紙と、ペンと、それから××と。
犬甘
第1話
紙とペンを用意した。どこにでもありそうな紙とペンを。
まず紙だが、チラシの裏だ。片面しかプリントされていないザラザラした質感のものは家ではメモ用紙代わりにしていて、母からの置き手紙なり数学の課題に使う計算用紙なり、捨てる前に活用するのが暗黙のルールである。
貧乏くさいと言われようがなんだろうが物心ついたときからの習慣なので今更変えられないし、変える必要があるとも思わない。
そしてペン。これは、気づけば家にあったものだ。多分なにかの参加賞とか、ビンゴの景品とか、記念品とか、そんなところだろう。何故だがその類のものがペン立てに多くささっていて、『××美容室』なんて印字されたものもある。
さてと。この紙とペンを使って――
「いざ書こうとすると筆が進まないもんだな」
俺はこれから小説を書こうとしている。
三ヶ月前、ふと目に入った広告から、とあるウェブサイトにノリで短編を投稿したら賞をもらえた。有名な文学賞などとは比べられない程の、とても小さな賞だ。
それでも俺の中でなにかが弾けた。誰かに読んでもらう楽しみを。評価されることの喜びを知った。
今度は長編にチャレンジしてみようと思い立った。あわよくば書籍になったりしないか、なんて夢をみている。
けれど、ここからは完全にノープラン。
ノリで書くにはハードルが高い。現段階でおおよそのストーリーは思いついたとして、キャラもボリュームも足りない。
やはりあれか。よく知らねえが、プロットとかいうやつを作らなきゃいけないわけだな。
そこで登場したのがチラシとペンだ。
専用のノートでもいいんだが、まずは、書いては丸めて捨てられるくらいのものの方が軽い気持ちでメモできるかなと。
紙とペンと小説の土台。
さてはて。書き出しどうすっかな。使えそうな台詞とかシチュエーションも。浮かんだものからさらっとメモろう。
「さーとしっ」
やってきたのは隣に住む四つ下のガキ。生意気に名前で呼んできやがる。ノースリーブのシャツに短パン。まるで少年みたいな格好をしているが、いっちょ前に身体つきは女らしくなってきた。
「なにしてるのー?」
これが小説の世界の出来事なら、そのうち年の差ラブなんてものが簡単に発生しそうなものだが、生憎俺たちには兄妹みたいな空気感がある。
ただし、コイツが実の兄妹よりも近い距離にいたり、俺がコイツを昔から可愛がっているのには違いないわけで。
まあ、うん。尊い。
「ここにいていいのか受験生」
それゆえに心配もする。
「ヨユウ」
「そうかよ」
多分、母さんが入れたのだろう。でなきゃ玄関には鍵がかかっていて勝手に俺の自室にあがってこれやしない。
「つーか。ノックくらいしろ」
「したよ?」
「は?」
「すごい集中力だった」
マジか。そんなにも俺は目の前の紙とペンを見つめていたというのか。
「夏休みの宿題?」
「そんなところだ」
「あー! 読書感想文だあ?」
机の上に本を積んでいたので勘違いされた。それらは俺の資料であり研究材料だ。興味深そうに眺めているところ悪いが、お前にはまだ少しはやいんじゃねえかな。
「わたしまだ書けてないんだよね。オススメの貸して!」
大学生が中学生になにをすすめればいいのやら。この手の本でないことは確実だ。
「図書館に行け」
この時期なら読書感想文に最適な本がカウンターの近くに数多く並んでいるはずだ。
「さとしのオススメが読みたい!」
ンなこと言われても。転生モノのファンタジーやハーレム系ラブコメ(いずれも表紙が萌え絵のラノベだ)をすすめるわけにもいかんだろう。
「起承転結……」
メモ書きを読み上げるんじゃない。
「あれ、さとし、物語作ってるの?」
相変わらず無駄に察しがいいガキだ。マイペースに見えて鋭いところがある。そして一度抱いた疑問はスッキリするまで放置できないタイプだ。
「まーな」
こうなると、誤魔化しても無駄だろう。俺は今回筆をとるまでの経緯を簡単に話した。
「へえー! さとしが賞とったんだ!」
「わりいかよ」
「すごい! 小説家になるの?」
「そんな大きな夢はねえけど」
「応援してる!!」
「……っ」
「書けたら一番に読ませて?」
「お前に?」
紙とペンと、
「うん! いいでしょ?」
それからきみがいれば。
「おう」
俺は無敵でいられる自信がある。
【終】
紙と、ペンと、それから××と。 犬甘 @s_inu
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