無茶しすぎだって!」
ごめんなさい。
「いくら師匠と言えども、今回ばかりは独断専行すぎます!」
次からは相談します。
「彼らに出会わなければ、死んでいたかもしれません」
俺もそう思います。
三人から順々に説教を受け、俺は意気消沈していた。そしてようやく解放され、やっとのことで助けに来てくれた人たちについて尋ねることができた。
「カイトさんが一人でどこかに行ってしまってから間もなくして、私たちは彼らと出会いました。そしてカイトさんのことを伝えると、急いで助けに向かってくれたのです」
「そうだったのか……ちゃんと礼を言わないといけないな……」
見ると、俺と対峙していたレムイーターはまだ暴れている。俺が助けられてからも執拗な攻撃を受け続けているのに生きていられるなんて、化け物にもほどがある。あんなのと戦おうとしていた俺って、もしかしなくても、とてつもないバカだったのではないだろうか。
レムイーターのしぶとさに敵ながら思わず感心していると、背後から聞き覚えのある凛々しい声がした。
「やあ、無事だったか」
「あ、あなたは……!」
声を掛けてきたのは、森に入る前に村で出会ったカッコいい女性だった。
「さっきぶりだな。まったく、森の中には入らないほうがいいと忠告したというのに……」
「……すいません」
「……やつはもうじき倒れるだろう。それにしても、あれだけのやつと対峙してよく無事だったな」
「自分でもそう思います。もし、また同じ目に遭ったら助かる気がしません」
「次は我々も助けられないからな」
女性は笑った。
「あの、俺はカイトって言います。あなたのお名前は……」
「アイリアだ。カイト、キミの噂は聞いているよ。なんでも、とてつもない魔法を使うらしいじゃないか」
「い、いやあ、そうみたいですね、あはは」
……まあ、制御できないんだけども。
「だが、この森の中でそれを使わなかったのか正しい選択だ。もし使っていれば、今頃もっと悲惨な状況になっていたに違いない」
使おうとしたけど使えなかっただけなんですけどね……。まあこれは黙っていることにしよう。結果オーライってやつだ。
「そういえば、もしかしたらこの島にはあともう一頭、レムイーターがいるかもしれないって――」
「そのことなら大丈夫だ。一頭は我々がすでに倒しておいたからな。この島にはもうレムイーターはいないはずだ。だから安心していい」
「……そうですか、よかったです」
一安心すると、大きな音がした。
見ると、俺が対峙していたレムイーターが膝をつき、倒れていた。
「それでは我々はもう行くとする。キミたちは依頼人に『二体倒した』という報告をするといい」
「……いいんですか?」
「構わない。我々は討伐数に応じて報酬が支払われるわけではないからな」
そう言うと、アイリアさんは仲間たちを引き連れて去って行った。
「なんて言うか、カッコいい人だったな」
「ですねー……女騎士っていいなあ」
シノンちゃんが憧れの眼差しを抱いている。もしや、早速俺から鞍替えか!?
「それじゃあご厚意に甘えて、さっそく依頼人に報告しよっか」
俺たちは村に戻り、ノッポのおっさんを呼び寄せてレムイーターの亡骸を確認させた。まさかこれほどの大きさだとは思ってなかったのか、おっさんは亡骸を見て大層驚いていた。
「それじゃあこれ、成功報酬ね。ちゃんと二倍にしておいたから確認しておいて」
「…………さい」
「え?」
「三倍ください」
……シャル? 何言ってんだ?
「あたしたちは死にかけました。とてもじゃないけど二倍程度じゃ命と釣り合いません。本来なら四倍、いや五倍は請求するところですが、今回はパパの知り合いということで三倍にしておきます」
んな無茶な……。まあシャルの言い分もわかるけども……。でも今回は、そういう契約で依頼を受けちまった俺たちのミスなわけであって――。
「そ、そこまで言うなら仕方ない。確かに、僕もこんなヤバそうなやつらだとは思ってなかったからね。シャルちゃんの言う通り三倍支払おう」
……言ってみるもんだなあ。
結局俺たちは三倍の報酬をもらい、ソランへと帰ることになった。船の前にいたピレットさんが戻ってきたシャルちゃんを見て、心底安心した表情をしていたのが妙に印象に残っている。
「長いようで、短い一日だった……」
午前中はギガネウラ、午後はレムイーター。今にして思うが濃密すぎるだろ。
「はは、お疲れさまだよ。まあ無事で何よりだね~」
「初の四人パーティーが、まさかこんな命懸けになるとは思わなかったです……」
「だな。まさに命懸けって言葉が相応しいよ」
だが、おかげでパーティー内の絆も深まった気はする。お互いがどんなやつかってのもわかっただろうしな。
「それもこれも、カイトさんがろくに考えずに依頼を受けるからです」
「……反省してます」
「……まあ止めなかった私にも責任はありますが」
「別にフォローする必要はないよ。全部事実だし……。それより、さっきから妙に慌ただしくないか? 何かあったのかな」
先ほどから船員たちがやたらと動き回っている。俺はたまたま通りかかった一人の船員を捕まえて、
「何かあったんですか?」
「それが、クラーケンが出たみたいで……」
「クラーケン!?」
クラーケンって、巨大なタコだかイカだかの化け物だよな? ここにはそんなのまでいるのかよ。
「まさか戦うなんて言わないよな……?」
「まさか、戦わないですよ。そりゃあ襲われれば撃退はしますけど、今回クラーケンが現れたのはここから離れた所ですから大丈夫です。よければ見てみたらどうです?」
「え、見たい。どこどこ?」
子供ですか……という呆れた声が聞こえた気がするが無視だ無視。これは男のロマンなんだ。
「そこからでも見えますよ」と教えられ、俺は海を眺めた。すると――。
「あ、見えた。でっか! めちゃくちゃでけえ! なんだこれ!」
そこから見えたのは、タコの頭の部分が海上から飛び出している光景だった。随分と柔らかそうな陸地に見えるが、あれがどうやらクラーケンの頭らしい。その頭の上では数羽の鳥が羽を休めている。
「あれで全長どれくらいなんですか」
「さあ……二十メートルはあるんじゃないかな……」
二十か……随分と立派なもんだ。
船員に礼を言い、俺はしばらくクラーケンが動かないか眺めていた。だが、結局その後も動くことはなく、次第に見えなくなり、船は無情にもソランの港へと到着してしまった。
「ご苦労だったな兄ちゃん、お前にならシャルちゃんを任せられるぜ」
「ちょっとピレットさん!?」
なんて会話を挟みつつ、俺たちはシャルの実家のレストランへと帰ってきた。
空いている席に適当に腰を下ろし、思わず呟く。
「はあ、ようやくリラックスできる……」
ぐったりした三人からそれぞれ適当な相槌が返ってくる。どうやらみんな、かなり疲れが溜まっているようだ。だがそれも当然だ。なんせ死にかけたんだしな。
「みんなお疲れ様、依頼はどうだったんだい?」
「あ、パパ! もう、聞いてよ~!」
グリシア島での出来事をシャルの親父さんに説明すると、これまた大層驚いていた。まさか、娘が死にかけるようなことになるなどとは微塵も思っていなかったらしい。
「なんと……そんな危険な場所に娘を送り出してしまうとは……何たる不覚」
「依頼人のノッポさんもそんなに危険だとは思っていなかったみたいです。見たことないって言ってましたし」
すると親父さんは申し訳なさそうに、
「そうかい……いやあ、ご苦労だったね。労いと言ってはなんだけど、ディナーをご馳走しようと思うんだけど、どうかな。食べるよね」
「いただきます」と俺が言うと、親父さんは「それじゃあ待ってて」と言い残し、厨房へと戻って行った。
シャルの親父さん特製ディナーをいただいた俺たちは食後の眠気に勝つことができなかった。まだまだ話したいことはたくさんあったが、また後日ということになり、俺たちは自宅へと帰ってきた。
「あー疲れた」
今日何度目かわからない「疲れた」という言葉を口に出し、俺は畳の上にゴロンと横になった。
「……そういえばトッシーに餌やらなきゃ」
起き上がり小法師のように体を起こし、俺は急いでトッシーの元へ向かい、乾燥したカメムシ草をやる。腹が減っているのか、いつもより食欲がすごい。
「トッシー、たまには外に遊びに行くか?」
ラビの散歩がこの世界でどれくらい一般的なものなのかはわからない。家猫のように基本的には外に出さないものなのか、それとも頻繁に散歩させた方がいいのか――まあセリカが何も言ってこないってことは、散歩は必須でもないんだろうけど。でも、たまにはお前も外には出たいよな。明日、元気があれば連れてってやるからな。……念のためもう一度言っておくが、『元気があれば』だ。あいにく俺は今日、めちゃくちゃ疲れてるから、あまり期待しないでおいてくれよな。
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