第23話 絶体絶命

 勘弁してくれと言いたくなるような展開だった。ようやくレムイーターを倒したと思ったのに、今度はそれよりさらに大きい個体が出てくるなんて聞いていない。おまけにセリカの説によると、こいつは先ほど倒した個体の親である可能性があるという。もしそうだとすれば、今のこの状況は非常にマズい。我が子を失った怒りで、なりふり構わず襲い掛かってくる可能性がある。

 さらに、もしこれが親だとすると、父か母のどちらかあと一体はこの島のどこかにいるということになってしまう。だとすればマズいを通り越して厳しい。こちらの分が悪いのは火を見るよりも明らかだ。

「戦うのは無理だ。逃げる準備はできてるか」と俺は三人に囁いた。三人とも黙って首を縦に振る。今はまだレムイーターはこちらに気づいていない。このまま静かに立ち去れば、気づかれずに逃げられるかもしれない。


「静かに行くぞ」とジェスチャーでアピールし、俺たちは抜き足差し足で移動を開始した。運のいいことに、俺の鎧から放たれる僅かな金属音や多少の足音は、レムイーター自らが動き回る音がかき消してくれた。このまま動き回ってくれていればいいのだが……。


「走って!」

 突然セリカが大声を出して、俺たちは一目散に走り始めた。何が起きたのか状況は把握できていないが、何か良くないことが起きたのは間違いない。

「何があった! もしかして見つかったか!?」

 俺は走りながらセリカに尋ねた。

「はい、やつがこちらに向かってきていました。このままでは捕まるのも時間の問題です。どうしますか」

 そんな冷静に状況を分析するなよ。などとツッコんでいる暇もないほど、事態は緊迫していた。レムイーターは木々をなぎ倒す勢いで俺たちを追ってくる。まるで超大型のトラックみたいだ。俺たちは樹木を利用してジグザグに走っているおかげでやつに追いつかれずに済んでいるが、このままではいずれ森を抜けてしまう。その前にどうにかしないといけない。

「決めた、俺がやつの気を引く。お前らはそのうちに逃げろ」

「……わかりました、ですがどうやって気を引くおつもりですか」

「こうする」

 俺は立ち止まり、レムイーターを見た。

 やつと目が合った。そしてやつがターゲットを俺に狙いを定めたことを確認し、セリカたちのいない方向に逃げる!


 来た――。


 狙い通りにやつは進路を変え、俺のことを追って来た。作戦成功だ。まあ作戦って言っても、この後のことなんて微塵も考えていないわけなんだけども。

 さあここからどうする。とりあえず体力が続く限り走るか? でも俺はマラソン大会でいつも後ろから数えたほうが早かったからな。体力に自信なんて一ミリもないぜ。

 でもだからといって、走るのをやめたら死んじまう。寿命以外でもう一度死んでしまうのはさすがに勘弁願いたい。だからとりあえず走ろう。とにかく走ろう。木の陰に隠れながらなら、なんとかなるかもしれない。


「あ――」


 しまった。何かに足を引っかけてしまって転んでしまった。鎧を着ているおかげで痛みはあまりないものの、倒れた際に激しい金属音が辺りに響き、当然その音はレムイーターにも耳にも届いていた。やつは倒れている俺のそばににじり寄ると、目の間に立ちふさがった。

「よ、よう白ゴリラ、相変わらず図体だけはでけえな」

 俺は右手のガントレットを外した。魔法を出せるかはわからない。だが黙って殺されるわけにはいかない。無抵抗で殺されるのは俺のポリシーに反するんだ。殺されるなら全てを試した後で殺されるさ。

 だが、そうだな……ここで炎をぶっ放すと確実に火事になっちまう……それなら雷でも出してみるか? シャルと同じ電撃魔法だ。これならうまくいけばレミイーターだけを狙い撃ちすることができる。やるならこれしかないだろう。


 右手をレミイーターに向け、力を籠める。


「そのまま動くなよ……? 今ぶっ飛ばしてやるからな……?」


 そして炎魔法を使うときと同様に、俺は強く念じた。


「……畜生、やっぱ出せないか……」

 どうやらこんな非常時ですら、魔法は一日一回というルールは覆せないようだ。ったく、律儀にルールを守りやがって。もっと柔軟に対応してくれないとクレームをもらっちまうぞ。


 俺は腰に差していた短剣を手に取り、目の前のデカブツに向けて構える。焼け石に水であることはわかっているが、もしかしたら目の一つくらいなら潰せるかもしれない。宣言通り、俺は最後の最後まで足掻くつもりだ。

「さあ、どうやって俺を殺すつもりだ? 食べるのか? 握りつぶすか? どちらにせよ俺はこの短剣でお前に傷を付けてやるからな、覚悟しておけよ」


 するとデカブツは両手を合わせて上に掲げた。……なんだろう、この構えは嫌な予感しかしない。

「おい、まさか叩き潰すつもりかよ……!」

 強烈な攻撃が雷のように降ってきた。

 俺は体を捻らせて半ば強引に攻撃を回避する。

「さすがにこれは死ぬって……!」

 俺の代わりに攻撃を受けた地面は形を変えていた。もし俺に直撃すれば、鎧もろともぶっ潰されていたに違いない。

「おいおい、もう一発かよ……」

 レムイーターは再び両手を高く掲げた。さすがに二度目は避けられないかもしれないが、それでも俺は避ける体勢を取った。

「やられるまでは諦めねえぞ!」

 再び攻撃が降ってくる。俺はそれに直撃しないように、とにかく全力で飛び退いた。だが――。

「クソ……! 速い……!」

 一度は避けたものの、次の攻撃がすぐさま繰り出されていた。もう無理だ……避けられねえ……!


 俺は咄嗟に体を丸め、目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る