紙とペンと入社面接

@yassy

第1話

「次の方どうぞ」

俺は某IT企業の入社面接試験に来ている。

俺の前のヤツは肩を落として面接部屋から出てきた。

きっとかなり厳しい面接試験だったのだろう。

「そこにお座り下さい」

「はい、失礼します」

「おっと、発言はそこまで」

「?」

「今から面接官とはそこの目の前に置いてある紙とペンだけでやりとりして頂きます。声を発したら失格です」

危うく「はい」と言いそうになってしまった。

素早く紙とペンを取り上げ、


『はい』


と大きく書いて面接官に提示した。4人の面接官は大きくうなずいた。

「では、始めます。弊社を志望された理由は?」

え?それに紙とペンだけで答えるの?

…そうか、情報過多のこの時代において本当に必要な情報のみを適切に短時間で取捨選択できる能力を見るということだな。

さすが俺が見込んだ企業だけはある。

俺は紙一杯に大きく字を書いた。


『やりがい』


「うーん、4文字だとかなり字が小さくなるね。視認するのはギリギリかな。まあ、でも分かりました」

なんと、今のは紙に書ける文字は最大4文字というヒントか?

「では、どういったところにやりがいを感じるのでしょうか」


『最先端』


「ほほぉ。弊社が最先端の技術を扱っているからやりがいを感じるということでしょうか。もう少し具体的にお願いできますか?」


『人工知能』


「なるほどなるほど。確かに弊社の人工知能技術は業界一を自負しています」

よしっ!ここまで順調だ!

「弊社に入ったら何を成し遂げたいですか?」

え?成し遂げる?

それを4文字で?

……………………………………………


『技術革新』


「なるほど。イノベーションを起こしたいということですね。具体的にどうやってイノベーションを起こしますか?」


『日々精進』


「今流にいえば毎日自分をアップデートするということかな。それから?」


『切磋琢磨』


「社内の仲間と技術を磨き合うということでしょうか。それだけで足りますか?」


『温故知新』


「なるほど、新しい技術だけで無く古い技術を見直すことも大事だね」


『試行錯誤』


「ほおほお。それで」


『点滴穿石』


「継続は力なりということだね。そうだね。イノベーションを起こすのに王道は無い。ひたすら努力を続けることが大事だね」

よしっ!好感触!もう一押し!


『不眠不休』


「いやいや、それはブラック企業になっちゃうから、ウチではNGだよ」

しまった。ちょっと調子に乗りすぎたか…

「では、次の質問…」


…それから、30分ほどやりとりが続いただろうか。

面接官の表情から判断するに俺に対して好印象を持っていることは間違いない。

若干危ない場面もあったがなんとかここまで来たぞ。

「最後の質問です。今日の面接官の中であなたが一番好印象を抱いたのはだれでしょうか」

え?いきなりアンケート?

まあ、一番右の人かな?

「数字は使わずにその人の特徴で答えて下さい」

え?4文字で?

……………………………………………


『吉川晃司』


「おお。私かね?よく吉川晃司に似てるって言われるんだよね。頭はちょっと薄いけどね。ははは」

…良かった。『頭髪脆弱』とか書かなくて本当に良かった…


「はい、ここまで。おめでとう!1次面接合格です!」

「ありがとうございます!」

「2次面接は紙とペンも無しで顔の表情だけで答えてもらいます!頑張って下さいね!」


御免蒙ごめんこうむる』

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